1-44 ひらめき、そして森へ
「エンレイ? どうしたの?」
いつものように夕食をツユクサさんと共に摂る。その時ですら私は上の空だったらしく、ツユクサさんに心配されてしまった。
「い、いえ。何でもないです。」
「そう。私にできることがあれば協力するから、何でも言ってちょうだいね。」
「……ありがとうございます。」
ツユクサさんにそう言ってもらえるのはとても心強いが、しかしこのモヤモヤした気持ちはどう話せば良いのかすら分からないから、ツユクサさんにも言わないだろう。
ガイストの殲滅には私が必要。その意味とは一体何なのか、だなんて。ツユクサさんに聞いても分かるはずがない。だってそれを知っているのなら、今の状況を良しとしないだろう。
そう、つまり、私の閃光魔法やら浄化魔法やらを死ぬ気で、それこそ血反吐を吐かせてでも習得させるだろう、ということだ。
この緩さこそが、ツユクサさんが何も知らない、ということになり得るのではないだろうか。私はそう結論を出したのだ。
「それで、今日はどんな一日だったのかしら?」
「そう、ですね……」
かくかくしかじか。ノコギリ荘でお世話になったサンキライさんとの再会、慣れない怪我人の治療にアクセクした話、そして攻撃部隊のロート属性とブラオ属性の相殺の話、ランとの会話……。一日でこんなに話すことができるなんて、疲れはしたけれども充実した日だったのではなかろうか。
ツユクサさんに伝えることもいつも以上に多くて、夕飯を食べ終わっても暫くの間二人とも席を立つことができなかったのだった。
…………
さて、ツユクサさんと会話して少しだけスッキリしたから、もう気持ちを切り替えよう。己の無力さについてアレコレ考えている暇があるならば、今の自分に出来ることを考えた方が有意義だもの。
湯浴みの最中も、眠りにつくまでの間も、考えるのは有意義なこと。
「ロートとブラオの相殺を防ぐには……」
私の魔法とは根本的に違う魔法形態。だからこそ起きる魔法の相殺。ロートとブラオは打ち消し合い、ロートとゲルプでは焼き物が出来て、ゲルプとブラオでは泥が出来上がる……
「二属性を合わせても良い具合に魔法を相殺されないで、何なら増強できる方法でもあれば、いいん、だけ、れ、ど……」
フカフカの布団に包まりながらの思考はやっぱり纏まらず、しかし眠りに落ちるその一瞬、私は何か、ひらめいたような気がした。
「すいじょ、き……と、き……」
…………
次の日の朝になり、私は何かを忘れているような、穴がポッカリ開いたような、そんな不思議な気持ちで目を覚ました。
「……ウーン、なんだったかなぁ……。」
まあ、きっといつか思い出すだろう。それが遠い未来ではないことが直感的に分かったから、楽観視できた。
少しモヤモヤしながらも制服に着替えて部屋を出ると、ちょうどいいタイミングでツユクサさんも部屋を出てきた。
「おはようございます、ツユクサさん。」
「あらおはよう、エンレイ。今日の討伐は霧に気をつけて。」
「霧、ですか?」
「そう。今日は珍しく霧が濃いようだから。」
「それは確かに珍しいですね。」
この街は一年中過ごしやすい温暖な環境だから、普段は霧が出るような天候変化もないのだ。だからこそ、今日は珍しい。
「ん? 霧……?」
と、そのワードが何か私の心に引っかかった。
「あ、霧……そうだ。霧だ!」
ああ、そうだ。忘れていたこと、とはこのことだったのだ。
「エンレイ?」
ツユクサさんに不審がられたが、それに気を回していられる余裕はない。私は困惑した様子のツユクサさんに詰め寄った。
「ツユクサさん! 霧ですよ!」
「急にどうしたの?」
「ロートとブラオの魔法相殺について、思いついたんです! 思い出せてよかった!」
「そう。で、どうするの?」
「はい、敢えてロートとブラオの魔法をぶつけて、水蒸気を作り出すんです! それで、ブラオ属性の魔法で作り出せる最小の水玉を超えた、極小のブラオ属性魔法をガイストにぶつけるんです!」
「へぇ……」
「そうすれば、ガイストが人間の攻撃に気付かぬうちに倒せるかも!」
「そうねぇ、確かにその使い方なら、ロートとブラオが相殺されることは減るでしょう。でも、それをロートとブラオ属性持ちが理解して協力してくれるかは分からないわね。」
「え……」
「だってそうでしょう? 誰もが自分の持つ魔法にプライドがあるの。それなのに魔法効率のためにあなたの扱う魔法を捻じ曲げるけど良い? と聞いているようなものだからよ。きっと隊員たちのプライドはズタズタにされてしまうわね。」
「そ、うなんですか……」
「生まれてからカナカ軍に入るまでずっと扱ってきた、何なら鍛錬してきた一生の相棒みたいな存在を否定された気にすらなるかもね。属性魔法っていうのは、そういうものよ。……後はそうね、今までの常識を重んじる風潮も追い風になってしまうかしら。」
一生の相棒を否定されたら反発もしたくなる、か。私で当てはめるなら、この短剣で戦うスタイルに駄目出しされるような感じだろうか。確かに反発しちゃうかも。
そして常識を重んじる風潮ウンヌンは、きっとツユクサさんの体験談だろう。ヴァイス属性が出てきた時に備えて集団戦を提案したけど不意にされた、というあの。
なるほど、確かにこの案は良い反応はもらえないだろうな、とすぐ理解できてしまった。
「そう、ですか。良い案だとは思いましたが、隊員さんたちの賛同あってこそのことですからね、諦めます。」
「今はその方がいいかもしれないわ。でもいずれ、その案が採用される時は現れるでしょうから、それまでは辛抱強く待つのです。私のように。」
集団戦を視野に入れた作戦をようやく受け入れられたツユクサさんだからこその言葉は、とても重いもののように感じるのだった。
…………
さて、気持ちを切り替えて今日の仕事を全うしていこう。間引きをするために街の門を通り過ぎ、霞がかった草原を駆け抜ける。
間引きとは言っても、それは街に近寄らせないためのもの。だからそれ以外の、広い世界に蔓延るガイストの討伐にまでは手が回っていないのが現状だ。
そのため、今は豊富なランクSが毎日一人ずつ街から離れたところに討伐しに行っている。歴史を振り返ってみればランクSがいなかった時代もあったらしいから、今毎日のように少々遠くにいるガイストを討伐できているだけでも十分ガイスト殲滅に近づいていると言えよう。
それで話は戻るが、その役目を今日任されたのが私、ということで。今まで個人的にガイスト討伐していた時にすら立ち入ったことがない、草原の奥にある鬱蒼とした森。そこに私は初めて踏み入った。
孤児院時代、あれほど疎まれていた私ですら、草原を越えてはいけないと言われていた。きっとガイストに殺されて日銭が入ってこなくなるのを恐れていたんだとは思うが、それでも身を案じてくれていたと自惚れてもいいだろうか。
そんな誰に許しをもらうでもないことをツラツラと脳内で並べ立てながら、どんどん森の奥へと進む。
「視界が木々で遮られて、それに今日に限っては霧も出ていて……確かに影からガイストに飛び出されでもしたら対応しきれないかもな。」
悪い視界の中いつガイストに襲われるかとドキドキしながら歩いていると、獣道の脇に生えている草がガサッと音を立てた。
「っ……!」
すると案の上、ガイストが現れた。ロート、の……あれ?
「何か……違う?」
いつものロート属性のガイストは、簡単に言えば動く火の玉という見た目をしている。だけど、このロートのガイスト(仮)は……
火の玉が頭となり、その下に体がついているような。そしてソレの周りに火の玉がフヨフヨと浮かんでいる。今まで見てきたガイストとは姿が全く違う。
「っ……!?」
こんなの、見たことがない。
普通の隊員ですら立ち入れない森の中だからこそ、こんな進化系(仮)のガイストが現れるのだろうか? 今まで相手にしてきたガイストと戦闘能力はどれほど違ってくる? ランクSにしかこの森の立ち入りを許されていないということは、この進化系(仮)ガイストはランクS相当?
色んな疑問が頭を埋め尽くす。そして最終的に行き着く疑問は一つ。
私に、短剣でしかロートのガイストを倒せない私に、この進化系(仮)ガイストを討伐できるのか?
ということだった。




