1-57 他言語の本
「似たもの夫婦……」
そうヘデラに言われて、私は『何を言っているんだ?』と首を傾げてしまった。だって、私なんかが素晴らしいクロユリさんと似ているなんて、それこそあり得ないのだから。
「ヘデラ、確かに今は言葉がかぶったけれども、私なんかが……」
「そう、それです。お二人が似ていると思ったところは。自分は他より劣っている、という考え方。それこそが『似ている』と称した由来です。」
「劣って……?」
クロユリさんが──いや、私もか──何を当たり前のことを、と言わんばかりに息を漏らした。
「あなた方は劣ってはいない。そんな卑下しないでください。じゃなきゃランクSの皆様も、ツユクサ様も、もっと言えばカナカ軍の皆様も。あなた方を評価してしてくれる方々の想いをも無碍にしてしまうことになるでしょう?」
ヘデラの言葉に、まるで雷に打たれたような衝撃を受けた。今まで考えたことのない種類のソレに。
「その考え方は新鮮だな……。だって、忌み嫌われるシュヴァルツ属性持ちの俺は劣っていて当たり前だったから。」
「私も今まで属性ナシと思っていたので、人より劣っているのは当たり前でしたし……」
「そう思えば、確かにヘデラの言う通り俺達は似ているのかもしれないな。」
「そう、ですね……」
これまで己を取り巻いていた境遇に、似た部分があったらしい。それが私の中で親近感という名の気持ちへと変わっていくのを自覚した。
そして私がその親近感に浸っている間に、ヘデラが一つ手を叩き場の空気を一変させた。
「……はい、しんみりしたこの話は終わりにして! さっさとその解決していない疑問、つまり塔が残った理由を調べましょう!」
「だな。」
「そうですね。」
気持ちを切り替えて、再び図書館の中を歩き回ることにした。
「じゃあ……」
塔が生き残った理由をクロユリさんは『歴史』という観点から、私は『魔法』という観点から、探っていくことになった。まあ、つまり、さっきと同じだ。
というわけで、魔法についての書物が置いてある棚に戻ってきた私は、秘密部屋を開ける本以外のものを見ていく。が、しかし。
「ヴァイス属性の情報が全くない……」
取り敢えず魔法に関係する書棚の中で私が読める範囲では、ヴァイス属性について書かれた書物は全く見つからなかった。ウーン、やっぱりヴァイスは『消された』属性なんだな、と改めて実感してしまった。嫌な実感である。
「読める本は粗方見て回ったから、次、この読めない本を読めたら良かったんだけど……」
私が読めない本とは、世界にこの街しか人間が存在しない現代において使用されない言語である。だからこそ、それを読み解くすべはあるのだろうか。
「何か、基準となる……所謂国語辞書みたいな何かがないと。それも、今使っている言語と知らない言語とを繋ぐような。」
「エンレイ様、私が探してきましょうか?」
「あ、……お願いしようかな。」
「かしこまりましたっ!」
自分で探しに行こうと思ったのだけれども、まるでヘデラが命令してくれと言わんばかりにキラキラした目を向けてくるもんで。ぎこちなくだがお願いする、と言えばヘデラは嬉々として辞書のようなものを探しに行ってくれた。
ということで、辞書のようなものはヘデラに任せて、その間に私は己の腕の中に積まれた本を元の場所に戻していく。あと出来そうなことといえば……
やはりヴァイス属性魔法について考えること、だろうか。昨日読んだ日記のようなアレに書かれていたことは私の中では相当な衝撃だったし。ちょっとここら辺で整理させたい。
椅子に座って一つため息を吐き、昨日見た文字列を頭の中で反芻する。
『黄色、空色、白色は魔法のコントロールをするのに相当な鍛錬が必要となる。これは偏に他者を害する可能性が高い魔法だからだ。』
『黄色の閃光魔法は、その光で人や物に関わらず何もかもを焼き殺すことができる。』
「ん……?」
ここで私はハタと気がついた。あれ、確か以前ツユクサさんは『書物にも詳しくは載っていない』とか言っていなかっただろうか。しかし昨日読んだ日記のようなものにはちゃんと詳しいことが書かれていたのに。
「まさか、ツユクサさんも知らない本だったのかな……?」
あれだけの蔵書を誇っているんだ。読んだことのない本だってきっとあるだろう。なんたってツユクサさんは忙しいお方だし。
「エンレイ様、それらしきものをお持ちしましたっ!」
と、その時ヘデラの声が思考に耽っていた私を現実に引き上げてくれた。ハッと気がついたようにヘデラへと目線をやると、『お遣いできたよ、偉い? 偉い?』と褒められ待ちのわんこみたいな表情でこちらを見ていた。
「ありがとう。じゃあこれを頼りに本を探してみるわね。」
「えへへ、エンレイ様のお役に立ててこのヘデラ、感激です!」
「そんな大げさな……」
「大げさではありませんよ? 誰だって主人のお役に立てるならどんなに大変なことでも頑張れるってもんです!」
「そ、そうなのね。」
「はいっ!」
今一度ありがとうと感謝し、ヘデラが持ってきてくれた辞書を開くことにした。
「ええと、取り敢えず『魔法』と『ヴァイス属性』を調べて……」
見たことのある文字を頼りにその二つの単語を調べたところ、魔法という単語ははすぐ見つかったが、ヴァイス属性という一単語は存在しなかった。
それなら、とヴァイスと属性とに分けて調べてみる。どちらも一応辞書に載っていたので、見たことのないミミズがのた打ち回ったような文字を手元にあった紙に慎重にメモした。
「じゃあ今度はこの文字っぽいやつと同じものを探してみる、と。」
「お手伝いいたします。」
「ありがとう、ヘデラ。」
同じメモをもう一枚作り、ヘデラにも渡す。ヴァイス属性は二つの単語を繋げただけなので、もしかしたら一単語にしたらまた違うものになるかもしれないけれども。それはまあ、今の私にはどうにもできないから。
「取り敢えず確実性のある『魔法』の単語が入っていそうな題名の本を集めて欲しいな。」
「かしこまりました。」
一礼してサッと姿を消したヘデラを横目に、私も本を探していく。
…………
ドンドンと机に積み上がった本は、かろうじて私がメモした『魔法』の文字が題名に書かれている。それの一つを手にとって、目次を開いていく。
何とか辞書で調べた単語を並べてみると、どうやら目次の大きな見出しはこう書かれているらしい。
『一章 魔法とは』
『二章 我が国においての魔法の扱い』
『三章 何故我が国には魔法使いが少ないのか』
『四章 ガイストとの戦闘において、魔法は必要か』
『五章 魔法使いを増やすためには』
『六章 これからの未来予測と魔法』
『あとがき』
今現在、この街で魔法を扱えない人はゼロだ。私ですら属性魔法があったんだ。だからこその疑問。
「魔法使い、というのが属性魔法を持った人のことを言うんだろうけれども……昔は私とまた違う、本当の意味での属性を持たない人もいたってこと?」
そんな歴史、知らない。聞いたこともない。興味本位だが、読み解きたくなってしまった。
いやいや、今はヴァイス属性について調べなければ。ブンブンと首を振って邪念を払い、その本を閉じる。そしてそれを私の目に入らない場所に隠すことで後ろ髪引かれる想いを断ち切った。
「よし、次の本は……」
気持ちを切り替えて、二冊目の目次翻訳に取り掛かるのだった。
…………
あれからずっと、それこそクロユリさんに肩を叩かれるまで目次をひたすら翻訳し続けた。しかし、その時点ですら収穫はゼロ。何なら私が読める言語で書かれた本の方がまだ比較的専門的だった、だなんて脱力してしまう結果にすらなってしまった。
「えー、この言葉で書かれた本には七色の基本的な魔法の使い方すら載ってないなんて……。無駄なことしちゃった……」
「へぇ、エンレイはそこまで調べてくれていたんだ。」
「まあ、はい。収穫はゼロでしたけど。」
「こっちも収穫ゼロだよ。あの街にそもそも塔なんて背の高い建築物、無かったってんだから。」
「「はぁー……」」
振り出しに戻ってしまった気分に、長いため息も出るというもので。クロユリさんと二人で頭を抱えるしか出来なかったのだった。




