1-59 都市伝説
日も暮れてきて本を読むには苦労しそうだったので、私が赤のライト魔法を使い周辺を明るくしてからクロユリさんがその本を開いた。
「ええと、なになに……?」
まず最初に前書きが載っているらしい。クロユリさんの肩越しに私も読んでみる。
『この本はこの世界にあまた存在する都市伝説をまとめた本である。そのほとんどはまだ解明されていないような眉唾物だが、本物の怪奇現象も取り扱っている。そのため、その地に赴き実行して何らかの損害が発生したとしても自己責任でお願いする。』
そうね、この本の通りにして怪我や行方不明になっただなんて苦情が来てもどうしようもないものね。
「あ、次のページは目次だ。」
クロユリさんはぺラッとページを一枚捲って……
『一、シュティンテルの塔』
まず最初に載っていた都市伝説がソレだった。昔あの森の辺りにあった街の名前がシュティンテルだったはず。ということは……
「うわっ、まさか俺達が探していたのってこれでは……?」
「まさかここで情報ゲットとは……何か複雑ですね。」
「そうだな。今日一日の頑張りが……」
あんなに頑張って調べていたのに、結局誰かが齎した本に載っていただなんてオチ。そう思えば何故か急にドッと疲れた気分になり、二人揃ってどデカいため息を吐いた。
「……まあ、これを読めば何か分かるかもしれませんし……」
「……そうだな。」
複雑な心境のまま、目次に書かれてある該当ページを開くと『シュティンテルの塔、その実態は!?』だなんてどこの情報誌かと言わんばかりの見出しがデカデカと載っている。そしてそれより小さな文字でソレについての詳しい説明が記されていた。
『この塔はシュティンテルの街のどこかにあるとされている建物であるが、この街にそんな背の高い建造物は存在しないと街人は口を揃えて言う。じゃあその塔は架空の噂話だったのだろうか? 火のないところに煙は立たない、そんな気概で私はこの街で取材を続けた。すると、この街の長老と呼ばれ親しまれているご老人にもお話を聞くことができた。』
「へぇ、この本、ただの噂まとめとかじゃなくてちゃんと取材とかしていたんだね。意外だ。」
「そうですね。それも最初の部分で『やっぱり噂は噂だった』とかまとめてしまう人だっているでしょうし、この筆者は相当な労力と熱量を持ってしてこの本を執筆したと考えると……怪しい紛い物の都市伝説本、という一括りに入れてはいけませんね。」
「そうだね。」
『そしてそのご老人(以下、Yさんとする)は他では聞けなかった情報を教えてくださった。それがこのシュティンテルの塔のことだったのだ。
Yさん曰く、この辺りはその昔、アンファングの方々が生まれ育った街として栄えていたそうだ。まさかあの神話のアンファング(※1)が関係していたとは。予想した人がいただろうか。いや、ない。
そんな風にドキドキワクワクしている間にも、Yさんは更にもっとその塔について詳しく教えてくれた。曰く、この街にはそのアンファングの方々のお住まいがあった、とのこと。それこそが件の塔だ、と言い伝えられている、と。
もしその塔が見つかったら歴史的にも重要な建物なので報奨金が貰える可能性がある。こんなことを本に書いたら報奨金目当てにシュティンテルの街に人がごった返すのが目に見えてしまうが、私は嘘を書くことだけはしたくない。もしこの本の読者がその塔を見つけた暁には、報奨金の幾分かを私にも分けて欲しいと思う。それくらいしてもいいだろ!(終)
(※1)アンファング…この世界を作ったとされる七人の魔法使いのこと。といっても実在していたかは不明。信仰の対象として作り上げられた説もある。』
何だろう、色んな意味で作者の想いがだだ漏れている文章だな。最後のところなんて思わずクスッと笑ってしまったではないか。
「……これっぽい、よな。」
「ですね。」
「もしこれがエンレイの言っていた塔なのだとしたら。塔の建築、もしくは住人として、ヴァイス属性持ちがいたのかもしれないな。だってその塔が出現したカラクリがヴァイス属性の空色、カゲロウ魔法だと睨んでいるんだろう?」
「まだ確証はありませんが今現時点ではそれが有力、というくらいで考えていただければ。」
「オーケー。そうしておくよ。……あれ、ってことはもしかしたらそのカゲロウ魔法を使ったのは、エンレイが見たっていう空似の子じゃない? 髪も白かったんでしょ?」
「あー……もしかしたら可能性としてはあるかもしれませんね。」
「なら明日はそっちの方を調べていくか。」
「はい!」
「あ、エンレイは空色魔法の習得が先ね。」
「うっ、そうでした。」
「だから明日は直接城に来てくれ。それで俺がここで調べ物、エンレイが中庭で魔法の練習、って感じで。よろしくね。」
「わ、分かりました。」
「門番にも言っておくから。」
「……っ、」
庶民も庶民な私が、この街で一番尊い場所に二日続けて赴くなんて、ちょっと、一晩で心の準備がががが……
「アリガトウゴザイマス……」
でもクロユリさんの心遣いを無碍にしたいわけでもない。ので、何とか緊張でカラカラに乾いた喉を無理やり動かして感謝の言葉だけは音にすることに成功した。
…………
城で調べ始めてまだ一日しか経っていないの……?
と、濃い一日を過ごしてまず感じたことはソレだった。でも今日はまだ家に帰ってからもやることがあった。だから、と残り少ない体力を振り絞って一旦自室に戻り、あるものを手にとってからツユクサさんの執務室へと向かう。
「失礼します。」
「あらエンレイ、お帰り。」
「ただいま帰りました。」
いつもの笑顔で出迎えてくれるツユクサさん。そのいつもと変わらない姿に何故かホッと安堵した。
「それで、どうしたの? 何か用があって来たんでしょう?」
「は、はい。ツユクサさんにも見ていただきたいものがありまして。」
かくかくしかじか、昨日家の書庫を見て回っている間にヴァイス属性魔法について詳しく書かれている本を見つけたことを話した。
「そう。」
「以前ツユクサさんが黄色の閃光魔法について詳しいことは分からない、と仰っていましたが、これにはヴァイス属性魔法についてこと細やかに書かれていたんです。だから、ええと……」
──ツユクサさんもご存じない本かもしれない、と、思って……
どう言うのが最適か、と言葉を選んでいる間にツユクサさんは手招いた。
「見せてちょうだい。もしかしたら私の知らない本かもしれないなんて、気になるわ。読みたい。」
「あ、はいっ、どうぞ!」
何がどうぞだ、と脳内で己にツッコミを入れて自己嫌悪しながらも、本を持っている手はツユクサさんに向けて差し出した。
「……、」
本を一ページ開くとツユクサさんが黙り込んでしまう。ゆっくりゆっくり一ページずつ捲っていく音だけがその場を支配し、私はどこか居心地の悪さを感じていた。
そしてツユクサさんが読み始めてからどれくらい時間が経ったか分からないけれども、ずっと目の前に立たれていたら落ち着いて読めないだろう、と近くのソファーに座って待つことにした。
そうすれば良いタイミングでヘデラが紅茶をテーブルに置いてくれて。小声でありがとうと伝えてからソレに手を付ける。
チラチラとツユクサさんの様子を窺い見ては紅茶を飲んで、を繰り返していると、最後の方のページでツユクサさんの手が止まった。
「……?」
バレないようにジッとツユクサさんの動向を観察していると、ツユクサさんは徐に本の上で手を左から右へと撫でるような動作をした。
するとその途端、今まで変わることのなかったツユクサさんの表情に変化があった。
目は依然として開かないが、その細い目の隙間からツゥッと一筋の涙が零れたのだ。
「っ……!」
何か衝撃的なことでも書かれていたのだろうか。まさかあのツユクサさんが涙を流すなんて思いもよらず、私はその場で一人慌てふためいた。
どうしようどうしよう、どうすれば……?




