1-41 エンレイにとっての役目/ランside
「……お、前さん、は……何故、そこまで……人に、尽くせる……?」
湧き出た疑問で押し潰された喉でかろうじて出た言葉は、最大の疑問だった。
「何故、ですか? そんなの、私が次期総指揮官という役目を賜ったからです!」
「……何故、そこでソレが出てくる?」
幾分か呼吸が楽になり、言葉も流暢に戻った。しかし疑問が晴れることはなく。また湧く疑問をぶつける。
「だって、今まで無かった『役目』をいただけたんです。役目こそが私の生き甲斐だから。」
「役目が……生き甲斐?」
「はい!」
そこから話されたのは、エンレイの過去だった。
七色のいずれかの属性を持って生まれるはずのこの世界でただ一人、何もない白を持って生まれてきた──今になればそれが失われしヴァイス属性だったと分かるが、当時は己には何もないと相当思い悩んだらしい──からこそ、己が己であるために『役目』が欲しかった、と。
「だからその次期総指揮官としての『役目』があるうちは、『生きていて良い』ってことなんです!」
キラキラした顔で、エンレイはそう言い切った。
……そう、か。エンレイは役目を与えられて初めて『生への許し』を得られたと思っているのか。だからこそソレを全うするためなら、生きていて良いと許されているなら、自己犠牲すらも厭わない、と。
なんて哀しい子なのだろう。思わず同情心が沸き、しかしすぐイヤイヤと脳内で頭を横に振る。
エンレイは同情して欲しくて俺に話してくれたわけでもなく、ただ単に与えられた役目について話しているに過ぎないのだ。聞き手が勝手に解釈して勝手に同情するなんて、エンレイは望んでいない。だから……
「そうか。ならば俺はエンレイがそれを全うできるよう、助力しよう。」
「え?」
「元より俺らは次期総指揮官殿の下で手となり足となる為の歯車。ならば俺もソレに随行するまで。」
「夜香、さん……!」
俺の返答は正しかったようで。エンレイは俺の言葉にキラキラと目を輝かせていた。
「呼び方も。俺に敬称は要らないし、名前で良い。……いや、ソレが良い。」
家族と総指揮官殿、後はランクSの面々にしか許していなかったその呼び方を、エンレイにも請う。
するとエンレイは嬉しそうに、そして恥ずかしそうに、俺の名を呼んだ。
「えと、ランさn……ラン。」
「ああ、それで良い。」
「……へへ、ちょっと気恥ずかしいですね。」
「そうか?」
「そうですよ! なんかちょっと仲良くなれた気がして照れるというか、嬉しいというか、ええと、その……」
そう言ってモジモジと手遊びするエンレイ。そのサマがまるで妹のようで。……いや、俺自身は一人っ子ではあるのだが、妹がいたらきっとこんな感じなのだろうと思わせる言動なのだ。エンレイは。
「へっ!? ら、ラン……?」
そんな想いが無意識の行動に出たらしい。エンレイの困惑した声でハッと気がついたが、どうやら俺はエンレイの頭に手を乗せていたらしい。
気がついてまず真っ先に感じたことと言えば、高さといい丸みといい、なんとも置きやすい頭だ、ということだった。
「すまない。どうもエンレイの頭に手を置きたくなる。」
「そ、それって……チビってことですかね?」
「……チビ、ではないと……思う。頭に手を置くのにちょうどいい身長差というだけだ。」
頭一個分以上の差はあるが。まあ、ほら、男女の差もあるだろうし、そこまで過敏にならなくても良いと思う。
「むむむ……」
「あ、エンレイ。悩んでいるところ悪いが、ガイストがこちらに向かっている。迎え撃つぞ。」
「ハッ、そうですね。」
ずっとホンワカとお喋りに興じていたが、ここは街の門外。つまりガイストが出る危険地帯だ。
街に近い場所は門からの視界を確保するため、定期的にロート属性魔法で草木を焼き払うのだ。そのおかげで草原が広がっているが、それでもいつガイストが現れるか、という意味では危険である。
「あ! あれはリラ属性のガイストです! ラン、見ていてください! 私が魔法でガイストを倒すところを!」
毒々しい水玉姿のガイストが二体、エンレイに向かってきた。それを見てエンレイは興奮したように言い放ち、そしてマナを巡らせた。
リラ属性のガイストなら習得済みの魔法で倒せると聞いていたが、どうやらそれは本当のことらしい。魔法が命中したリラ属性のガイストはシュゥゥウと消え去った。
「ほう、なかなか殺傷能力の高い魔法だな。」
「と言っても、ただあのガイストが持つ毒を無効化しているだけなんですけどね。」
「なるほど……あ、その理論で言えばあのリラ属性のガイストは毒で出来ている、ということになるだろうか。」
「確かに……魔石以外で毒ではない物質があれば、毒無効化魔法を使っても残る、と。」
「ああ。」
「なんか、ガイストの研究に役立ちそうな発見ですね。」
「そうだな。一応皆に周知させておくか。」
「そうしましょう! もしかしたら今以上に効率的な殺戮方法が見つかるかもしれませんし!」
エンレイは随分と楽しそうに話す。そんなにガイストに対して恨み辛みでもあるのか、とも思ったが、次期総指揮官としての役目を全うすることを第一に考えているからなのだろうとすぐ気がついた。
「じゃあそろそろ帰りがてら言付けを頼もうか。」
「はいっ!」
…………
今回の推測について意見を聞きたいとランクSと統率者に手紙を出す。きっとすぐ返事が戻ってくるだろう。
エンレイを白花家に送り届け、その後一人我が夜香家の屋敷の辺りまで帰ってきたところで。逆光でもハッキリ分かる見知った姿が俺を待ち構えているように立っていた。
「サクラ……」
「あら、ランじゃない。」
ように、とは言ったが確実に俺に用事でもあったのだろう。何せ夜香家と寒陽家は白花家を挟んで真反対にある。わざわざ出向かない限り寒陽家の者が夜香家まで来ることはない。
「何か用か?」
「明日の訓練、ランクSはランが出るらしいわね。」
「……それだけを伝えるために、ここに?」
言外に『要件は何だ』と含ませる。するとサクラはハァと一つため息を吐いた。
「……エンレイ、今日はどうだったのかしら?」
「どう、とは?」
「いえ、ね。あの子、こうと決めたら全力で行くでしょう? だから無理してなかったかと思って。」
「あー……切り傷を作っていたが、治すマナが勿体無いと言ってそのままにしていた。」
これくらいなら言って良いだろう。エンレイからしたら告げ口のようなものになっているかもしれないが、知ったこっちゃない。
「ハァ……あの子はまた……」
「エンレイの『役目』に対する執着は『生きるための許し』だと言っていた。それほどの強い想い、俺は止められない。だからこそ俺は俺の役目、エンレイのストッパーになってやりたいと思う。」
「ラン……あなたそんなに長く喋れるのね。」
俺にしては珍しく、重要なことを色々と言葉にした感想がソレか。少し肩透かしを食らったような気分になってしまうではないか。
「ああ、いえ、そんなことはどうでもいいわね。その『役目が生への許し』という話は、エンレイが?」
「ああ。」
「そう……だからあの子は、あれほど一生懸命なのね。」
「……このことを知っているのは他にいるのだろうか?」
エンレイの突っ走りを止めるストッパー的存在は一人でも多い方がいいと思っての疑問だった。
「ウーン、多分私たちくらいじゃないかしら。……あ、でも黒鳩様は何となくエンレイの自己犠牲の性質を察していらっしゃるとは思うわね。それとラナンキュラスはエンレイの他者優先的思考を知っているはずよ。」
──後の方々は多分、エンレイのその考え方については知らないと思うわ。
さすがエンレイの親友ポジションに収まっているサクラ。大体の関係性を把握しているらしく、スラスラと言葉が出てくる。
「まあ、ストッパーが何人に増えようとも、親友のポジションは誰にも譲らないわ。」
サクラの自信満々な物言いに、エンレイも随分と愛されているものだな。そう感じた一日だったように思う。




