1.神々との会遇(1)
男は立っていた。
「ここ、どこだよ?」
男はそう呟いて辺りを見回した。明るいようで暗く、広いようで狭く、空が見えるようで見えない。右も左も、上も下も、同じ景色が広がっていた。その時だ。
「私は神サマです。」
背後から聞こえた声に、男は悲鳴を上げた。
「うわわわっ!びっくりした。なんだよ急に!」
振り返るとそこに神サマが居た。
「あ。驚かせて申し訳ない。私は神サマです。」
確かにその姿は、男が「神サマ」と聞いて最初に思い浮かべる人物に瓜二つだった。もっとも、それは本物の神サマではなく、昔テレビによく出ていたという、コメディアン扮する「瓶底メガネ」のアレだ。
「神サマ?本物?」
「あら?本物に見えませんか?親しみやすいよう、あなたのイメージ通りの姿にしたのですけどね。」
「逆に胡散臭いんだよ。何の用?」
「あなたの今後について、相談をしに来たのです。」
「今後?どういうこと?というか、ここどこ?」
「おや。お気付きではありませんか?あなた死んだのですよ。先ほど。」
「訳が解らん。こうして生きてるじゃない。」
「ここは世界の狭間にある場所。意思疎通に困らぬよう、現世の姿のままで存在できるようになっているのです。どれどれ。」
神サマは男の顔を覗き込んだ。
「お名前は『カズヤス』さんですか。前回が三回目の生まれ変わりとは、お若い。」
なんで俺の名前を知っているんだ?とカズヤスは思った。
「しかし植木鉢が頭に落ちて即死とは。これは気付かなくても仕方ありませんね。はっはっはっ。でもラッキーでした。恐れも苦しみもなく死ねたのですから。さて、『あの世』行きと『生まれ変わり』、どちらをお望みでしょう?その感じだと、やはり生まれ変わりでしょうかね?」
「ちょっと待って!話が頭に入ってこない。死んだ?嘘でしょ?あの世だとか生まれ変わりだとか、一体何なの!?」
「『あの世』は、全ての魂が最後に行くところ。個は全であり、全は個である世界。そこでは、それまでに生きた全ての現世の記憶を洗い流し、最期に新たな魂の根源となるのです。カズヤスさんの居たところで言う『成仏』でしょうか。」
神サマは人差し指を振りながら、もっともらしく解説を続ける。
「『生まれ変わり』は、どこかの世界で新しい命として生まれ、別の現世を生きることです。それまでの記憶は封印されますが、深層心理に作用して間接的に生き方に影響します。こちらは『輪廻転生』になりますかね。」
カズヤスは「おかしな宗教にひっかかったな」と思った。
「良く解らないけど、俺にそれを選べと?どうでもいいから、帰りたいんだけど。」
神サマは首をかしげて言う。
「現世を生きた場所へ?それはできません。仮に同じ世界に生まれ変わったとして、『続き』から生きることはできません。次回の始まりは百年前かもしれないし、千年後かもしれない。時間とは、不連続で散発的な現象なのです。」
いよいよおかしなことになったと思ったカズヤスは、その場から走って逃げることにした。しかし、五十メートルも走ると元の場所に戻って来てしまった。くるりと回って逆向きに走ったが、結果は同じだった。神サマが言った。
「カズヤスさん。天寿を全うできないまま、死を受け入れるのは耐えがたいことかも知れませんが、あなたの此度の現世は既に終わっているのです。次に進まなければなりません。」
カズヤスは努めて冷静になり、ここに来る前の出来事を思い出そうとしていた。あれは買い物帰り。両手に荷物を持って団地の敷地内を歩いていたのだった。「花壇の花が綺麗だ」と思って立ち止まり、のぞきこんだ。その時、上から「あっ」という声がした。
「・・・今時、四コマ漫画でもそんな死に方しねぇよ。ふざけやがって。」
膝を抱えてしゃがみ込むと、カズヤスは動かなくなった。神サマはその横で、何も言わずにじっと待っている。しばらくして、カズヤスが口を開く。
「あの世ってどんな処?女の子居る?」
「居ません。先ほども申し上げましたが、あの世では個は全であり、全は個であるのです。11次元の世界で、自分と他人の区別はなく、もちろん性別もありません。会話や食事をする必要もない。内なる世界で自らと対話しながら、その時を待つのです。」
「やだやだ!そんな生活したくない!」
「多くの現世を経験した魂は、自然とあの世を選ぶようになります。しかし、若い魂のほとんどは、それを拒否するのです。個に対する執着があるのでしょう。あなたもしかり。おかしなことではありません。やはり生まれ変わりが妥当でしょうね。」
「生まれ変わったら、記憶は無くなるんだろ?女の子は?」
「記憶は消えませんが封印されます。女の子という概念は、あなたの居た世界に特有のものです。現世には3次元と4次元と6次元の世界があり、それぞれ無限に存在します。そのどこかで生まれることになりますので、たまたま女の子が居る世界に生まれる可能性は低いでしょう。」
「酷いな。女の子が居ないなんて。生きている意味がない!」
「いえ。もう死んでますよ。」
「俺はね、ずっと彼女が欲しかったんだよ。でも結局、一度も彼女できたことが無いの。どうしてなんだろう?彼女ができないまま死ぬなんて納得できない。かーちゃんだって、孫の顔が見たいって、あれほど言ってたのに。これで先に死んだら親不孝にも程がある。」
「お気持ちはお察しします。ですが、あなたはもう死んで」
カズヤスは神サマの言葉を遮り、まくし立てた。
「この世紀末野郎!『もう死んでいる』は飽き飽きなんだよ!なんかないの?女の子が居る世界に生まれ変わる方法。記憶も消されたくない!神サマなんでしょ?若くして無様に死んだ俺の為に、わざわざマンツーマンで面倒みてくれてるってんだから、我が儘言っても良いよね?」
さすがの神サマも「呆れた」という顔になった。
「世界は無限にあります。魂も無限に生まれます。ですから、神も無限に居るのですよ。そうでなければ手が回らなくなってしまう。つまり、神は『ここ』に来た全ての魂を等しく訪れるのです。あなたもその中の一人なのです。」
カズヤスは神サマを睨みつけて言った。
「チェンジ。」
「は?」
「チェンジだって言ってんの。他の神サマと代わってくれ。無限に居るんだろう?」
神サマの顔から、瓶底メガネがずり落ちた。




