1-58 第三者?
ひとまず今日はもう時間も遅いということで撤収の運びとなった。机の上に堆く積み上がった本を元あった場所へと戻していく。
「やっぱり、あの塔が現れた現象……つまり空色のカゲロウ魔法(推定)を私が習得するのが手っ取り早い、のかな……」
「ウーン、それがいいのかもね。でもそうなるとエンレイばかりに負担をかけるようで……」
そう言ってクロユリさんは渋い顔をする。そして少しの間何かを考えるように黙り込み、その後『よし』と何かを決断したかのような反応を見せた。
「エンレイ、明日からも城に来て欲しい。で、城の中庭を開放するから、そこで魔法の練習をしてもらおうかな。」
「な、何故城で……?」
「ん? ただ俺がここで調べものをする間、この窓から見える中庭でなら魔法を練習するにも広さも良いかなって。」
「それなら、」
家でもできる。そう言おうとした瞬間、今日私もクロユリさんも立ち寄らなかった区画からドサッと物が落ちる音が響いた。
「誰だっ!」
瞬時にクロユリさんが音がした方から私とヘデラを庇うように立ち塞がった。いや、ちょっと待って。なんで王族が前に出てるの?
そんな疑問から、私こそ盾になろうとクロユリさんの背後から抜け出したその時。
「本当に誰だ? 今日は第三図書館は俺が貸し切って、俺とエンレイ、そしてヘデラの三人しかここにいないはずなのに。そしてあっちの方にはオカルトものの本しかないから、俺たちのしまい方が悪かった、だなんてこともありえない。」
──それにここは城だぞ? 何もなくても本が落ちるような杜撰な保管はしていない。
ポツリ、小さな声で呟かれた内容は『音を立てた第三者がいるだろう』という意味で。三人の中で先程よりも緊張が高まった。
第三者を刺激しないように音の方へと忍び寄る。クロユリさんは手に呪いを纏い、ヘデラは手の中に毒を作り出し、私は短剣を進行方向へ突き出しながら進み、音の発生源だろう本棚へと勢いよく飛び出た。
しかしそこにいたのは、いや、あったのは一冊の本だけ。人の姿は見つけられなかった。
「逃げたか? いや、まだ近くにいるかもしれない!」
クロユリさんのその一声で、私たちは駆けた。近くにいるかもしれない犯人を探すために。
「私は入り口を見張ってます。」
「お願いね、ヘデラ。」
「はいっ!」
気の利くヘデラの申し出に一言だけ返し、別行動をとる。本当はあまりバラけない方がいいだろう──もし犯人がバラけた私たちを一人ずつ始末するつもりだったら、という可能性もゼロではないから──が、逃がすわけにもいかなかったから苦渋の決断だ。
王族を一人にしたら危ないだろう、とクロユリさんと共に一緒に走りながら、左右に伸びる本棚と本棚の間を一つずつ見て回る。
しかし広大とはいえ走っていることもあって数分もあれば全て見て回ることも可能で。
「いない、かぁ……」
「私達を上手くかわして入り口に行った、とか?」
「だとしたら……ヘデラが危ないっ!」
この図書館へ出入りできるのは、ヘデラが向かった入り口しかない。そして犯人がこの場所から逃げるためにはそこに向かわないはずがないのだ。そこまで思い至り、入り口までまた駆けた。
さっきから走ってばかりで少し息が上がって苦しいが、そうも言っていられない。人命第一、だ。
件の入り口に辿り着くと、そこにはキョトンと顔を呆けさせるヘデラの姿があった。
「ヘデラ、無事!?」
「えっ!? エンレイ様、そんなに急いでどうされたんですか?」
「いえね、図書館の中を探し回っても人影が見つからなかったから、逃走するために入り口に向かったのかと思って。そうしたらヘデラが犯人と鉢合わせしてしまって危ないな、と。」
「え、と……こちらには誰も来ていませんでしたが……」
「そ、そうだったのね。ヘデラが無事だったのはよかったわ。」
「でもこれだけ探し回っても見つからないってことは、俺達は犯人を捕り逃してしまった、ってことになるな。」
「ウーン……」
「……ま、まさか、」
万事休すか、と肩を落としていると、ヘデラが何かに気がついたように声を上げた。
「本を落とした犯人は……」
「「犯人は?」」
「幽霊だったんです! それなら辻褄が合います! 実はお二人が図書館の中を探し回っていた時、聞こえてきた足音は二つだけ。クロユリ様とエンレイ様のものだけだったんです。だから……」
「ゆ、ゆゆゆ幽霊……」
「幽霊、か……まあ、この城も相当昔から存在しているから、いてもおかしくはないかなぁ。」
幽霊は人間の次に怖い。孤児院時代にも何度か遭遇して怖い思いをしたから。人間からの暴力で殺されそうにもなったが、幽霊相手だとまた違った死の恐怖がせり上がってくる。
それを思い出して手が震えてきたが、何とか両手を握り締めて押し殺す。
「エンレイ様……?」
「エンレイ、顔が青いな。……もしかして、幽霊が怖いのか?」
「いっ、いえっ! そんなことは……ないです」
フイッと二人から顔を背けて強がった。まあ、明らかに不自然な仕草だったかな、と後から気がついても遅い。反射的な行動ではどうしても嘘がつけなかった。
だって想像して欲しい。夜中書庫に忍び込んで月明かりを頼りに読書をしていたら、背後から首を絞められるのだ。本がギッシリ詰まった本棚を背もたれ代わりにしているのに。
それから寝る時だって、黒い人影が天井に張り付いたままこちらをジッと見つめてきて、目が合ったと思ったら嬉々として私の鼻にぶつかるくらいに顔を近づけて『お前の体を乗っ取ってやる』とか『そうしたらアイツに復讐してやる』とか、その復讐相手に対する恨み辛みを夜が明けるまでずっと延々と語りかけてくるんだもの。
そして最後は『お前の体を乗っ取れないせいで』と責任転嫁されて私が恨まれて呪い殺されそうになったり、とか。
これでも優しい方だから、その恐怖は推して測るべし。
「エンレイ、いいか?」
「……はい。」
「幽霊は確かにいる。だがこの城で人に影響を及ぼすくらいの強いモノはいない。何故か、それは俺が定期的にシュヴァルツ属性魔法で退治しているからだ。幽霊に俺の呪いはよく効く。いいか、俺の魔法は幽霊をやっつける。」
──だから心配しなくていい。
そんなクロユリさんの言葉はスポンジみたいに私の体に染み入る。恐怖で震えていた手も落ち着き、無意識に浅くなっていたらしい呼吸もだんだん元に戻ってきた。
「よし、大丈夫そうだな。」
「す、すみません。もう大丈夫です。ご迷惑をおかけしました。」
「迷惑ってほどじゃあないし、謝られることもないさ。」
「あ、えと……ありがとうございました。」
「ん、それで良し。……で、犯人は見つかりそうにないし、さっさと片付けて今日は帰ろうか。」
「はい、そうしましょう。」
「幽霊だったら俺が何とかできるし、もし足音を消せるタイプの人間だったらバラけた方が危ない。捕り逃すより人命第一、ということで、ヘデラも一緒に来てくれ。」
「かしこまりました。」
一瞬クロユリさんが入り口の扉に手を触れて、そうしてから三人で図書館の中へと戻っていく。
本が落ちる前段階で既に今日調べるために取り出した本の八割くらいはしまっていたからすぐ終わり、後に残るのはあの『落ちてきた本』をどうするか、というところで止まっていた。
「ええと……『都市伝説全集』だって? 何でこんな本が……」
「随分と怪しい本ですね……」
「フゥム……ちょっと気になるし、読んでみるか!」
「えぇ!?」
あの秘密部屋に入ろうと提案したり、いかにも作り話ですって雰囲気の本を読みたがったり──それも誰が落としたか分からないようなやつ──、意外とクロユリさんって好奇心旺盛というか、ええと、その、なんというか。
クロユリさんをフォローする言葉が出てこないのがちょっと悔しいけど、まあ、そんな複雑な思いを内心に秘めながら、彼が開けた本を後ろから覗き見ることにした。




