1-49 特別な任務
クロユリさんと二人、部屋に取り残されたわけだが。そうなると先ほどまで感じていた動悸が再発する、というもので。気まずさと共に動悸、発汗、火照り、エトセトラエトセトラ。色んな異常に苛まれてしまった。
「あー……と、まぁ、エンレイの話も一区切りついたし、俺もお暇することにしようかな。」
「あ、えと、はい。……あの、クロユリさん、」
「ん?」
「他の方には言いそびれてしまいましたが、その、見つけてくださりありがとうございました。話も聞いてくださって、助かりました。おかげで私も色々整理できた気がします。」
さすがに今回のことは己一人でどうにかなるものではない。一人で悶々としていれば、きっと近いうち悪い事実に耐え切れなくなっていただろう。だから……
「いや、こちらとしても新しい情報を事前に仕入れられたのは大きい。感謝されることは何もしていないさ。」
クロユリさんはそう励まして、私が勝手に感じていた気まずさを取り払ってくれた。それに再び勝手に安堵し、身勝手な己にまた嫌悪する。我ながら何とも面倒くさい。
そしてクロユリさんは私の頭に手を置こうとして、ハッと気がついたように手を引っ込めた。
「わ、悪い。触られたくないんだったな。」
「え、あ、いえ……あの時はちょっとビックリしてしまっただけで……」
動悸やら発汗やら火照りはあるけれども。それでも触れられたくないわけではなくて……ウゥン、自分のことなのに、自分が分からない。孤児院時代、難解な書物を読んだ時ですらこんなに分からないことはなかったのに。
「そ、うか……嫌でないなら、良かった。」
「は、はい……」
「じゃあ、」
今度はためらうことなく、クロユリさんは私の頭に手を置いた。動悸、発汗、火照りはあれど、それ以外の……心がホッと温かくなる心地にもなった。高揚するような気持ちと安心するような落ち着いた気持ち。それらがグルグルに混ざっていく感覚に陥ったのだった。
…………
あれから一夜明けいつものように朝食を摂った後、ツユクサさんに『執務室に来て欲しい』と言われた。それに従って執務室に向かえば、ツユクサさんは待ってましたと言わんばかりに糸目を一層細くしてニッコリ笑い出迎えてくれた。
「よく来たわね。ほら、座って座って。」
言われた通りソファーに座れば、対面に座ったツユクサさんが早速話を始めた。
「今日からあなたには特別な任務に就いてもらおうと思って呼び出したの。」
「特別な……?」
「そう。昨日あなたが教えてくれた……そうね、あなたの名付けに倣って便宜上『進化系ガイスト』と呼ぶことにするけれども。その進化系ガイストについて調べて欲しいの。」
「進化系の……」
「そう。どのような経緯で発生したのか、とか。もし本当に進化するものだとしたら、進化に必要な条件とは何か、とか。戦闘能力はどれ程か、とか。後は知能があるのか、とか。とにかく進化系ガイストに関する情報がなんでも良いから欲しいの。」
「分かりました。」
「それで、あなた一人だと何が起こるか分からないから、お目付け役をつけようと思っているの。ウーン、クロユリとかがいいかしら? 白と黒は一心同体、でしたっけ? この機会に仲良くなっておきなさい。後はちょうど白の浄化魔法の練習にもなるだろうし。ウンウン、良い考えだわ! ということで今日から二人で調査、よろしくね。」
矢継ぎ早に今日からの仕事が決まっていく。
それにしても一人だと何が起こるか分からないって、まさか私、問題児扱いされてない? とか、クロユリさんと今会うのちょっと気まずいんだけど、とか、最後の方とかだいぶ理由付けがテキトーだな? とか。
色々言いたいことはあったが、まあ、進化系のガイストについては私も知りたいと思っていたから、この仕事内容について異を唱えるつもりもない。
「クロユリにはもう昨日の時点で話は伝えておいてあげたから、早速いってらっしゃい! ちなみに集合場所は白花家の前よ。」
言外にもう今話すことはないと言われたようで。とにかく早く行け、という圧に負けた私はその足で集合場所に駆ける。仮にも王族を待たせるなんて言語道断だからね。
…………
「はぁ、良かった、まだ来てない」
全速力で家の前まで駆けたせいでゼェハァ息を切らし、体力回復の為にも膝に手を置いた。今更だけどクロユリさんって──ベラさんや華橋さんもそうだが──尊いお方なんだよね。お三方ともがあまりにもフレンドリーすぎて忘れそうになることがしばしばあるけれども。
あとはほら、クロユリさんが来るまで精神統一でもしておこうかな、と思っt……
「おはようエンレイ。」
「ひょっ!」
後ろから肩をポンと叩かれ、渦中のお人の声が私を呼んだ。まさかもう着いてしまわれたのかと驚き、精神統一も何も無かったな、とどこか冷静な部分で考える。
「お、おおおはようございますクロユリさん!」
「はは、そんなに驚かれるとは思わなかったな。」
私の態度のせいで、クロユリさんに嫌な思いをさせてしまったかもしれない。そう思わせるような苦笑いを零していたから。
「すみません。ビックリしてしまって。」
「良いって良いって。驚かせようと思って静かに近づいたのは俺の方だからね。」
「もう! それなら私、謝り損ですよね!」
プゥ、と頬を膨らませ鼻に皺も寄せて抗議すると、クロユリさんは『フハッ』と吹き出して笑った。
「クロユリさん?」
何がおかしいのだ、とその名を呼ぶとクロユリさんはもう一度だけ吹き出してから、ゴホンと咳払いをした。
「悪い悪い。そんなにヘソを曲げないでくれ。」
そう言ってまるで幼子を宥めるように頭も撫でられる始末。その撫で方がどうも心地よくて、ささくれた気持ちもスッと落ち着いた。……不思議だ。
「よし、じゃあ行こうか。」
「はい!」
私の気持ちが落ち着いたのを察したクロユリさんの言葉をキッカケに、二人で森へと足を向ける。
…………
一時間ほど森の中を歩き回る。と言っても探してすぐに進化系ガイストに出会す、なんて奇跡は起こらず。さてどうしたものかと頭を悩ませた頃合いで。
「エンレイはこの森に来てすぐに見つけたらしいけど、やっぱりそうそう姿は現さないみたいだな。」
「そうですね……。何かアプローチを変えてみるのも手ですかね。」
「そうだな、当てもなく探すには範囲が広すぎる。そもそもその、進化系?がこの森だけに生息しているとも限らないし……」
「それなら……どうしましょう?」
「あ、じゃあエンレイが誘導された塔を探してみるのはどう? きっとその塔は『遺跡』だろうからさ。」
クロユリさんの言う遺跡。それは私たちが暮らす街の外にある人工物のことだ。
というのも、随分昔には私たちが暮らす街以外にも人間は存在したらしい。しかしガイストとの戦いによってその数を減らし、生き残りが皆この街へと逃げてきた。
そのため、今人間が安全に暮らせるのはあの街でだけ。そして色んな国から人間が集まってきたことで街の名前を決める時に揉めに揉めた。だからこの街には名前がないのだ。
一応街の中でもどこら辺に住んでいるかで『××の方角が出身』だとか言ったりもするが、まあ、今は置いておいていい。
「そうしましょう。……と言っても、ガイストを追いかけるのに夢中で正確な位置は覚えていなくて……すみません。」
「いや、いいよいいよ。大体の方向が分かればさ。後は地道に探していけばいい。」
自分の無能さにホトホト呆れ返り、役立たずな己に自己嫌悪する。それでも気を遣ってクロユリさんは『大丈夫大丈夫』と優しい声で和ませてくれた。
ついでとばかりに頭に手を置かれたりもしたが、何度も繰り返しているうちに慣れてきたらしく、最初ほど取り乱すこともなくなっていた。




