1-45 進化系(仮)
「でも、今ここには私しかいない。私がやらなくてどうする? 相討ちになったとしても、ガイストを一匹でも多く滅せられれば……」
昨日は隊員さんに向かってそう言い切ったが、いざ己の死を間近に感じる状況に置かれた途端、短剣を持つ手が震えてきた。
私はどう頑張っても死ねない体質。だからここで殺されても生き延びるとは思う。だけど自殺とは訳が違う。他者から殺されるかもしれない、というこの恐怖にどう立ち向かっていけばいいか、この土壇場で分からなくなってしまった。
どうする、どうする、どうする……?
恐怖に苛まれた私の呼吸は乱れ、心音は早まり、冷や汗が噴き出て、手だけでなく全身を震わせ、ガンガンと頭の中で鳴る警鐘を遠くに感じた。
「っ、」
そして私が恐怖に慄いているその一方で、ロートの進化系ガイストは未だ攻撃の手を見せない。ただこちらの様子を窺っているみたいだった。人間を見てすぐさま襲ってこないなんて、とことんガイストらしくない。
こちらもロートの進化系ガイストの様子をジッと観察してみると、そのガイストはフイッと森の奥に戻ろうと動き始めた。
「待って!」
その声は届かず、ロートの進化系ガイストは奥へと消えていってしまった。
森の奥へと行ってしまったロートの進化系ガイスト。それを見逃す手はない。
先ほどまでの恐怖が嘘のように軽く動き始めた足に脳みそは命令し、私はそのロートの進化系ガイストを追うことにした。
人の手が入っていない獣道を走るには少し辛いものがあったが、それよりあのガイストを追えばもしかしたら殲滅のヒントが得られる気がして。先ほどまでの重苦しい空気なんてなかったかのように心が沸き立った。
ザクザク、ザクザク、ロートの進化系ガイストはどこまでも奥へ奥へと進んでいく。そこまで来てからようやく私は気がついた。
これ、私、誘導されてる……?
そんな、ガイストに人を誘導するような知能があるはずが……ああ、そうだ。アレは進化系(仮)だったか。本当に進化系かどうかは分からないが、そうだとしたら誘導するくらいの知能があることにも説明がつく。
しかし、どうやって進化系のガイストが誕生したのか。そしてもしこんな進化系のガイストがこれから増えてしまったら。そう思うとゾッとした。
「……この間の大群も、進化系のガイストのせいだとしたら?」
私を誘導するくらいなんだ。群れるくらい造作もないだろう。だが、しかし……
「いや、でもあの時に倒していったガイストは、いつものロートガイストだったし……」
ウーン、分からないな。やっぱりこの進化系ガイストはこの間の大群の件には関わっていない?
これは無事家に帰れたら、皆さんの意見を聞こう。うん、そうしよう。ちょっと死亡フラグっぽいけれども、そう考えるしかないし。
そうこう言っている間にも、ロートの進化系ガイストは私の走る速さに合わせたような速さで奥へと進んでいく。
いつまで、どこまで行くつもりなのか。分からない。
終わりの見えない追いかけっこに辟易し始めたところで、バチン! と耳元で大きな破裂音が鳴った。
「っ! 何!?」
するとどうだろう。今まで鬱蒼とした森を走っていたはずが、音がした瞬間にガラリと風景が変わったではないか。
森の中というのは変わらないが、一本の塔が木々に守られるような姿でパッと現れたのだ。まるでクロユリさんの家みたいな。
その塔の入り口で漂うロートの進化系ガイスト。まるで入れ、と言われているようだった。
「……」
あからさまな罠、だよな。さすがの私でもこれは行ってはいけないと分かる。
でも、このロートの進化系ガイストがそれを見逃してくれるとは思えない。今はジッとこちらの様子を窺っているだけだが、もし戦闘意識を持たれたら?
前門の罠、後門の進化系ガイスト。あれ、これって詰んだ?
そうウダウダしていると、ロートの進化系ガイストは痺れを切らしてしまったらしい。周りでフヨフヨ漂っていただけの火の玉の動きをピタリと止め、こちらに向けて放ってきたのだ。
「わぁあぁああ! 分かった! 分かったから攻撃を止めてぇ!!」
命からがらソレらを短剣で切り裂き──多少の火傷はご愛嬌──、反射的にそう宣言してしまった。
するとロートの進化系ガイストは『分かればヨシ』と言わんばかりに攻撃の手を止めた。
入ると言ってしまった手前、それを反故にしてしまえばまた火の玉が降りかかってくるだろう。ここは大人しく従っておくのが最善か。
ロートの進化系ガイストを横目にその塔に踏み入ると、キンと空気が変わった。まるで氷の中にいるかのような寒さが肌を突き刺してきたのだ。
「クロユリさんの塔ですらこんなに寒くはなかったのに……」
白い制服では少し心もとないくらいの肌寒さに思わず腕をさする。何なら吐く息が白くすらなる。
「それで、どこに行けば……?」
とは言っても、塔の中には階段しかないのだが。これを登れってこと?
「……気が進まないなぁ。」
でもあのロートの進化系ガイストの言うことを聞かないとどうなることか。今になって着いてきたことを後悔し始めても遅かった。
仕方ないので一段一段、螺旋階段を踏みしめるように登っていく。きっと最上階に着くまで続くんだろうな、とか考えながら。
…………
タン、と最上階まで登りきった先にあったのは、分厚い扉。クロユリさんの時とは違って呪い所以の禍々しさは無かったが、異様な程の冷気が漏れ出ていた。
何故か私に着いてきたロートの進化系ガイストに『早く開けろ』と言わんばかりに火の玉をちらつかせられたら、開けて先に進むしかなくて。冷え切った両扉を手で押して開ける。
ギィィィ……
錆付いた蝶番から鳴る音を背景に、重い扉を開けるとまずは冷気が私を襲う。
「さっむ!」
それでも先に進まなければならない。寒いのには慣れていないからこれ以上は進みたくないが、やっぱり後ろに張り付いているロートの進化系ガイストに脅される。……入るしかない。
気が進まず重くなった足を引きずるように寒々しい部屋に踏み入ると、まず目に入ったのはキングサイズの天蓋つきベッドだった。
ソレは四方をカーテンでピッチリ閉められており、中に誰かがいるのか、はたまた何かがあるのか、分からない。
ロートの進化系ガイストはまるでソレを開けろと言っているようで。私は恐る恐るカーテンに手をかけ、中を窺い見る──
「っ、」
そこに眠っていたのは、驚きも驚き。私だった。
いや、違うのか。ええと、私の生き写し……とでも言うのだろうか。真っ白な髪は伸びに伸びてベッド下にすら散らばっているが、その中に秘められた顔立ちはまるで鏡を見ているようなくらいソックリ。
「この人、は……?」
ロートの進化系ガイストに聞いても答えが返ってくるわけがないのだが、聞かずにはいられなかった。
しかしロートの進化系ガイストは私とこの生き写しの様子をジッと見ているだけ。それ以外のアクションは無し。……いや、これ、私にどうしろと?
「これを私に見せて、どうしたかったの? この生き写しはガイストとどう関係あるの? 何故私と同じ顔をしているの? どうして……」
聞きたいことが溢れてやまない。でもロートの進化系ガイストは答えてくれるはずもなく。モヤモヤした疑問で体が押し潰されそうになった。
そもそもこの生き写しは生きているのか?
そこに行き着いたところで、私は生死を確認しなければならない気がして生き写しに手を伸ばす。
口元に手を翳そうとして、生き写しの顔に手を近づける。
すると、
今までウンともスンとも言わなかった生き写しが途端にカッと目を開け、グルンとこちらを向いて私を凝視したのだ。
「っ!?」
そして最後に見たのは、生き写しの、濁りきった空色の瞳だった。




