1-37 ブドウ
「こ、これは……」
さっそく調べてみた結果を言おう。どうやら華橋さんの毒は所謂『トリカブト』という花が持つ毒と同じ成分だったらしい。これには華橋さんも驚いたようで、目を見開いていた。
「……この毒って、人によって生成できるものが変わってくるのかな?」
「それも調べてみましょう!」
華橋さんの疑問は私も気になった。それならトコトン調べつくしてしまってもいいだろう。
「ねえねえ、それならさ、俺がトリカブトを生やしたら、その毒でガイストは倒せるのかな?」
「いや、そうしたとしても、それはただ単にあなたのグリュン魔法で倒されているだけでは?」
「あ、それもそうか!」
ベラさんの案を華橋さんが即座に切り捨てていた。確かにベラさんが生み出した植物は、それだけでも普通の植物とはちょっと違うだろうからね。ほら、マナで生成されたか、自然的に成長したか、のね。
ふむ……。
「それなら自然的な花から抽出した毒をガイストに振りかけてみるのはどうですか?」
そもそもガイストを倒すために『魔法』を使うのがセオリーだ。でも私は今まで魔法を使わず、物理的に短剣で刺して倒してきた。
だから魔法を、もっと言えばマナを使わずとも倒すことは可能だと知っている。それが短剣ではなく普通の毒でも効くのか、確かめるのは良い案だと思ったのだ。
「あー、それなら比較対象にするにはいいかもね。ただの毒で倒せるのか、やっぱり倒すには『マナがこもったモノ』が必要なのか。」
「もしこれで普通の毒でも倒せるなら、僕達リラ属性はガイスト狩りに行かないで自然毒の抽出作業するのに忙しくなるだろうね。」
「だねぇ。何ならグリュン属性もそっちに加わりそう。」
「それはちょっと遠慮したい。」
「まあまあ、そんなこと言わずに。」
華橋さんとベラさんのやり取りとは思えないほど随分ホンワカとしている。珍しいこともあるもんだ、と感心してしまうのも仕方ないだろう。
「じゃあ、もっと調べるか。」
…………
華橋さん以外のリラ属性の研究員さんも巻き込んで、今の段階で色々と考えられることは調べ尽くした。
するとどうだ、同じリラ属性持ちだとしても人によって生み出せる毒に違いが出るらしいこと、そしてやっぱり華橋さんの毒こそが種類も濃度も何もかも群を抜いて強いということも分かった。
どうやらリラ属性持ちからも怖がられる、というのはこれが所以らしい。
「それにしてもこの研究所の名前も確か『トリカブト』という意味だったはず。まさに華橋さんがトップに立つためにある組織にすら思えますね。」
「た、確かに……偶然とは思えないくらい……」
何か因縁めいたものを感じずにはいられなかった。が、きっと偶然なのだろう。深く考えるのはやめよう。頭を使いすぎたからちょっと疲れてきたし。
「偶然だよ、偶然。」
ほらベラさんだってそう言ってるし。
「ねえ、それより普段しないようなことをして頭を使ったからさ、お腹減っちゃった。何か食べない?」
そうベラさんに提案され、そんなちょうどいいタイミングで私のお腹が盛大に音を立てた。
グウウウウゥゥゥ……
「ブハッ! 用意されていたかのようなタイミング! さすがエンレイだよ!」
爆笑するベラさんに、笑いをこらえる華橋さん。そんな笑われるなんて思ってもみなくて、プッと頬を膨らませて抗議してみる。恥ずかしさから顔もカッカと熱くなっている自覚もあった。
「華橋さん! 笑うなら盛大に笑っていいんですよ!」
「あ、いいんだ。ブハッ!!」
笑いを堪えられるより笑い飛ばされた方が私の心情的にマシだろうと思ってそう言ったが、まさかベラさんよりも盛大に爆笑されるとは。言い出しっぺのくせに思わず鼻に皺を寄せてしまった。
「ああ、ほら、機嫌直して! ええと、ブドウ食べる?」
さすがに笑いすぎたと感じたのか、ベラさんは私を宥めようとグリュン属性魔法を使って何もない地面から蔓を生やした。
一瞬でそれはニョキニョキと伸び、数秒の間に紫色の実がつく。その実をベラさんがもぎ取って私に渡してきた。
「この種類、前に食べた時に一番美味しいと思ったやつなんだ。エンレイも食べてみてよ。」
「あ、りがとうござ、います……」
ずっと怒っているのも疲れるというもので。何とか己を宥めてベラさんから受け取った実を一つ房からもぎ取る。その一粒をジッと見つめて、ふと過去のことに思いを馳せてしまった。
ブドウは私にとって馴染み深い果物だ。孤児院時代にガイスト討伐へ向かった際、空腹を紛らわせるためにそこら辺に生えていたブドウを食べて凌いでいた、という意味で。
だがアレには毒がないと知っていても、酸っぱくて渋くてあまり食べたくはなかった。それでもえり好み出来る空腹の余裕も無かったから、何とか無理やり飲み込んで空腹を紛らわせて餓死しないようにしていたんだっけ。
そんな思い出を反芻している間にも、ベラさんはモグモグとブドウを食べていく。何なら華橋さんですらベラさんに了承を取るでもなく勝手にもぎ取って食べていた。
「……」
思い出深いとは言ったが、好きで食べていたわけではない。その経験則から、このブドウを食べるのを躊躇してしまっていた。
と、まあ、グダグダ御託を並べ立ててみたが……つまり、そう、私はブドウが嫌いなのだ。
「エンレイ、食べないの?」
でも、せっかくベラさんの好意で生やしてくれたブドウなんだ。食べないわけにもいかないだろう。
「……、」
すごく酸っぱくて、渋くて、そして……
あの味を思い出してブドウに手が伸びなかったが、このままウダウダしていても良いことはない。だから……
ええい! と勢いで一粒を口に入れてプツリと噛み締めると、しかし思っていた酸っぱさや渋さなんて一ミリも感じなかった。それよりもまず感じたのは、
「甘い……!」
私が食べていたブドウには無かった『甘さ』だった。まさかこんなに美味しいブドウがこの世に存在していたとは。これは確かに人に勧めたくなる美味しさだ。意図せず目がキラキラと輝いてしまう。
「ね、美味しいでしょ?」
「はいっ!」
「まあまあだね。」
華橋さん、この美味しさで『まあまあ』だなんて、相当グルメだな。まあ、今日の昼食のオムライスも相当美味しかったし、そうと言われても何ら違和感はないが。
それにしてもまさかブドウがこんなに美味しいものだとは思わなかった。これは何粒でも食べられる!
美味しい美味しいとヒョイパクヒョイパク手が止まらず、一房なんて一瞬で食べ切ってしまった。
「ほら、もっと食べていいんだよ?」
「良いんですか!? いただきます!」
ベラさんのおかげで、今までのブドウに対するイメージがジワジワと良い方に塗り替えられていくのだった。
…………
「ウップ……」
あの後さらに七房も食べた。そうしたらどうなるかなんて明白で。あまりの満腹で、女子にあるまじき声が漏れてしまった。
「エンレイ、そんなにブドウ好きだったんだ。」
「へえ、良いこと知った。」
そんな私を面白がってマジマジと見てくる二人。そんな見つめられても何も面白いものはないのに。
「さ、二人とも。もうすぐ日も暮れるし、今日はそろそろお開きにして帰ろっか。」
「そうだね。根つめすぎてもいいことはないし。また休みが被ったらここに集合ね。……仕方ないから兄さんもいていいよ。」
「ライラっ……!」
ここまで共同作業をしておいて尚『仕方ないけれども』というスタンスを崩さない華橋さんに、しかしそれでも嫌悪されていた彼に『ここに来て良い』だなんて言われたら、そりゃあベラさんも感極まってしまうのも当たり前のことで。
多分無意識的にだろうがベラさんは華橋さんに抱きついていた。
「うっわ、ちょっとやめてよ! そこまで許した覚えはないよ!?」
「ウンウン、そうだねぇ!」
「うっわこれは聞いてないな。くそっ、これなら来るなと言った方が良かったな……」
そんなにベラさんにヨシヨシと頭を撫でられるのが嫌だったのか、今まで出たことのない華橋さんの口の悪さが表に出てしまっていた。
取り繕ったモノの内側を垣間見たような気がして、少し嬉しく思ったのは内緒である。




