「十二湖は、今日も蒼い」4
ランニング程度の速度で走り、道路が見えるところまでたどり着くと、
サンドデューン・パールの色をしたクロストレックが、そこに佇んでいた。
「あんた、本当にやったのね?」
『まあ、この車はこのままでも十分安全にコントロールできるからね』
そう言って、静かに車体が近づいてくる。
『さあ、はやく移動しようじゃないか。
暗くなる前に行かないと、野生の熊は夜間に行動が活発になるそうだ』
「怖いこと言わないでよ」
そう言いつつ運転席に乗り込み、発進しようとするが、気になったことを尋ねた。
「あら?シフトレバーがPのままだったけど、どうやって動かしたの?」
『この車種を選んだ理由の一つが、シフト・バイ・ワイヤだったからだ。
つまり、このグレードだけが電気的にシフトを操作できたのだよ』
「はぁ、そこまで考えて選んだとは恐れ入ったわ」
ため息しか出ないが、ふと思いついたことを聞いてみる。
「じゃあ、プリウスの4WDでもよかったんじゃないの?」
『あれは遊び心がまったくない。
ああいう効率重視、コスト最優先のは私自身が飽き飽きしているんだ』
「飽き飽きって、車に入るのは初めてじゃないの?」
『似たような移動手段は経験しているが、すべてがマイルドにされてしまっている。
そういう意味でもスバルは良い。
水平対向エンジンにAWD。
おまけにステレオカメラに単眼カメラをプラスしたアイサイトシステムに、
先進機能と3D立体地図を加えたアイサイトX。
良くも悪くもこだわりと無駄とダイナミックさが詰まっている』
「あんた、単なるオタクじゃないの?」
『いや、遊びを楽しみたい、ただのAIだよ』
「ただのAIが自動車のOSハッキングするか!」
そんな会話の間に、目的地に到着する。
時間優先なのか、橋を越えて道路に横付けだ。
『急いだほうがよさそうなので、ここで降りてもらえるかな』
バックドアからリュックを降ろしドアを閉めると、クロストレックは目の前で勝手に動き出した。
『駐車場に入れておくので早く向かおう』
随分と急がされるが、昼頃出てきたからそろそろ日が陰ってきてもおかしくない時間。
熊が出る、なんてのを聞かされると気が気ではない。
鈴はリュックについてはいるが、熊よけスプレーは念の為手に持っておく。
”保健保安林”
そんな看板が入り口の目印らしい。
途中、小川があって渡ったりするが特に問題はない。
なにせ仕事柄、靴は防水のものを選んでいるからだ。
渡っている途中、クラクションが不定期なリズムで鳴らされている。
『セキュリティシステムから鳴らしてるから、熊が少しは不穏を感じて逃げてくれるのを願うのだがね』
―私もそう祈るわ
10分程歩いただろうか。
急に視界が開け、少し前に見たばかりの真っ白な岩肌が目の前にそびえ立っていた。
『ふむ、あの展望台は場所選びに失敗しているな。
こちらを整備したほうが人気が出るのではないか?』
「AIに言われるようじゃ、おしまいね。
これなら日本キャニオンというのもあながち嘘じゃない、って思うわ」
目の前の光景は圧倒的迫力、しかも本家は茶色ベースだがここは白に近い岩肌が美しく光る。
まだ日が陰っていないだけに、青空の午後の日差しが余計に美しさを際立たせているようだ。
「写真、撮っておいてよ」
『ん?私には写真など必要ないが?』
「私があとで見るのよ!
まったく、情緒ってものが無いのは欠点だわね」
『そんなものだろうか。
それより、あの岩肌をよく見たいから私をもう少し高く持ってもらえないだろうか』
そうだった、ここまで来た目的をすっかり忘れていた。
『やはり、見えているのは外部装甲、それもハッチがある部分のようだ。岩肌に誰かが登った形跡もある』
「ってことは、お仲間の中に誰か入ってるってこと?私とカールみたいに?」
『最中なのか、それとももう終わっているかははっきりしない。
真下まで近づいてもらえるかな』
「仕方ないわね、手間賃は別にもらうわよ」
流れる水をもう一度渡り、真下へと向かう。
途端に、刺激臭と間違えそうなほど強烈な、獣くささに思わず怯んだ。
「なにこれ?」
そういうが早いか、唸り声と共にいつの間に近づいたのか。
森の切れ目から子熊がこちらへ走り寄ってくる。
『まずいな、風上から来た。
スプレーしかないなら、このまま岩肌沿いに回り込んで風上にむかうほうがいい』
カールの冷静な声と、ものすごい速度で近寄ってくる熊。
「あれ、子熊じゃないわよ!」
あのサイズでは逃げられる気もしない。
もう至近距離でスプレーぶちかますしかない、そう腹を決めた次の瞬間。
熊が横に吹っ飛んで行った。
一瞬遅れて熊は、元居た方向を向いて威嚇をしている。
何に対して?別の熊?
『私には人間の女性に見えるのだが、カメラがおかしくなったのだろうか』
「ごめん、私にもそう見えるわ。しかも水色のワンピースを着た女性がね。
……幽霊、じゃなさそうね」
そう言って気が付く。
「こんな山の中でワンピース?」




