1-61 消し方
「っ、書いて、ないっ……!」
本を何周読んでも、空色のカゲロウ魔法を消す方法が載っていないのだ。
それになんと言っても今まで身につけてきた魔法は出力の一方通行。青の治癒魔法や赤紫の毒無効化魔法は本当の意味で出力だけ、赤のライトや緑の太陽光はマナの供給が無くなれば勝手に消える。
でもあの幻は、マナの供給を止めた今でも眠る私の姿を取り続けている。ということは、だ。アレを消すためにはまた別のアクションが欲しいのだろう。でも、そんなこと本にも書いてないし、どうして良いか全く見当もつかない。
アワアワアワ、どうしようどうしよう。早くしないと、早く消さないと、ツユクサさんに何を言われるか分からない。もしかしたら今度こそ捨てられるかもしれない。
そんな焦りでツツッとコメカミから顎へ向かって冷や汗が流れた。
何か、何か方法は……!
「ハッ、」
この幻は所詮私のマナ。ということは青や赤紫の魔法みたいに『幻に混ざる私のマナ』を知覚して、それを……どうしよう? 消すなら毒無効化魔法みたいに反発させて消す?
これが正しいかは分からないが、やってみないと始まらない。私は幻に手を翳し、幻のマナを探る。己のマナということもあり、それはすぐ分かった。
「これ、を……」
磁石みたいに反発させて……
バチバチッ!
「痛っ!」
まるで静電気のような衝撃がマナを放出する手を襲う。しかし幻はまだ消えない。まるで幻が『消すな』と抵抗しているかのよう。
「違う、これじゃない……」
これは不正解。じゃあどうやってコレを消せば……
いや、考え方をマルっと変えなきゃ。マナを流したら反発したんだ。だったら、
「マナの吸収って……できないかな?」
幻の中にあるマナを探し当てるのは簡単だ。だからこそ、ソレをまた己の手の中に戻していくイメージで……
「うぐっ、」
実践してみたが、どうやら己自身のマナだとしても口以外からの摂取には苦痛が伴うらしい。三百六十度全方位に針のようなトゲトゲを持ったモノを体内に取り込むくらいの苦痛だ。
しかもそれでも幻はまだ消えていないところを見るとこの方法も不正解。痛い思いをしただけだった。
「ん? 口からの摂取……?」
通常、食物に含まれるマナを経口摂取することで己のマナを補給する。ということは、この幻も口から食べれば或いは……?
ただ、今の今苦痛を味わったばかりで食べたいかと言われたら『否』だ。もし針を飲むような激痛がしたらと考えると、ね。
……よし、この方法は最終手段にしよう。そうしよう。想像した痛みに対してビビったわけではない。うん、そうだそうだ。
そこまで決めたところで、ふいにハッと意識が現実へと戻った。そう言えばツユクサさんはどうしただろう、と。もしかしたらずっと待たせてしまっているのでは、と。
しかしそんな懸念は全くの無意味なものだった。部屋を見回してもツユクサさんもキンレンカさんも、なんならヘデラもいなかったのだから。
シンとした部屋で一人、張り詰め続けていた気をフッと緩めた。
「ふふ、これは宿題、というわけね。」
図らずとも──その前段階で図っていただろうというツッコミは聞こえないったら聞こえない──徹夜で魔法の練習ができるようになったわけなので、よし、と気合を入れることにした。
「……」
とはいえ空色魔法のページに幻を消す方法が書かれおらず、そしてマナの反発や吸収でも消せない。それなら違う方法を考えなければ。
「ウーン……」
違う方法、違う方法……いや、もしかしたら元々『幻を消すことはできない』とか?
それか……『違う魔法を使って相殺する』とか、または『もはや魔法以外の方法を使う』とか?
今パッと思いつく方法はそれくらいだろう。
消すことができない、という結論を出すのはまだ早い。だからまずは違う魔法を使ってみるのを試してみようか。魔法以外、となるともう答えを見つけるのも果てしないから、限定的なものを先に試すことにした。
「でも幻を消す、だなんて魔法……あるかな?」
パラパラと本を捲っていくと、とある魔法のページで手が止まった。
「……黄色、これなら……?」
黄色は閃光魔法。ヒトやモノに限らず光で焼き殺すアレ。私が習得していない魔法。もしかしたら、幻すらも焼き殺してくれるかもしれない。
「え、そうだとしたら、じゃあ先に黄色の閃光魔法を練習しなきゃないってこと……?」
この説がもし正しいとしたら、少し長い道のりになってしまうだろう。
「でも……可能性がイチパーセントでもあるのなら、やらない手はない、ね。」
本を片手にまた幻と向かい合い、黄色魔法の詳細を読み直す。ええと、この魔法は『殺したいほど憎むこと』がトリガーらしいから……
「この場合、自分を憎むってことになるのか……」
己を殺したいとはいつも思うけれども『憎い』かと聞かれれば否だろう。
何たって憎むという感情はとっっても労力を使うくせに、お腹はちっとも膨れないんだもの。だから普段から積極的に他人にも己にも憎む感情を持たないようにしてきた。そうでもしないと孤児院時代、世界全部をも憎んでしまいそうだったから。
だから平穏な暮らしを手に入れた今の私にそれをいざ持て、と言われても……味方ゼロで疎まれていた昔よりも難しいことだろう。
「それなら、一度幻を殺してしまおうか。」
ガイストを討伐する時と同じ手順を踏むことで、己に対する憎しみが持てるかもしれない、という意味だ。
懐に入っている短剣を取り出して、ベッドで眠り続ける私の幻に向かって突き刺す──
「消え、た……?」
すると短剣が幻に触れた瞬間、霧のように朧げになり、そして立ち消えた。
なぁんだ、ただ物理的に触れれば──もしくは攻撃すれば──消せたんだ。幻の元としたペンとその下にあった枕に短剣が突き刺さったままではあるが、取り敢えず幻が消えたことで安堵した。
「よし、消し方も分かったところで……もう一回練習だ!」
まだまだ夜は長いのだから!
…………
あれから何度も幻を作り出しては短剣で刺す、ということを繰り返していった。するとどうだろう、今まで青の治癒魔法が一番得意だと思っていたが、それと同等程度空色のカゲロウ魔法が得意になっていた。
それに満足したのか、それとも眠気がピークに達したのか、明け方頃に眠りについたらしい私は朝、ヘデラに叩き起こされた。
「エンレイ様! まさか徹夜で魔法の練習をされたので!?」
「むにゃ……おはよー、へでら……」
「おはようございます! で、どうなんですか!?」
「んー……見ててー……」
昨日たくさん練習した空色のカゲロウ魔法でヘデラの隣に私の分身を作り上げた。
「これをね、消すにはね、こーするの」
昨日の練習で使った短剣はそのまま枕元に置いてあったので、それで幻を刺して消した。
「ひっ!」
ヘデラに練習の成果を見せられて満足した私は、ベッドに逆戻り。そのままスヤァ、と眠る一歩手前まで来たところで。
「え、エンレイ様! 二度寝しないでくださいっ!」
ヘデラにガバーッと布団を剥がされ、パジャマも剥がされ、制服に着替えさせられた私の背中を押して食堂まで運んでくれた。




