1-40 使える魔法、使えない魔法
ちょっとあの二人組に言い過ぎたかもしれない。怒りも収まって冷静になった頭でそう後悔しても時既に遅し。もうここには私しかいなかった。
「……、」
何か違う言い方があったんじゃないか。何かもう少し彼らを慮れたんじゃないか。何か、何か……
でもそう考える一方で、ガイスト狩りを簡単なお仕事と呼んでしまえるような方にはこれから辛い思いを、もっと言えば命の危機を、そんな負の感情に苛まれずに生きていて欲しいと思ったんだ。そんな想いは余計だった?
どうしたら良かったんだ、とその場に立ち尽くしてグルグルと考え込んでいると、トンと背中に軽い衝撃が走った。ガイストの気配はないから、きっと人だろう。
そう当たりをつけて振り向いてみると、そこには夜香さんがいた。彼が私の背中を叩いたらしい。
「……言ってることは間違ってはいない。だが、続けるか辞めるかはアイツらが決めることだ。」
「はい……言い過ぎました。」
「……まあ、きっとこれからの大群襲来対策訓練で辛いと感じた奴らは勝手に脱落していくだろう。」
「そう、ですね……」
「隊員だけではなく街の人間の命にも関わってくることだから、訓練でも手を抜くことはしない。今まで緩くやって来た奴らには少し酷だろうから、むしろ抜けてもらった方が無駄に命を散らすことなく済む。」
言っていることは普通なことだろうが、それよりも寡黙な夜香さんの饒舌なサマに驚いてしまった。いや、話はちゃんと聞いているからね。誰に言い訳しているわけでもないんだけど。
「そうなると、どれくらいの人数が残るんでしょうね……」
私こそが『無駄に命を散らすくらいなら辞めたら』だなんて言い出したくせに、人が残るかどうかも気になってしまう。己の身勝手で矛盾した心に、自分自身に嫌気がさす。
「さぁな。ただ、ガイストを本当の意味で滅したい奴らもたくさんいる、という事実からして、辞めていく奴らよりは残る奴の方が多そうな気がするが。」
「そうだと……いいですね。」
私はまだカナカ軍に入って間もないから隊員さんたちとの関わりも薄く、こういった話にもついていけない。
まあ、これは言い訳でしかないから、これから次期総指揮官としても、イチ隊員としても、友好関係を結べるように頑張るしかない。
「さて、世間話はこれくらいにして。俺はまた討伐に向かうが……エンレイ、お前さんも来るか?」
「え?」
「何、特別な理由はない。ただ一応目の前でランクSの実力を見ていた方がいいと思っただけだ。」
「っ! 行きます! 連れて行ってください!」
私の内心を悟ったような夜香さんの話題変えに思わず舌を巻いた。そしてソレすらも見通したかのように一瞬微笑み、また口を開いた。
「エンレイの実力も見せてもらおうか。」
「っ! 頑張ります!」
…………
──ランside
エンレイに見せる手前、下手なことはできないといつも以上に気張ってドォン、ドゴドゴドォン、とブラオ属性魔法を放ってはガイストを葬り去る。
少し離れたところにいるガイストを含めて十体は殺れただろうか。
「ほら、次はエンレイがいつも通りに倒してみろ。」
「はいっ!」
今度はエンレイの番。そう促せば、エンレイは近くにいたロート属性のガイスト二体に向かっていった。気付かれないように気配を消してソッと近づき、背後を取るように一体、短剣で刺し殺す。
そうすればもう一体がエンレイに気付くので、ガイストが放ったロート属性魔法を右によけてかわし、その隙を突いて短剣でグサッと刺し殺す。
魔法だけを使って倒すのが常識だと思っていた俺は、難なく物理的に刺し殺していったエンレイを見て、言葉を失ってしまっていた。
「夜香さん……?」
「……」
エンレイがそんな俺に気遣わしげに声をかけてきたが、ソレに構っていられない衝撃をどうも受け入れることが出来ず、一先ず大きく息を吸った。ああ、混乱していて、己が何をしているかすら分からないな。
「あれ……? 私、そんな驚かれるようなことしましたっけ?」
ああ、そうか。これは驚いているのか。エンレイに言われてようやく己の感情が何者か理解でき、そして頭も働き始めた。
「エンレイ……何故魔法を使わない?」
そうだ、俺はそう問いたかったのだ。
「ええっ!? と、その……」
しかしエンレイは俺の問いに過敏に反応し、目を泳がせてどう答えようか熟考しているようだった。
「……今までこのスタイルでやって来たので、つい魔法より手が先に出てしまうんです。」
目を泳がせたまま、エンレイはそう答えた。ソレが本当の答えではないことは、その目を見れば一目瞭然で。
「本音は?」
何か隠したいことがあるのかもしれないから一度だけ、ダメ元でそう聞いてみた。
「ガイスト討伐に使えそうな魔法ばかり、まだ扱えません、ハイ。」
エンレイは申し訳なさそうに早口でそう言い切った。それには嘘が含まれていないようだったが、フム、不可解だ。
「……あれだけ魔法を使えるように、と総指揮官殿が画策していたのに?」
そう、それだ。あの総指揮官殿なら、完璧まで行かずとも、ある程度扱えるようになるまで特訓させるだろうに。
そんなただ単純な疑問を声に出しただけではあったが、しかしエンレイはそう捉えなかったらしい。体を縮こませて小声で首を縦に振った。
「ごもっともです、ハイ。」
「……だが、何事も完璧を目指す総指揮官殿らしくもないな。出来るまで特訓させるのが、あのお方のやり方なのに。」
「そう、なんですか?」
「ああ。」
何かが引っ掛かる。だがそれが何なのか。そこまでは分からなかった。
「……まあ、ソレは後で考えるとして。エンレイ。」
「はっ、はいっ!」
話を変えようとまたエンレイに声をかけると、また何か言われるのでは、と緊張気味に返事をするエンレイ。
ピシッと背筋まで伸びてカチコチに固まったサマを見て、俺は怖がらせるつもりは無かったのだが、と内心苦笑しながら言葉を続ける。
「いや、どんな方法でもガイストを倒せるなら良いだろう。心配しなくてもいい。ただ……」
「た、ただ……?」
「その頬の切り傷は治した方が良いんじゃないかと思って、な。お前さんの青……つまり治癒魔法を使えばそんな傷、すぐに治るだろう?」
青の治癒魔法が使えるのは、この間の大群の時に確認済みだ。だからソレを使えば痛い思いをすることがないだろう、という……いや、これもお節介になるだろうか。言葉を発した後に少し後悔したが、しかし隊員とはいえ女性の顔に傷が付くのは嫌だろうから……と脳内で言い訳をして、沈黙をやりすごす。
「……あー、これはわざと治していないだけです。」
「何故?」
「だって、こんなものに使うマナが勿体無いじゃないですか。」
「は、」
「こんな些細な傷を治すくらいだったらガイストを一体でも多く倒して、あわよくばリラ属性のガイストが出てきた時に備えておきたいですし!」
──あとはこんな切り傷の比ではない怪我をしている方を見つけたら治癒させるために、マナは温存しているんです!
そう言い切ったエンレイ。そんなドヤ顔で言われても反応に困ってしまう。だってそうだろう。軽傷とはいえ治癒するまでずっとチリチリと痛み続けるはずだ。
痛みで動きが鈍くなったらどうする?
そのせいでもっと大きな怪我を負ったらどうする?
それでも治癒魔法は使わないのか?
「っ……、」
言いたいことはドンドン湧き出るが、何故か喉が張り付いて音にはならなかった。




