「十二湖は、今日も蒼い」10
「お待たせしました。中華そばにチャーシュー丼です」
そう言って店員が私の分を持ってきた時には、陽菜ちゃんの皿にはあと二口三口程度の麺しか残っていなかった。
「陽菜ちゃん、他にも食べる?」
そう尋ねたのだが、陽菜ちゃんより先に、廻りのテーブルに居た客が反応した。
騒めきと、驚嘆が混じったひそひそ声が聞こえる。
「遥さんの中華そば、美味しそうなので注文してもいいですか?」
「もちろん」
そう言ってタブレットでメニューを切り替えると、途中で手が伸びて来てタッチをした。
「陽菜ちゃん?メガ中華そば、入るの?」
「あれで3玉なら、まだ全然いけます。
冷たい麺で少しお腹が冷えたので温かいのが食べたいなぁ、って。
あ、家についたら、ちゃんとお支払いしますから」
そう言って頭を下げた後、少し上目遣いにこちらを見てくる。
―可愛すぎるでしょ
あまりのアイドル顔負けの仕草に、女の私ですら陥落してしまいそうになるわ。
「大丈夫、安いし気にしないで注文していいわよ」
そう言って追加オーダーを通す。
私が食べ終わる前にメガ中華そばが来た。
さっきほどの麺が山盛りになったインパクトはないが、私の食べている中華そばと見比べると、器のサイズ差が想像以上。
これを彼女が食べるのか、とさらなる驚きをもたらす。
―丼とすり鉢くらいのサイズ差なのに、食べるのが陽菜ちゃん?
しかもさっき、メガつけ麺食べたのに?
そんな驚きなど余所に、彼女は
「では、いただきます」
そう言って食べ始めた。
私がチャーシュー丼を食べ終わるのとほぼ同時に、彼女はこう言った。
「ごちそうさまでした。美味しかったです」
にこやかな顔をして私を見つめている。
「……足りたかしら?」
尋ねると、陽菜ちゃんは自分のお腹を摩ってこう言った。
「腹八分目、と言いますから」
彼女の言葉には驚くしかない。
なにせ、つけ麺は割りスープをもらってスープを飲みほした。
中華そばも食べ終わった器にスープは残っていなかった。
それで腹八分目。
―彼女のどこにあの量が消えたのかしら
疑問が晴れないまま会計を済ませ、店を出る。
「家まで3時間くらいかかるけど、陽菜ちゃんの服、そのままで大丈夫?
店に入る前に確認しておかなかったけど、良かったかしら?」
歩きながら彼女に再度確認をする。
「……十分可愛いですし、特に気になりませんけど?」
「そう。じゃあ、このまま走って飲み物を買いましょうか。
途中のショッピングモールにコーヒーショップあるのよね。
陽菜ちゃん、コーヒー苦手とかない?」
「コーヒーより紅茶のほうが好きですけど、コーヒーも飲めますよ?」
「じゃあ、少し紅茶が選びやすいところにしましょうか」
「え?大丈夫ですけど」
「これから3時間は青森までかかるのよ?
陽菜ちゃんに喜んでもらえた方が私も嬉しいわ」
「……ありがとうございます」
そう言うと、顔をふせてしまった。
「さあ、車に乗って!
10分ちょっとでコーヒーショップに着くから、そこで休憩したら青森までノンストップよ」
そう言って助手席を開けて彼女を促す。
「前でいいんですか?」
「どうぞ。今日納車したばかりだから、助手席に乗るのは陽菜ちゃんが初めてよ」
「いいんですか?」
頷いてジェスチャーで促す。
「……じゃあ、遠慮なくお邪魔します」
助手席のドアを閉めて、運転席に乗り込む。
「じゃ、出発しましょ」
そう言って駐車場から国道に乗り出した。
まあまあ大きめの街だけあって、帰宅ラッシュ時間ではないけど車の数は思ったより多い。
予想より時間はかかったが、ショッピングモールに到着した。
「先にお手洗いとかも済ませておいた方がいいわね。
あと、もしなにか食後のデザートとか食べるなら買ってもいいけど」
陽菜ちゃんが同意し、一緒にお手洗いに向かう。
スーパーでおやつを少し買い、入口横にあるコーヒーショップへ歩く。
途中、彼女がこう言い出した。
「お茶とかはスーパーで買った方が安かったのではありませんか?」
気を使ってるのかしら。
「あのね、陽菜ちゃん?
あなたみたいな可愛い女の子が、車の中でペットボトルをあおる姿って可愛くないと思うのよ」
思わず声に出してしまった。
「チルドカップもサイズ的に小さすぎて絵面に可愛げがないわ。
ただでさえジャージを着せて心苦しいんだから、紅茶くらい可愛く手に持って優雅に飲んで笑ってて欲しいわ」
「ええっ……」
そう言うと顔を真っ赤にしてうつむいてしまった。
『どこかの熱狂的アイドルファンが言い出しそうなセリフだ』
カールが小さな声でつぶやいたので、ぶら下げているタブレットを軽く指ではじく。
「ということで、私の為なんだからこっちで注文しましょ」
陽菜ちゃんの腕をひっぱり、少し強引に連れていく。
「私はソイラテにするけど、陽菜ちゃんは決まった?」
メニューを見ながら悩んでいた彼女。
「カモミールティーラテ、ってどうですかね?飲んだことないんですけど」
「確か鎮静効果とか胃腸にいいとか聞いた気がするわ。
折角だしカール?調べて」
「カール?」
「言ったでしょ?AIチャットボットのこと。タブレットにも車両にも入れてるのよ」
『了解した。カモミールはリラックス・安眠: 不安やストレスの緩和、質の良い睡眠サポートに適している。女性の冷え性改善や婦人病にも効果があるが、キク科アレルギーがある場合は長期飲用に注意、だそうだ』
「凄い流暢に説明してくれるんですね。私のスマホにも入れられるかな?」
『私はまだ開発途中で、遥はそのモニターなので君のスマホに入るのは近い将来になるだろうね、陽菜』
「え?私の名前?なんで?」
『私は常にモニタリングをしているし、君の声や話し方、そして画像で認識できている。
これから3時間ちょっとのドライブ、なにかあれば声を掛けて欲しい』
「こちらこそ、よろしくお願いします。カールさん」
「カールでいい」
―黙って振ったのに、意を汲んで陽菜ちゃんに上手く取り入ったわね。
これで移動中にカールが喋り出しても、陽菜ちゃんが不審に思うことはなくなっただろう。
「アレルギーに問題なければ注文しましょうか」




