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8.姫君の舞

この世界に来てから五年が経過した。


「お友達」からはじめた俺とミスズの関係は、ほどなくして互いの家を行き来しあう恋人同士になった。「彼女を作る」という当初の目標は、本当の意味で達成された。俺はバツイチでありながら、未だに自分に可愛い恋人がいることが不思議だと思う時がある。


何度目かの「デート」の後、彼女が言った。


「あのレストランのパスタは美味かったな。また行こう。しかし、なんというか、私はお前と二人だけで、もっとゆっくり過ごす時間があってもいいと思うんだ。もちろん、気合いの入ったデートも嬉しいがな。」


彼女が何を言わんとしているのか、解っていた。俺は、ミスズとの関係を次の段階に進められずにいた。何が俺の心にブレーキをかけているのかは明白だ。おそらく、彼女もその事には最初から気付いている。


だが、彼女は表向きの積極さとは裏腹に、無理やりそこに踏み込んでくることは決してなかった。そんな彼女が、俺の中で「好みの女の子」から「惹かれる女性」に変化してきたことに気付いた俺は、こう提案した。


「じゃあ、次の休みはウチに遊びに来る?何もないけど。」


「お!いいな。では、何か美味いものを作ってやろう。何がいい?」


「そうだな、、、芋煮とか?」


「お前、私を昔人だと思って馬鹿にしておるだろ。ちゃんと今風のも作れる。」


「なら、カレー!あ、でも鍋が無いや。買っておくよ。」


「カレーね。まずはそこからが無難か。鍋くらい買っとけ!」


俺はその時のやり取りを思い出して「フフッ」と笑った。


「なんだ?何がおかしい?」


「なんでもない。」


ミスズには「潮時」が訪れていた。身分を替え、住む場所を移動し、新しい仕事に就く。歳を取らない成り代わりに、定期的に訪れる面倒なイベントだ。俺たちは、その準備の為に車でホームセンターに向かっている。運転しているのはミスズだ。


「面倒くさいのう。なぁ、カズヤス。お前の家に転がり込むのはダメか?一旦『あの家』に行っても良いのだが、遠いからなぁ。」


ここのところ、ミスズは会うたびに同じようなことを繰り返し言っている。


「ウチじゃ近すぎるでしょ。顔見知りと出くわす可能性が高すぎるよ。」


「う~ん。お前と離れたくない!」


「わがまま言わないの。宿命なんだから。俺たちの。」


とは言ったものの、俺も彼女との距離が物理的に離れてしまうことには抵抗がある。どうしたものかな。


「『父親』の葬式は、無事に終わったのか?」


とミスズが聞いた。「父親」とは「元のカズヤス」の実父のことだ。ユウと別れた後、俺は「両親」に会いに行った。記憶がなくなったことと、ユウと別れたことを、報告しなければならないと思ったからだ。両親には事故に遭ったことまでしか伝わっていなかった。


初めて会った両親は、予想よりも年老いていた。元のカズヤスは、遅くに生まれた子だったようだ。その二人に辛い話をしなければならないことに心が痛んだが、俺が不老不死になったことは、悟られずに済みそうだなと思った。


話を聞いた二人は、酷く動揺し悲しんだ。しかし「それでも生きているだけで良かった。」と俺に言った。俺は開き直って、「元のカズヤス」ではなく「俺自身」として二人に接することにした。年に何度かは、顔を出すようにした。


俺にとって、父親との交流は初めての経験だ。それに、母親と話をしていると、前世で残した自分の母を思い出す。しかし、昨年は母親が、先週には父親が、相次いで亡くなった。親孝行の真似事をさせてもらった俺は、最後まで責任をもって対処した。


「うん。一応やってきたよ。顔も知らない親戚連中は、記憶が無い俺を他人みたいな扱いだったけど、こっちも変に関わられても困るしな。これで、『元のカズヤス』としての仕事は終わりだと思う。」


「そうか、良かったな。偉いな、お前は。」


俺は涙を見られたくないと思い、横を向いた。


「ミスズの親はどんな人だった?覚えてる?」


「そりゃ覚えてるさ。忘れるわけない。前世の両親は、大名とそこの嫁だ。私は大事に育てられた『姫』だったんだぞ。こっちに来た後の親は、、、あれ?どんなだったかな?」


「忘れてるじゃない。薄情だな。」


「六百年も前だぞ?あまり関わりが無かったんだよ。カズヤスのと違って、いい思い出じゃない。」


聞いてみたかったが、少し沈んだ彼女の顔を見て話題を変えた。


「今話をしていて思ったんだけど、俺も『潮時』なんじゃないかな?『元のカズヤス』の身分を捨てるのに、丁度いいタイミングかも知れない。」


「何言ってるんだ、お前。仕事も昇進が決まって、上手くやれそうだと言っていたではないか。そんな浮ついた気持ちでは、上手く行くものも行かなくなる。」


ミスズは時々年長者のような口ぶりで説教をする。


「そうなんだけどね。俺もミスズとは離れたくないんだよ。」


「お。素直になったじゃないか。しかし、そう真面目な顔で口にされると恥ずかしいな。折角仕事の心配をしてやっているのに。もう、、、」


彼女の顔が次第に赤くなり、言葉尻がモゴモゴする。彼女の視線が正面から逸れて、車が赤信号に突入しそうになった。


「ミスズ!赤!」


「わっ」


彼女が急ブレーキをかけると、車は寸でのところで停止した。


「あっぶな!大丈夫?」


「すまんすまん!よそ見した。あー良かった。お前が変なこと言うから。」


「不老不死でも、事故ったら死ぬからね?」


「わかっとる!」


ホームセンターに着いた俺たちは、ああだこうだと言いながら、カートに次々と商品を放り込む。こういう何気ない二人の時間が心地いい。


「おい、それはそんなに要らんだろう?」


「余ったらウチで使うよ。腐るもんじゃないし。」


そう話しながら、彼女と目が合った。二人の動きが止まったと思うと、


「「やっぱり」」


と、声が重なった。俺はミスズが何を言おうとしたのかわかったが、自分が先に続きを言うことにした。


「一緒に暮らそう。ここから少し離れた所で。」


彼女が嬉しそうに笑って言う。


「いいのか?身分を新しくするのは、思っているより大変だぞ?」


「どうせこの先何度もやるんだから。早く慣れたほうがいい。」


「そうかぁ!じゃぁ、そうしよう。ゴミ袋がこれだけは足らんな?二軒同時に片づけるのは骨が折れるぞ。早速休憩にしよう!」


「せめて買い物が終わってからにしようよ。」


「では、さっさと終わらせよう。あ~。わ・ら・わ・は・う・れ・し・い・な~。」


そう言いながらステップを踏む彼女。これを見て「愛おしい」と思わない方がおかしい。


「姫!お戯れを。」


と咎めた俺は、


「この『永遠の姫君』を連れてどこに行こうか。」


と、地図を思い浮かべて考え始めた。


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