1-54 レッツ調べ物
あれから十数分ほどウダウダしていたが、城で調べ物をしなければいけないのは決定事項らしい。それならさっさと用事を終わらせてしまった方が精神的にも良いような気がする。と、もはや諦めすら抱きながらクロユリさんの後を着いていくことにした。
ヘデラはとにかく私について行く、ということに注力することで怖気ついた心を押さえつけようとしたらしい。私よりも肝が据わっている。そんなヘデラを私も見習わなければ、という尊敬の気持ちにも後押しされて足を動かしていく。
それで話は戻るが、調べ物をするとは言っても、はてさて一体どこに向かっているのだろうか。城なんてそれこそクロユリさんの住まいに赴いた時くらいしか立ち入ったこともなかったもんで、この広い敷地の中、今自分がどこを歩いているのかすら、さっぱり分からない。
クロユリさんとはぐれたら、きっと終わりだろうな。永遠に城を彷徨い続ける亡霊になってしまうだろう。そう理解した私はクロユリさんの姿を凝視してただ一つ、『迷子にならないよう』にだけ心血を注ぐ。
「ついた。」
するとしばらくして、一つの扉の前でクロユリさんは立ち止まった。
「さ、王宮第三図書館に着いたよ。」
図書館、その響きに思わず目が輝いてしまうのも仕方ない。今までの『行きたくない気持ち』が『早く入りたい』にガラッと心変わりしてしまうくらいには本が好きだから。
ほら入って、と促されるまま軽い足取りで立ち入ると、その蔵書の多さにまず圧倒された。
「ふわぁ……!」
自分何十人分もの高さを誇る天井へと幾つも伸びる本棚にギッシリ詰められた本、本、本……! これはもう、私から見たらもう、もう、お宝の山だ。興奮しないわけがない。
「ここの本は、この街に逃げてきた世界中の人々が置いていったものなんだ。だから図書館一つじゃあ収まらなくて、部屋を幾つか潰して第三まで図書館を増築していったんだ。」
「部屋を潰してまで……」
「そう。これらは全て、歴史的にも重要な書物だ。特にこの第三図書館は専門的なものや、この世界のあちこちに人間がたくさんいた頃のものが多く所蔵されているからね。それを読んでみると面白いよ。人間が多いからこそ考え方も色々違っていたみたい。」
「へぇ……それは今の世界では考えられないことですね。」
「そうだろう? 今の世界はとにかく『人間対ガイスト』『ガイスト殲滅』という考え方しかないからな。」
「むしろそれ以外に考えることってあるんですか? 俄かには信じがたいと言いますか……」
「どうやら昔の、それこそ人間がガイストとの戦いに重きを置くまでは、人間同士の争いが絶えなかったらしい。」
「えっ、そんなことがあったんですか!?」
「ああ。それも結構大規模に、マルマル国とバツバツ国が、みたいな国同士が戦っていたらしい。」
「えぇ……それは初めて知りました。」
やっぱり孤児院の蔵書はそこまで専門的なものはなかったんだな、と改めて実感した。それと同時に、次期総指揮官としてもっと知識を蓄えなければ、とも思った。
「とまあ、そんなわけで。ここなら塔が現れたウンヌンのことも何か分かるかもしれない。一緒に探してはくれないか?」
「勿論! 頑張ります!」
「はは、頼もしいや。じゃあ俺は『塔という遺跡について』調べるから、エンレイは『塔が現れた現象について』調べて欲しい。魔法については向こうの本棚に集まっているはずだから。」
「あ、それなら昨日、それっぽい現象について書かれた本を読みました!」
「そうなのか? それは一体……」
「ヴァイス属性の空色……そう、昨日話題に出た『まだ知らない属性魔法』が使われたのかもしれません。」
「空色が……」
「はい。その魔法の名は『カゲロウ魔法』。幻を見せる魔法です。」
ちょっと昨日読んだ魔法の詳細は、己の中で消化させてから話したい。そう思って簡単な説明だけに留めておく。
「……そっか。分かった。じゃあエンレイにはその空色……ヴァイス属性の魔法についてもう少し調べてもらおうかな。魔法についてはあっちの棚にあったはずだから。」
「分かりました。探してみます。」
クロユリさんが指し示したのは、私達から見て左方向。そっちに魔法についての書物があるらしい。だいたいの場所が分かれば、あとは私にも探せるだろう。
「私はエンレイ様について行きます。」
「うん、そうしよう。じゃあ一時間経ったらまたここに集合ね。」
「はい!」
それを合図に、私達は分かれたのだった。
…………
見たことのない言語で書かれたものもたくさんあり、どう探せばいいか分からなかった。だからこそ、とにかく今の私でも読めるものは無いかと背表紙を辿っていく。
「ウーン、八割くらいは知らない文字だなぁ……あ、これは読める。ええと、『魔法の歴史』ねぇ。ヴァイス属性のことは載ってるのかな?」
昨日読んだ日記の応用編みたいなものがあれば良いのだが、果たしてこの本にはそういった類いのものは書かれているだろうか。
「どうでしょう。気になるようでしたら一度開いてみてはいかがです?」
ヘデラもそう言ってくれるし、開けてみることにした。
と言っても、今まで何人かに聞いたことをまとめると、どうやらヴァイス属性の魔法は歴史から『消された』ようだから、あまりこういった書物にも載っていないような気がする。
「まあ、ダメ元で見てみるか……」
読める本を手に取ってパラパラと捲ってみると、私ですら知っている事柄ばかりが仰々しい言葉で書き連ねられていた。その中で目立つのは古い言い回しだけ。もしかしたらこの本も相当昔に書かれたものなのかもしれない、ということしか分からなかった。
「……次!」
パタンと閉じて元の場所に戻す。そうしてから気を取り直すために声を上げる。
「あ、エンレイ様! この本は私でも読める文字ですよ!」
「わあ、ありがとう!」
私達でも読める文字で書かれた本を、ヘデラはポンポン本棚から抜き取っては手の上に積んでいく。なんて出来たメイドなのでしょう。ありがたやー、と心の中で崇め奉る。
ここから少し先に座るスペースがあるようなので、そこに腰を落ち着けて中身を確認していこう。そう決めて歩き進めた。
ヘデラが机から引いて出してくれた椅子に腰掛けると、その座り心地に思わず声が漏れる。
「ふわぁ……、この椅子、何時間でも座っていられそう。」
「そんなに座り心地良いですか?」
「それはもう! さすがお城、と言ったところなのかな。」
「フム……」
心地よい環境の中、本を読む。なんて幸せなんだろう。ニヘニヘと笑みが溢れてしまうのも仕方ないと思う。と、そんなこんなで当初の目的を忘れそうになった所で。ヘデラが顎に手を当てて何か考え始めた。
それを邪魔しないように、私は机に積まれた本に手を伸ばしていく。
…………
歴史書を中心に、魔法に関する本を手当たり次第に斜め読みしてみたが、『ヴァイス属性魔法』に繋がりそうなものは見つからなかった。
「ウーン、アテが外れたかな……」
成果が芳しくなく、ため息を吐きながら椅子から立ち上がり、また本を探していく。
「もっと違う種類の本をご用意いたしましょうか?」
「そうだなぁ……一旦クロユリさんと合流し、」
ヘデラと言葉を交わしながらも、自分にも読める本を抜き出す作業は進めていた。それが吉と出たのか凶と出たのか。よく分からないコトが起きて言葉が途切れた。
ゴ、ゴ、ゴ、ゴ、ゴ……
特に意図したものではなかったが、どうやらこの本を抜き取ったことで何かを作動してしまったらしい。重苦しい地響きのような低音が、この図書館に鳴り響いた。そしてそれと同時に、本を抜き出した本棚自体がユックリと動き始めたではないか。
まさか隠し通路でも引き当ててしまったか、とほんの少しだけワクワクしながら、本棚が動ききるのを待つことにした。
「エンレイ無事か!」
本棚の間から急いで現れたクロユリさんは、何が起こったかを聞く前に私の安否を心配してくれた。
「無事です! 何なら怪我一つしていません!」
「それはよかった。……で、これは一体何が起きたんだ?」
クロユリさんと会話している間に本棚の動きは止まり、本棚の後ろにあったものが露わになっていた。
「ええと、あの……そう、ヘデラが今左手に持っているその本を本棚から引き抜いたら、急に本棚が動き始めて……何か扉っぽいものがその後ろから現れたみたいなんですけど……私も良く分かっていなくて。すみません。弄ってはいけない本だったのでしょうか?」
「ウーン、そういった話は聞いた事がないから、俺でも分からないな……」
家の人ですら分からないことを、赤の他人が知っているはずもなく。ヘデラも含めた三人で首を傾げるしかできなかった。




