「十二湖は、今日も蒼い」8
「買い物してくる間、あんたは彼女を見張っててね」
30分ほどで到着した小さなホームセンターで、私はカールにそうリクエストした。
『クロストレックの私はそうしよう。タブレットの私は持って行って欲しい』
「わかったわ」
降りると勝手にドアロックもされる。
ホームセンターだから売ってる服は限られるが、とりあえず我慢してもらうしかない。
スウェットの上下セットをかごに入れて、今度は介護・運動用品の棚に向かう。
清拭用の使い捨てウェットタオル、続いてボディシートを選んでいるとカールが小さな声で言い出した。
『若い女性が夜遅く帰宅することになるだろう。家族が居た場合を考えてフローラルなどの香りが付いてしまうものはトラブルの元かもしれない』
「あんた、随分詳しいし、彼女に気を使いまくるわね?」
『小さな諍いであっても、彼女の”憤怒”に火をつける結果を招くかもしれない。
できるならそれは避けさせたい』
「確かに、”あれ”を家族にされたら明日の報道は終日そればかりでしょうね」
彼女が護送されるイメージが脳内に浮かぶ。
あの大きく狂暴な熊ですら、素手で仕留めることができるのだ。
人間相手では結果がどうなるものか、想像すらしたくない。
ついでにお茶を2つ買い、会計に向かう途中にカールからこう聞かれた。
『遥は現金を持って歩いているか?』
意図が分からないまま、答える。
「多分1万くらいは入ってると思うけど、どうして?」
更に小声でカールが告げた。
『念には念を入れてだが、もし今日の一連の出来事が仕組まれているなら、買い物とは言え現在地や買ったものの情報を無駄に出したくない』
「どういうこと?」
『後で説明しよう。とりあえず今日は現金で払ってほしい』
「え~、カードならカード会社のポイント付くのよ?」
『そのポイント分なら何万倍にして返すから、理解してほしい』
「……わかったわよ」
渋々財布から現金を出して支払う。
車に戻り、まだ気を失ったままの彼女の隣に乗り込む。
「とりあえず、顔と手だけでも拭いておくわね」
聞こえてはいないだろうが、断りを入れて清拭を始める。
冷たいウェットタオルに一瞬眉をしかめたように見えた。
「流石に、このままじゃ検問にでも遭った日には連行されかねないからね、っと」
そう言って拭き上げ、少し悩む。
『どうした?』
「う~ん、乾いてるからワンピースの上からスウェット着せて、スウェットの中で脱がせる、ってのを考えたんだけど」
『普通に着替えさせるのでは、ダメなのか?』
「あんたねぇ、まだ若い可愛らしい女の子よ?
いくら駐車場に車が少ないからって、車内で下着にさせるのは忍びないわ」
『非効率的だな。しかし羞恥心というのも大事だとは聞く。
手間がかかるが同性の君なら問題もないのでは?』
「あんたが居るから考えてるのよ」
『繰り返すが、私には』
「はいはい、女には興味がないっていうんでしょ?耳にタコだわ」
『では、よいのでは?』
「タブレットはグローブボックスに入れればいいとして、ドライブレコーダーは直接見れなくても、360度撮れちゃうでしょ?」
『仕様上はそうだが、SDカードか電源コードを抜けばいいのでは?』
「流石のあんたも、独立してるカメラまでは見られないのね」
『いや?SDカードはWi-Fi付SDカードを手配して、ディーラーで納車前に換えてもらっているぞ』
「やりすぎよ!
っていうか、どうやって手配したのよ?」
『ネット通販サイトで注文し、ディーラーに営業マン気付で発送させた。
営業マンには届いたものは交換・設置しておいてくれ、とメールを入れた。これだけだ』
「……知らないこともやってるのね」
『だから今、ドラレコに記録されない方法を提示しただろう?』
「カール……恐ろしい子。
もしかしてT-Connectも?」
『当然申し込んであるし、設定もしてある。だからスマホでドラレコ画像確認もできる』
「のぞきでしょうが!油断も隙もありゃしないんだから」
愚痴りながらもSDカードを抜いて電源も抜いて、と念を入れてドラレコを止めた。
「一応、こっち見ないでね、って言っておくわ」
『逆らわないでおこう』
カールはそう言うと押し黙った。
スウェット上下を着せて、なんとかワンピースを抜き取る。
「よし、これで見た目は何とかなったけど……」
そう言ったが早いか。
彼女が目を開けた。
「きゃっ!」
「あ、ごめんね。服が凄いことになってたから勝手に着替えさせたんだけど……大丈夫?」
「あ、あの」
「どうしたの?」
「……あちこち、痛いです」
『あれだけ超常的なことをやってみせたのだから、その反動だろう。
数日間は筋肉痛が続くと思うが、筋肉痛では人は死なないから大丈夫』
「え?他に人が居るんですか?」
急に彼女が怯えたように縮こまる。
「大丈夫よ、スマホのAIチャットボットがONになってるのよ」
「そうですか……超常的なこと、ってどういう意味ですか?」
少し、考える。
「あなた、名前は?」
「陽菜。安潟陽菜です。」
「陽菜ちゃん、ね。私は八峰 遥よ。着替えさせるのに近場のホームセンターに来たんだけど、陽菜ちゃんはどこから来たの?」
「あ、私は青森市からです、ドライブに来たのに……」
そう言って泣き始めた。
『場所を変えよう』
私が座ってる運転席側の後部シートのスピーカーにだけ聞こえるよう定位を弄ったのか。
はっきり聞こえたカールの声は、陽菜ちゃんには聞こえていないらしい。
よく制御してるものだわ。
「陽菜ちゃん?私も青森市内から来てるのよ。
良かったら乗せていくから、一緒に帰らない?」




