1-55 謎の部屋
あれから数分ほど黙って扉の様子を窺っていたが、唐突にクロユリさんがポツリと呟いた。
「……入ってみるか?」
「え、これって隠されたものですよね? その中身を知ってしまったら呪われる、とかだったらどうするんですか?」
「いや、俺は大抵の呪いは弾き返せるから大丈夫。それにエンレイは白の浄化魔法を持っていただろう?」
「いや、今の私は浄化魔法が使えないんですよ? アテにされても困りますって。」
「そ、そうか……でも、気になる……な?」
クロユリさんはまるで私を誘うように言葉を重ね、そしてチラチラッとこちらに期待の目を向けてくる。ウググ……そんな風に言われたら私まで中が気になってきてしまったではないか。
「ま、禍々しさは感じませんし……?」
「……! よし、決まり! 中を覗いてみよう!」
わ、私は何を言っているんだ! でもクロユリさんにあんな期待の目を向けられたら、断れな……
「ウヒャァァ、お二人とも、本気ですかぁ!?」
しかし私達とは相反してヘデラは好奇心よりも心配の方が上回ったらしい。ワタワタと私達の周りで慌てている。
「何かあったらすぐ引き返してくるから。」
「で、でもぉー……分かりました。私はお二人が戻ってこられた時の準備をしておきます。」
「ありがとう。じゃあ、行こうか!」
いざ、謎の扉の向こうへ!
行くと言ってしまった手前引き返すことも叶わず、クロユリさんと共に大きくて重い扉を押していく──
…………
ギィィィ……
二人がかりで開けた両扉の片方。ソレの錆付いた蝶番が酷い音を立てて、とても重い扉がユックリ開いていく。その中は真っ暗で、何があるのか、どれくらい広い場所なのか、全く分からなかった。
「……あ、ライト!」
咄嗟に私は赤のライト魔法をパッとつける。部屋の全貌が目に見えるよう、安全を確認してからその中に足を踏み入れていく。
「わぁ、エンレイの魔法って生活するのに便利だな。」
「使い道がないとばかり思っていたんですけど、意外と無意味ではなかったみたいですね。」
「無意味なんてものはないよ、きっと。」
一つクロユリさんの役に立てたことで心が沸き立ち、その変化を誤魔化すようにゴホンと咳払いをしてから今一度周りに目を向ける。
「わぁ……」
扉の中を観察してみて分かったのは、どうやらここは誰かの部屋のようだ、ということだった。
ソファー、ローテーブル、ベッド、簡易キッチン……。そのどれもが古めかしいデザインであっても埃は一切被っていなくて、まるで今も尚、誰かがここで生活しているようにも見えた。
「……待ってください。誰かがここに住んでいるとしたら、私達不法侵入なのでは?」
「……こんな隠されるような、閉じ込めるような場所に誰かが詰め込まれているのだとしたら、不法侵入とか言っている場合じゃあなくない? 見たところ俺達が入ってきた扉以外の出入り口は無さそうだし。」
「そ、れもそうですけど……」
今は誰もいないけれども、もし誰かが閉じ込められていたのだとしたら。助け出さなければならないだろう。何なら私やクロユリさんの権力を持ってしても、だ。
とはいえ、『城の中』に幽閉(仮)されていると考えると、権力を使えない可能性もある。ほら、城の人が幽閉していた、とかだったら、ねぇ。
それなら、はてさてどうしたものか、とキョロキョロと辺りを見回して人がいるか探してみると、人は見つからなかったが、とある『物』を見つけた。
「あれ、これって……?」
ローテーブルの上に乱雑に置かれていたモノ、つまり手のひらサイズの空き瓶に目が留まった。思わずそれを一つ手に取ってマジマジと観察して、記憶の中にあるアレと、この空き瓶が同じものであると確認する。
「エンレイ?」
「クロユリさん、これってもしかして……」
クロユリさんに見えるように瓶の底を向けると、彼もピンと来たのかソレの名前を口にした。
「祝福ドリンクの瓶……? これってあれだよな、役所で妊婦が貰って飲むっていう……」
「そう、ですよね……」
祝福ドリンクとは、この世界で古くからある風習のことだ。
子供を身ごもった報告をするために訪れた役所で、妊婦に『生まれてくる子供が幸せであるように』と願いのこもった栄養ドリンクのようなものを配り飲んでもらう、というもの。
いつどんな経緯で始まったのかは知らないが、どの妊婦もが皆それを飲んだおかげで赤ん坊が元気に生まれてくるようになった、とか言われている眉唾ものの、しかし本当に存在する飲み物である。
「やっぱりそうですよね? 実物は見たことがありませんでしたが、この特徴的な紋様はきっとソレに違いありませんよね?」
それぞれ一部が重なるように配置された円が三つ。そんな紋様が瓶の底に掘られているのだ。他にこのようなマークは用いられないからこそ、私でも分かったのだ。
「まさかこの部屋で作り出されたものだった、というわけか?」
「人を閉じ込めるようにして? まるで強制労働みたいです。」
「……陛下はご存知なのだろうか。」
そうポツリと呟くクロユリさんの表情が重暗くなっていく。そうね、この城の主がそれを容認しているか、他の誰かが勝手に作ったものなのか、それで話は変わってくるから。
「……ベラ兄さんにも聞いてみるよ。」
ベラさんは王位継承権第一位。兄弟の中でも王室のことに関して一番詳しいに違いない、という意味だろう。
一旦出ようか。そうクロユリさんに促されるまま、釈然としない気持ちを胸の奥にしまって謎の部屋を後にすることにした。
「今見た部屋がどのような意図があって存在するのかが分からない限り、第三者に情報が漏れないようにしなければならないな。」
クロユリさんはそう言って私に口止めを求めた。そうね、隠そうとした犯人が分からないことには、部屋の存在を隠すために見た人聞いた人を抹殺、だなんて可能性も『ゼロではない』から。
「これは二人の秘密ね。」
「……はい。」
「ヘデラには上手く誤魔化しておこう。改装する前の部屋が残されていたみたいだ、とか。」
「分かりました。」
じゃあ顔つきとかも『何もありませんでした』というものに変えておいた方がいいいだろうか。ムニムニと頬をほぐして笑顔を作る。
いつぞや誰かさんに『エンレイは嘘がつけない』とか言われていたような気がするが、今回ばかりは誰にも、それこそヘデラにも嘘だとバレないようにしなければ。
…………
「遅いですよぉー!」
図書館に戻ってくれば、真っ先にヘデラが私に泣きついてきた。ごめんごめんと頭を撫でて宥めると、ブスーっと拗ねた。
「謝罪が軽い……ゲフンゲフン、それで、何かありましたか?」
己の不満を抑えて話題を戻すヘデラ。その大人な対応に内心尊敬の念を送りながら聞かれたことに答えていく。嘘を交えて。
「いや、この図書館を作る前に存在していた部屋みたいなものがあっただけだったよ。多分歴史的資料として残していたんじゃないかなって。」
「遺跡と同じ感じだったかな。」
「へぇ、それはそれは。怖いものがなかったのなら、私も見にいけば良かったかもしれませんねぇ。」
ウフフ、アハハ、あとは笑って誤魔化した。ごめんね、まだこれを漏らしてもいい類いの事柄なのか判断がつかないから。ちょっと嘘をつく罪悪感に苛まれるが、それを胸の奥にしまい込んで笑顔を作った。




