1-35 原因
「原因なら分かっているわ。」
そう零したツユクサさんの一言に、そこにいた全員が騒つく。
それもそうだ。今までの歴史から見ても異常なことを初めて体験している最中だって言うのに、すぐすぐ原因が分かるはずがないんだもの。
「原因はあなたよ、エンレイ。」
「っ、」
「ちょっとツユクサ様! その言い方はさすがに良くありませんことよ!?」
名指しされて原因だと言われ動揺していると、それまで静観していたサクラさんが席を立ち机を叩きながら声を荒げた。
「そうです、ツユクサさん。さすがに酷い言い方だ。」
あの温厚なベラさんですらいつもの柔らかな笑みを消し、ツユクサさんに強い言葉を投げかけた。
「ああ、ごめんなさいね、誤解を与える言い方になってしまったわね。ちゃんと詳しく説明するわ。」
「そうしてちょうだい。」
リリアさんも固い表情でそう促した。
「ええ、勿論。……この推測は我が白花家に代々伝わる書物を読んで、理解して、そうして出した結論よ。」
「その書物を我々が閲覧することは可能なのでしょうか?」
「ごめんなさいね、それは無理よ。」
「何故?」
「あの書物を閲覧できるのは代々白花家の当主だけ。そういう決まりなのよ。破ったら今以上の厄災が起きる、と前置きがあるくらいで、ね。
ただの戯言かもしれないけれども、もしガイストの大群が襲ってきたという異常事態以上の厄災なんてものが本当に起こったとしたら、私は白花家当主として、そして総指揮官として、可能性が一パーセントでもあるなら回避するべきと考えたの。」
「そ、そう、ですか……」
そんな危険な書物の存在よりも、あの大群よりも大きな厄災なんてものを想像して皆顔色がサッと悪くなった。多分私もそうなのだろう。ちょっと血の気が引いて胃がムカムカとするような気持ち悪さまで出てきてしまったもの。
「そういう理由で書物の閲覧はできないとして、しかしツユクサさんはその原因について言葉にされた。ということは、どういう理由でエンレイちゃんが今回の原因になったのかを口にすることはその決まりには触れない、という解釈でよろしいのでしょうか?」
寒崎さんがそう纏め、ツユクサさんに聞き直す。するとツユクサさんはゆっくり縦に首を振った。
「ええ、まあ、そうね。閲覧のことにしか言及されていないし、大丈夫だと思うわ。」
「では、どういったことが書かれていて、どう理解されたので?」
寒崎さんの促しにツユクサさんが乗って、言葉を並べていく。
「まず、エンレイはヴァイス属性ということは皆さんご存知ですわよね?」
「この間の祝賀会でそう発表されましたからね。ソレの詳細を知らずとも、カナカ軍の中で知らない人はいないでしょう。」
「ええ、そうね。それに書かれていたの。『ガイストは白を求める』と。この白っていうのがヴァイス属性の人、と考えると、エンレイがガイストを引き寄せたとも言える。」
「でも、それだけならあまりにも暴論では? だってエンレイが生まれてからもう十七年も経っている。属性魔法は生まれ持ったものなのだから、属性が関わっているのだとしたら、エンレイが生まれてから今までの間何もなかったのは不可解です。」
ずっと沈黙していた華橋さんがそう発言するが、ツユクサさんは窘めるように笑って口を開いた。
「まあ、そういう考え方もできるわね。でもね、何故今まで何もなかったかは分かるわよ。だってエンレイが属性魔法を使い始めたのはここ一月程度。使われない魔法は感知できないと考えれば、妥当だとは思わない?」
「……ちなみに、ツユクサさんはいつその結論に至ったのです?」
「うーん、その書物を読んでから、ね。具体的に言えば、正式に当主になった頃、かしら?」
「そんな前からそう思っていたのなら、何故エンレイに魔法を教えたんですか? エンレイが一生魔法を扱えなければ、今回のコトは起きなかったのでしょう? そんな危険を犯してまで、何故……」
「そんなの、ヴァイス属性こそがガイスト殲滅において必要不可欠だからよ。私達カナカ軍の悲願は『ガイスト殲滅』でしょう? それを成し遂げるためには、大群が押し寄せることになったとしてもヴァイス属性を覚醒させる必要があったの。」
「……」
「だから貴方達にはこれから、集団で戦う術を学んでいって欲しいの。きっと、長い歴史の中で今こそがガイストを滅する最大のチャンスだから。……黙っていたのは悪かったわ。でもぬか喜びさせたくなくて、事実を隠していた。それだけは分かって頂戴。」
ツユクサさんって突拍子もないし、総指揮官に向いていないとか自分で言い出すけど、ちゃんとガイストを滅するためにいろいろ考えていたんだ。いつものツユクサさんの言動を振り返って少し不思議な気持ちになりなりながらも感心する。
ああ、いや、ツユクサさんを悪く言うつもりは毛頭ないのだけれど。
でも、ガイストを殲滅するために私が必要なのだとしたら、私はその役目を全うしたい。強くそう思った。
「それが本当のことだとして。何故今から始めることになるのでしょう。総指揮官殿はずっと前からそういった考え方をお持ちだったのなら、その時から鍛えておけば今回慌てずに済んだのです。」
夜香さんはそう疑問を投げかけると、ツユクサさんは神妙な表情を浮かべた。
「……言い訳になってしまうけれども、一度やろうとしたのよ。でも必要ないと一蹴されて、そのまま……」
「まあ、今回のコトがなければ、俺達もそう言ったかもしれませんね。不必要なことに時間を割く暇はない、と。」
「そうねぇ、確かにそんなことをしている暇があったら一匹でもガイストを退治した方が有意義だと私も思ったかもしれないわ。」
「これは年を食った隊員ほどそういった考え方に固まっていたやもしれん。」
「いやいや、若くても長くガイスト討伐に出ている者はそう思ったかも。だってねぇ、ガイストを相手する時間が長いほど、あいつらは集団で襲ってくるアタマはないって身に染みるでしょ。」
統率者の三人はそう肯定する。私はとにかく日銭を稼ぐことしか考えていなかったから、今話を聞いていても『そういうもんなんだなぁ』としか思わなかった。実に呑気である。
「失礼しました。確かにお三方の言うとおりかもしれない。」
「分かってくれたようで、良かったわ。」
「じゃあ、やっぱりミライの言うように『集団での戦い方を学ぶ』ことが最重要課題、ということでいいのでしょうか。」
「ええ、それが良いと思うわ。ただ、皆が皆そっちに行ってはいつもの『間引き』すらおざなりになってしまうから、いつも通り討伐に向かう人と訓練を行う人とで分かれましょう。間引きが疎かになったことによる集団襲撃を防ぐためにも。」
「そうね、そうしましょう。」
ツユクサさんのまとめに否を唱える人はいなかった。
これから歴史に残るくらい大きな出来事が起こる。そんな確信すら感じる話し合いだったと思う。
…………
話し合いもまとまり、解散することになった。私は今日の元々の予定を思い出してあの方に話しかける。
「華橋さん、」
「あ、エンレイ。今日の約束だよね? 元々俺は休みだったからこの後は休みになるし、今からでも良い?」
「勿論そのつもりでした。」
「あらちょっとお二人さん? 一体何を企んでいらっしゃるのかしら?」
するとサクラさんがひょこっと話に入ってきた。そんな企んでいるような顔をしていたのだろうか。
「ええ、まさに何かを企んでますーって顔をしていたわよ。」
まさかツユクサさんみたいに頭で考えていることに返事がくるとは思わず、目を見開いてしまう。
「まあ、深くは聞かないことにするわ。」
「あ、別に聞いてくれてもいいんだけど。隠すことでもないし。ね、エンレイ。」
「あ、はい。華橋さんの生み出す毒で薬が作れないか試してみる、みたいな。」
「へぇ、それは新しい考えね。それが実現したら絶対人の役に立つわ。もしワタクシの力が必要になったら言って頂戴ね。」
「わあ、サクラさんありがとう!」
「べ、別にたいしたことは言っていないわ。」
「そんなことはない!」
「そ、そう。……それよりエンレイ。」
「は、はいっ!」
「……こ、今度の休み、買い物に行くわよ。」
そっぽ向いた上小さな声だったが、そんなに周りは五月蝿くなかったから、サクラさんの声はよく聞こえた。
「っ! 勿論! 行きましょう!」
「じ、じゃあワタクシはそろそろ討伐に向かうわ。華橋様、どうぞエンレイをよろしくお願いいたします。」
「それは勿論。サクラちゃんも気をつけて行ってらっしゃい。」
「お心遣い、痛み入ります。」
また未来の楽しみが増えた、と胸躍らせて答えると、サクラさんは満足そうに一息ついてから忙しなく華橋さんに一礼して、部屋を出ていった。
「さ、エンレイ。行こうか。」
「はい!」
華橋さんの言葉をキッカケに、リラ属性持ちが所属するあの場所、通称『シュトゥルムフート研究所』に私達二人は向かうのだった。




