1-56 あの森にかつてあった街
「そうだ、音にビックリして、さっきまで手に取っていた本を落として来たんだった。」
この話題は終わり、と露骨にクロユリさんが話を変えてきた。私が変な装置を作動させたことで相当焦らせてしまったらしい。申し訳ない気持ちで、しかし話題のすり替えにはちょうどいいとソレに便乗することにした。
「何か見つけたんですか?」
私とヘデラは塔が現れた現象について書かれた本を探していたが、結局見つけることができていなかった。だからこそ、この短時間に何かを見つけたのか、とクロユリさんのその有能さに対して驚いたように聞いてしまった。
「まぁね。遺跡について書かれた本は多いから。じゃあこっちに来てもらえるかな?」
「はい!」
クロユリさんに促されるまま、三人で本棚の間を縫って行く。
…………
クロユリさんが落とした本というのは十冊を大きく越えるもので。本棚と本棚の間がその落ちた本で埋め尽くされていた。この数なら落としたた時の音は相当大きかったと思う。
まあ、それ以上に扉が現れた音が大きかったのだろうことは想像に難くないが。
「えぇと、あの辺りについて記されていた本は……どれだ?」
この本の山から見つけ出すのは少し苦労するだろう。私も手伝わなければ。
「どんな表紙でしたか?」
「赤くて、古びた感じで……」
本をかき分けるように探していく。すると山の一番下にソレらしきものはあった。
「クロユリさん、これですか?」
「ん? ……あ、そうそう、それ!」
手に取った本を見せると、クロユリさんは嬉しそうに笑った。その笑顔を見た私の心臓がギュンと変な音を立てたような気がして、まさかこの若さで心臓病にでもなってしまったかとその辺りを摩ってみた。まあ、ソレ以外の異変なんてものは無かったのだが。
「エンレイ、どうした?」
「い、いえ……なんでもないです。……ええと、それで、その本には何が書かれていたんですか?」
「ん、その本にはな、あの森の辺りに昔あった街のことが書かれているんだ。」
少し気まずい雰囲気になったが、何とか話題を変えて難を逃れた。そしてそれを感じ取ったクロユリさんも話題に乗り、本の詳細を教えてくれた。
「あの森に元々あった街はシュティンテルとかいう名前で、まあまあ栄えていたらしい。けれどもガイストがその街にも侵食してきたことで人間は俺たちのいる街へ逃げてきて、侵食してきたガイストを一掃するために空になった街全体を爆破させた、だとか。」
「……そんなことが。だからあの森には遺跡がほとんど残っていなかったんですね。」
「そうらしい。」
「あれ、でもそうしたら私の見た塔って……?」
「そう、そこがおかしいんだ。今現在遺跡が残っていないところを見ると、相当派手に爆破したのに、何故エンレイはあそこで遺跡を見つけたのか。」
エンレイが見たっていう塔はその爆破で壊される対象外だった?
それとも街丸ごとぶっ放した中でその塔だけが残った?
「仮に爆破されて残ったというのなら、少し綺麗すぎる感じでした。こう、経年劣化での傷しか見当たらないと言いますか……」
「だとしたらその塔は意図的に爆破対象から外れた、となる。それなら、次に問われるのは『何故?』だ。だが俺はここまでは調べたが、どうもその先の疑問に答えてくれそうな書物が見当たらなくてな。こんな有様になった。」
クロユリさんはそう言って本の山を指差した。
「こ、こんな短時間でそれだけの情報が……」
はわわ、有能すぎるこの人……。
「あ、いや、違っ! 昨日の夜にここまでは調べてたんだ。だから今この時間はまだ何一つ見つけてなくて!」
「それでも一晩でそれだけの情報を集められるなんて、やっぱりクロユリさんはすごいですね。」
焦ったように言い訳にもならない言葉を並べ立てるクロユリさん。そんなに謙遜しなくてもいいのにねぇ。
「っていうか、それを言ったらエンレイだって昨日のうちに塔が現れた現象についてある程度調べてきてくれていたじゃあないか!」
「っ、でもあれは魔法の概要だけで、もっと詳しく調べないといけないし!」
「それを言ったら俺のだって!」
「フグッ、」
一触即発、そんな空気をぶち壊したのは変な音だった。
「フッ、……、ンフッ……」
変な音、もといヘデラの押し殺しきれずに漏れた笑い声は、ヒートアップした私とクロユリさんの言い合いを物理的に止めた。
「ヘデラ……私たち真剣に話していたんだけれども、何かおかしいことでも言った?」
「……、……、」
どうにも笑いを堪えることに心血を注いでいて、私の質問に答える余力がないらしい。笑い声が出ないように口を手で覆い、プルプル震えていた。
「……ヘデラ、一度笑い飛ばしていいか」
「アッハッハ!」
最早私が言い終わる前に笑い飛ばしたヘデラ。ヒーヒー言うくらい笑うなんて、今のこの短い時間の中でそんなに面白いことがあったのか。笑い終えたらきっと理由を教えてはくれそうだし、その後に私も一緒にその笑いを共有したいな。
そんなことを考えていた時もありました。
…………
──ヘデラside
「ふー、笑い疲れましたよ。」
あれから体感で数十分。ずっと笑い続けた私は、もうヘロヘロに疲れ切ってしまった。サンキライ先輩との魔法手合わせの時よりも疲れたかもしれない。
「ヘデラ、そんなに面白いことがあったのなら、私にも教えて欲しいんだけれど……」
ようやく落ち着いてきた辺りでエンレイ様から掛けられた言葉に、私はヒクッと顔を引き攣らせた。ああいけない、一流のメイドたるもの、動揺を顔に出しては……
「え? エンレイ様それ本気で言ってます? お隣のクロユリ様も何キョトンとしているんです??」
無理だ。何故今私が笑ったのか、お二人とも理解していらっしゃらないんだもの。
「……ふ、」
「「ふ?」」
「……普通、褒め合っているのならもっとほのぼのする会話になるでしょうに、何故こうも『相手の方がすごい』とムキになっていらっしゃるのか。そう考えたら面白くて面白くて。」
どうしよう、また笑いが込み上げてきちゃった。なんとかソレを心の奥底に一旦仮置きして、キンレンカ先輩の般若顔を思い出して、己の心をフラットな状態にする。オーケー、落ち着いた。
「ちょっと……お二人とも、何言っているか分からないみたいな顔しないでいただきたいのですが。」
「え、いや、だって……ねぇ? 私がすごいなんてありえないことですし……」
「それを言ったら俺だって。何もすごいことはしていないさ。」
「え? クロユリさんの方がすごいですって。」
「それはないな。エンレイの方がいい情報を集めてきたじゃないか。」
どんぐりの背比べ、という言葉がこれほどお似合いな二人はいないと思う。それが私の率直な感想だった。
フゥム……何か、お二人と私の間で根本的に何か考え方が違うみたいに感じた。これはもしかして、
「お二人とも、お互いがすごいとおっしゃっていましたが……成果としてみれば同じくらいだと私は感じました。それなのにお互いの方がすごい、と。どうしてそう感じられたのでしょうか?」
「だって、それはねぇ……」
「ねぇ……」
「「自分がすごいなんてあり得ないから」」
二人が声を揃えてそう言い切った。打ち合わせなしにそこまで声を合わせられるものなのだろうか、と感心してしまう。
「似たもの夫婦……」
そして少し呆れ気味にそう呟いてしまったのも仕方がないこと、としてくれるだろうか。




