1-43 相反する
「つ、疲れた……」
「そう、ですね……」
初訓練も終わった。のは良いが、ハッキリ言っていつもと違うことをし続けたからこその疲れがドッと押し寄せてきて、サンキライさんと共にその場に座り込んでしまった。
というのも、大群が実際襲ってきたあの時のような所謂一種のハイ状態にならず、淡々と怪我人を治しては治していくだなんて今までしてこなかったから。慣れないことをするっていうのはこういうことか、と初訓練の洗礼を受けた気分にすらなった。
そしてサンキライさんも隣でグッタリしていたのは、多分私と同じ理由だろう。普段はノコギリ荘に運び込まれてきた人の治療を主な仕事としていたのに、実際の戦場でマナが切れた人を回復させて、怪我の手当てもして、となると、きっと普段の何倍もの忙しさだったと思う。だって永遠に終わらないんだもの。
目が回るほどの、という言葉はこういう時に使うのか、と思考を逸らしたくなるくらい忙しかったことは記しておきたい。
「エンレイ、お疲れ。」
ちょっと休憩、と座り込んでいる私達に話しかけてきたのはランだった。隣にいたサンキライは突然現れたランクSに対してハワハワと羨望の目を向けて黙り込んでいる。話に入るつもりはない、と言わんばかりに。
「ランこそ、お疲れ様です。一人であの時を再現できるなんて、さすがですね。思わず背筋が凍りました。」
「まあな。それくらい出来てこそのランクSだからな。」
「やっぱり次元が違うなぁ……私ももっと頑張らないと。」
「そうだな。だがまあ、エンレイの治癒魔法があると思えば、多少なりとも隊員の心持は軽くなるだろう。」
「といっても私の治癒魔法でも重症は治しきれませんし、あまり期待されすぎても、ちょっと……」
そう、私の治癒魔法はそんなに万能ではない。だからこそソレをアテにされるのはちょっと違う気がしたのだ。
「それでも、だ。エンレイの治癒魔法はお守りみたいなんだ。だから、もっと胸を張れ。」
「う、うぅん……」
アテにされすぎるのは良くないが、それでも人の役に立てるというのは嬉しいんだ。だからそんな複雑な気持ちになってしまうのも仕方ないだろう。
「エンレイ、ほら、隣の……」
「ノコギリ荘のサンキライです!」
「そう、サンキライもそうだと首を縦に振っているだろう。だからもっと自信を持て。」
「そうですよぅ、エンレイさん!」
ランとサンキライさんにそう言われてしまえば、そうなのだと思い込むしかなくなる。まだちょっと複雑な思いはあれど、己の魔法に自信を持てるようになれたらいいな、とも思った。
「さ、休憩もそこそこにして、撤収するぞ。」
そんなランの言葉を合図に、私とサンキライさんはなんとか重い腰を上げる。疲れたからこそ、ちゃんと家に帰って休みたいし。
本当ならガイストを己が手で屠れない立ち位置への鬱憤を単独のガイスト狩りで晴らしたい気持ちもあるけれど、もう既に空は赤く染まっていて。昼間しか活動しないガイストを狩ることもできないから、やっぱり帰るしかなかった。ちょっと残念である。
まあ、そんなこともあり、オランジェ属性の皆さんの持ち場に設置していた簡易ベットやテントを片付ける手伝いをして、それも終われば後は帰るだけとなる。
疲れたは疲れたけれども、これを繰り返していけばこの体も集団戦に慣れて、そしてまたいつ大群が押し寄せても街の人を危険に晒さず済むだろう。それだけが救いか。
…………
日もとっぷり暮れ、さて本格的に家へ帰ろうと──と言ってもここは白花家の敷地内ではあるが──思ったところで、隣にいるランに聞きたいことがあって話しかけた。
「そうだ、ラン。今日の訓練中に思いついたことなんですけど、」
「何だ?」
「とにかく攻撃に徹するロートブラオ、リラ属性って……特にロートとブラオは相反する魔法じゃないですか。」
「ああ。」
「だから今日の訓練でも、同じ場所に放つとロートとブラオの魔法は相殺されていましたよね?」
「ああ、そうだな。」
「それってすごくもったいないな、と思いまして。」
そう、今日の訓練で何度も隊員の放ったロートとブラオの魔法が相殺されていた場面を後ろから見ていた。せっかくガイストを一体でも多く滅するために魔法を放っているのに、それが無かったことにされるのはもったいない。そう思ったのだ。
「そもそも何故ロート、ブラオ、リラ属性持ちが攻撃要員なんでしょう?」
「攻撃部隊は多い方が良い。そして防御などに向かないという意味で、その三属性が攻撃部隊に割り振られている。」
「へぇ……」
「だが、エンレイの言うように、ロートとブラオが相殺されていることは、ランクの高い者は特に気がついている。改善しなければならない、とも。」
「ですよね。私ですら気がついたんですから、他の方が気づかないわけないですよね。」
「まあな。だが、どう改善するのが最適か、まだ手探り状態なんだ。何せこの千年間、人間は集団で戦うことをしてこなかったから。」
「そう、ですよね……まさかガイストが徒党を組んで襲ってくるなんて、考えもしなかったんですから。」
むしろ今の状態の方が『異常』なのだ。分からないことだらけなのも仕方あるまい。
「このままロートとブラオ属性の隊員が、お互い相殺されないような場所へ的確に完璧にコントロールされた魔法を打ち込めるように訓練を続けていくか、それとも……」
しかしそれ以外で良い方法が思いつかない。何かないか、何かないか……
「……あ、」
「あ?」
「そうだ、そうだそうだ!」
「な、何があったエンレイ。」
一ついい案を思いついた。まあ、実現可能かまでは分からないが。そこはランにも意見を聞いて判断すればいいだろう。
「ラン、リラ属性持ちを間に挟めば良いんですよ!」
「……というと?」
「ロートとブラオの混色がリラなんですから、相反するロートとブラオを良い感じに中和してくれるんじゃありませんか!?」
「……まあ、理論上は間違っていはいないが、それは難しいと思うぞ。」
「どうしてですか?」
「まず前提として、リラ属性の魔法はロートとブラオと全く性質が違う。魔法としてではなく、現実的な物質として考えてみれば分かりやすいが、毒を火と水に掛けたからと言ってその三種が混ざる、なんてことはないだろう?」
ランは私に分かりやすいように噛み砕いて説明してくれる。私はといえば何とかそれを理解しようと頭を働かせていく。
「ま、まあ、確かに……。で、でも物質と魔法は少しづつ違っているじゃないですか。」
「そうだな。だが良く考えて欲しい。リラ属性持ちが、今まで一度でもロートやブラオ属性の魔法を扱っているのを見たことはあるか?」
「あ、無い、です、ね……」
「だろう? それはリラ属性持ちの中にあるロートとブラオが相反する魔法だから、逆にロートもブラオも扱えないんだ。」
「へぇ……」
「火と水は打ち消しあう。火と土では焼き物が出来る。土と水は泥となって流れ出る。三色混ざったシュヴァルツ属性なんかはそれらが顕著だ。」
「た、確かにそれは扱いづらいかもしれないですね。」
「だろう? だから普通、属性に対して扱える魔法は一つだけ。そう決まっている。」
「ほわぁ……そう考えると、私ってトコトン異質ですね。」
だって私は白の浄化魔法以外にも──そもそもその浄化魔法が今の私は扱えないのだが、まあ、それは置いておいて──何種類も魔法を扱える。ガイスト討伐には向かないものばかりではあっても、だ。
「まあ、エンレイのソレは前例のない属性なんだ。それくらい特殊でも何らおかしくはないだろう。」
「そう、ですね。」
前例のないヴァイス属性。ソレがいるからこそガイストを殲滅する機だと皆が沸き立ち、そしてガイストも前例のない動きを見せる。その意味とは、一体何なのか。
この時の私に分かることなんて一つも無かったのだけれども。それでも考えずにはいられなかったのだった。




