1-53 白花家の元気印
寝不足によるクマと眠気で、次の日の朝は爽やかな目覚めとはいかなかった。ベッドから上半身を起こしただけの状態で顔をしかめる。
「うぅ……ここ最近は規則的な生活を送っていたから余計に眠気が……」
「お、おはようございますっ! エンレイ様っ!」
ネムネムと目を擦っては覚醒しようと踏ん張っていると突如として聞こえてきた声。それを耳にした私はそれまでの眠気が吹っ飛び、その方に振り返るとやっぱり想像していた人が立っていた。
「ヘデラさん!」
「はいっ! ヘデラですっ! エンレイ様、どうか私のことは呼び捨てにしてくださいなっ!」
まるで太陽のように輝かしい笑顔でヘデラさn……ヘデラはそう懇願した。
「サンキライ先輩の元でメイドになるための勉強をこなし、ついに昨日合格をいただけたので、今日から私がエンレイ様付きのメイドとして働かせていただきますっ! どうぞよろしくお願いいたしますっ!」
ヘデラの元気なところはそのままに、しかし所作は見違えるほどに美しくなっていて、私はしばしその姿勢に見惚れた。
「さ、エンレイ様! お召し変えを!」
ヘデラにバッと布団を剥がされ、目にも留まらぬ速さで私の着替えを終わらせてしまった。
「さ、お食事にいたしましょう!」
ヘデラの勢いに押されるがまま、私は食堂へと向かうのだった。
…………
「あら、ヘデラじゃない。」
私の少し後に食堂に現れたツユクサさんは、すぐにヘデラに気がついて話しかけてくれた。
「はいっ! おはようございます、ツユクサ様!」
「あら、所作が見違えるほどに綺麗になったわね。」
「有難きお言葉。」
「フフ、エンレイをよろしくね。」
「勿論でございますとも! エンレイ様は私の命の恩人ですから!」
「あらー、この家にはいなかった元気さと素直な可愛さね。癒されるわ。」
ホッコリ優しい表情を浮かべるツユクサさん。確かにその言葉には勢い良くウンウンと頷きたくなる可愛さがあるものね。
「ゴホン、まずはご飯にしましょう。お腹空いちゃって仕方ないの。」
ツユクサさんの声を合図に、ツユクサさんの後ろに控えていたサンキライさんとヘデラが動き始めた。
「エンレイ様、今日から私も調理に参加したんですよ!」
エッヘンと得意顔で私の目の前に皿を置いたヘデラ。その様子が可愛くて可愛くて。ほのぼのした優しい気持ちで食事を終えることができました!
勿論、味もとても美味しかったです!
…………
「今日から私もエンレイ様のお仕事に同行するよう仰せつかったので、何かあれば私に申し付けてくださいね!」
家を出る時ヘデラにそう言われ、ハテ、と疑問が沸いた。
「今は調べ物探し物をしているからいいけれども、もし討伐任務の日だったらどうするつもりだったの?」
「勿論お供します! そのために魔法の訓練もシッカリ受けました! あと、私に敬語は不要です!」
フンス、と得意げにそう話すが、ちょっと待って欲しい。
「いや、でも私は一応ランクSだから、森への討伐にも行くんだよ? その時はどうするつもりなの?」
ランクSほどの実力があるからこそ視界の悪い森へも討伐に行ける──自分にそれほどの実力があるかどうかは今は置いておくことにする──。
それに最近は進化系ガイストの存在もあるし、大群がいつ襲ってくるか分からない危険な状況だ。だから……
「えーと、その……」
そこで初めて口ごもったヘデラ。何か後ろめたいことでもあったのだろうか。
「サンキライ先輩にしごかれて、カナカ軍に入っていたらランクA相当の実力はつけました。サンキライ先輩のお墨付きです!」
な、な、なんだってー!?
ランクAって言ったら、それぞれの属性を統率する寒崎さんや夜凪さん、お母様と同等ということになる。ランクBですら強い、という認識らしいから、それを考えたらヘデラの実力は……
「そう、すごい頑張ってくれたのね。嬉しいな。」
「っ! はいっ! 頑張りました!」
「ありがとう。」
感謝の言葉は無意識に零れ落ちていた。それはヘデラさんの耳にも届いていたらしく、水分がヘデラの目を揺らした。
「っ、そう言っていただけるなら、頑張った甲斐があります……!」
留め切れなかった水分……涙が、ヘデラの目からボロボロと流れる。あ、えと、どうしたらその涙を止めてあげられるかな。ええと、ええと……
「な、泣かないで?」
「うっ、嬉し涙だから良いんです!」
何がいいのか分からないのだけれども。でもヘデラがいいと言うならいいことにするか。でも、ええと、ええと、
ポケットに入れていたハンカチをイソイソと取り出してヘデラの目元に当てると、ヘデラはキョトンとした。あ、涙は止まったみたいだ。どうも泣いている人を見るとどうにか泣き止んでほしいと思っちゃうから。よかった。
でも泣いたことで目が赤くなってしまっている。どうにか治してあげたくて、ヘデラの目元に手を翳して青の治癒魔法を使った。
「うん、良し! じゃあ、行こっか。」
「っ、はいっ!」
ヘデラと共に今日の待ち合わせ場所である街一番の噴水前まで向かう。
…………
待ち合わせ場所に着いた時には既にクロユリさんの姿があって。遅れてしまったかと早足でクロユリさんの目の前に立つ。
「お、おはようございます!」
「あ、おはようエンレイ。……と、ああ、あの時の子だね。おはよう。」
「おはようございますっ! ヘデラと申します! 今日からエンレイ様付きのメイドとして、任務にも同行することになりました! よろしくお願いいたします!」
「元気があっていいね。ヘデラ、こちらこそよろしくね。エンレイとは暫くの間一緒に行動することになっているから。」
「はいっ!」
「……それで、今日はどうされるのですか? わざわざこの場所を待ち合わせに選んだのは何か思惑があってですか?」
「ん、そう。今日は塔について調べるのに最適な場所に行くつもりさ。」
「それは一体……?」
「着いてからのお楽しみってことで。じゃ、早速移動しようか。」
「は、はい……」
意味深に言葉を濁すクロユリさん。そう誤魔化された今日の目的地にも心当たりは全くなくて。首を傾げながらも、迷子にだけはならないように一生懸命クロユリさんについて行く。
…………
「く、クロユリさん……私は目がおかしくなったんですよね。きっとそうですよね。じゃないと私がここにいる意味も分からなくなりますもんね。」
「エンレイ、何をそんなに怯えているんだい? ただ調べ物に一番適した場所に来ただけでしょ?」
「だ、だって……」
私の隣にいるヘデラも、私と同じ『ワナワナ』みたいな表情を浮かべていた。それもそうだ。だってここはブント城……の城門前だから。
「クロユリ様、お帰りなさいませ。」
「ああ、ただいま。じゃあ手筈通りに。」
「ハッ!」
「ほらエンレイ、と、ヘデラも。早く入って入って。」
門を難なく通り抜けたクロユリさんに手招きされるが、いや、ちょっと待ってくれ。心の準備ができていないから。
「ん? どうした? 早く入らないと調べ物をするにも時間が足りなくなるぞー。」
「いやいやいや! ちょっと待ってください! まさかお城だとは思わないじゃないですか!」
「ん? 城だと何か不都合だった?」
「いや、イチ市民としてはお城に入るのに心の準備というものがですねぇ……」
「何で? エンレイは一度入ったことあったよね?」
「いやあの時は緊急事態でそうも言っていられなかったからでして。」
きっとクロユリさんとの出会いの時を指しているのだろうことは分かっている。でもあの時とはまた状況が違うから……
「そういうもの?」
「そういうものです!」
「ふぅん、じゃあほら、俺の生家と思えば少しは入りやすいと思わない?」
「いえ、それはそれで緊張します。」
「えー……」
クロユリさんはそう呆れたような声を漏らすが、私も私で引けないところがある。ということでそれから数分もの間、城門前で押し問答を繰り広げてしまったのは仕方ないことだと思いたい。




