1-34 対策会議
ヘデラさんがツユクサさんから合格をもらった後すぐ、どこに控えていたのかキンレンカさんがヘデラさんを連れて行ってしまった。これからメイドとしての教育をするのだ、と言って。
「さ、てと。ヘデラはキンレンカに任せれば問題はないとして。あとは……」
ツユクサさんはそう呟いてこちらに目を向けた。まあ、ツユクサさんって糸目がちで『目』自体は見えないけど。
さて、一体何を聞かれるのか。真面目な顔でツユクサさんが話し始めるのを待つ、が……
「エンレイ、あなた今日の休みはどうだった? 楽しめた?」
「へ? ……あ、そ、それは、まあ。」
もっと真面目なことを聞かれると思っていた私は拍子抜けして、思わず吃ってしまった。が、今日はヘデラさんを助けた以外にも楽しかったことはあったので、それを身振り手振り交えて楽しく話していく。
今日は街中でクロユリさんと会ったこと、趣味の魔除けグッズも見せてもらったこと、『幸せ』を学んだこと。
ツユクサさんはそれらをニッコリ笑顔で聞いてくれた。それがまた嬉しくて、明日はもっと色んな話ができるといいな、だなんて願望を持ってしまった。
「明日もまた、話を聞かせてちょうだいね。」
「はい!」
話も一段落したし、これ以上現総指揮官のツユクサさんの時間を奪ってはならないかと思い、退室しようと扉に手をかけた。その時私は突然ふと考えてしまった。
ガイストの様子って、どうなってるんだろう、と。
「エンレイ? どうしたの?」
「あ、ええと、その……」
私が聞いても良いことなのか分からず、しかし既にカナカ軍の次期総指揮官として公表された身としてはその実態を把握していなければならないような気がして、遠慮気味にも問うてみた。
「この間押し寄せたガイストの大群について、なのですが……」
「うん、続けて。」
「あ、はい。そもそもガイストとは群れて行動するものなのでしょうか。」
「いいえ、そんなことは今回が初めてよ。」
「やはりそうですよね。書物でもそんな記述がなく、またカナカ軍の皆様の動き方もどこかぎこちなくて、だから、ええと……もしまたそのような大群が押し寄せてきた時のためにも、近いうちに対策を練らなければならないと思ったんです。」
いくら今回たまたま撃退できて無事だったとはいえ、次回また同じように大群に襲って来られたらどうなるか分からない。二度あることは三度ある、という言葉もあるくらいだし。
それに今までは『ガイストは群れない』とされてきた事実が捻じ曲がった理由の研究も必要になってくると思う。そこら辺の話し合いも必要になってくるだろう。
「……? ……、……! そう、だったわね。対策を練るのは必要ね。私としたことが、ウッカリウッカリ忘れていたわ。」
ツユクサさんは二度三度首を傾げ、その後まるで『思い出した!』と言わんばかりな仕草でそう言った。
「じゃあ私はこれからランクSと統率者の予定を変更するわね。日程が決まったらエンレイにも教えるから、少し待ってちょうだい。」
「はい。……それでは失礼します。」
ツユクサさんはそう言ってすぐ予定を立てるために手を動かし始めた。私はその邪魔にならないように静かに部屋の扉を閉めるのだった。
…………
その日の夜。これまた美味しい美味しい夕飯を食べ終えた頃を見計らって、ツユクサさんが話しかけてきた。
「エンレイ、皆の予定を変更して、既に通達もしたわ。だから明日の午前九時、我が家の会議室集合。あなたも勿論出席してちょうだいね。」
「はい。」
さすがツユクサさんは仕事が早い。確かに策もなくもう一度大群にでも襲われたら、今度は人命にも関わってくるかもしれないからね。
だからこそ、何故私が進言する前に今回の大群襲撃についてツユクサが対策を練ろうと思いつかなかったのか。私は不思議でならなかった。まあ、本人には言えないが。
何だろう、ちょっとそういうことはツユクサさんに聞きづらいというか。義理とは言え母娘という間柄だというのに、どうしても、安易に質問することは憚られる空気感で。
「今回のこと、エンレイが言ってくれて良かったわ。このままの調子なら、きっと良い総指揮官になれるわね。……私と違って。」
「い、いえ! ツユクサさんが悪いなんてことはあり得ません! だってそうでしょう? あなただからこそ着いていく、という隊員しか、カナカ軍にはいませんもの!」
カナカ軍の隊員がツユクサさんを尊敬しているのは、誰の顔を見ても分かる。感情に鈍い私──ヘデラさん談──ですら分かるのだ、その尊敬具合は相当なものなのだろう。
だからこそツユクサさんが己自身をそう言い詰るその姿に、私はつい反抗してしまった。
そしてまさか私がツユクサさんに反対するとは思わなかったのか、彼女は鳩が豆鉄砲を食らったような表情を浮かべる。まあ、目は相変わらず開かなかったが。
「まさかあなたにそう言われるとは思わなかったわ。だって私、ちゃんと……」
──親としてちゃんと接してあげられないから。
最後の言葉はあまりにも小さくて聞き取れなかったが、なんとなく言いたい事は分かった気がした。
「私は今の生活に不満はありませんよ。」
「……そう。」
私の率直な感想にツユクサさんは一言だけを音にして、気まずそうにさっさと食堂を出て行った。
あれ、もしかして怒った? 何かツユクサさんの気に触ること、言っちゃったかな?
今更ながら失礼なことを言っていなかったか己の言葉を反芻し、しかしソレと取られそうな発言は探し当てられなかった。
「え、ええー……どうしよう?」
しかしツユクサさんももう退室してしまったからどうすることもできないし、明日もあることだし、早く眠ってしまおうかと切り替えることにした。
した、んだけど……布団に入ってもどうしてもツユクサさんの言葉が頭を駆け巡ってしまって。
結果から言おう。一睡もできなかった。
…………
「お集まりいただき感謝します。今日こうして集まってもらったのは他でもない。ガイストの大群襲来について、対策を練らねばならないと判断したからです。
今までの常識では考えられない行動をガイストが見せたということで、今後もしかしたらまた大群に襲われる可能性を視野に入れなければならない。そのための作戦会議です。」
あれから一夜明け、ランクSと統率者、総勢十二人が一堂に会す。それぞれが纏うオーラは強者のソレで、私も背筋が伸びた。
今日の議題について話しているツユクサさんは、昨晩の弱気がまるで嘘だったかのようにシャンとしていた。そのことに内心ホッとしながらも、それよりもまず、この議題について考えなければならないと頭を切り替えていく。
何たって私が言い出しっぺだからね、一番一生懸命に考えなきゃいけないだろうから。
ええと、まずは何故今まで『群れることはない』はずのガイストが『初めて群れた』のか。原因も分からないし……
昨日私が召集するように進言したわけだけど、それでも一人では良い案なんてものは見つからなくて。そうグルグル思考を回していると、最初にリリアさんが手を挙げた。
「今はツユクサちゃんの命で部隊を編成して、ガイストの動向を探っている最中よ。そして途中経過の報告は今朝受けたわ。」
「話して頂戴」
「ええ、それは勿論。で、今分かったことと言えば『何も変わっていない』ということだけね。
あんな異常なことが起きたのだから、その後のガイストの動きが変化すると思ったのだけれど……何も変わらず人を見つければ単体で襲ってくるし、四体以上で群れることは一度もなかったわ。」
「つまり、進展はなし、っていうことね。」
「ごめんなさいね、ツユクサちゃん。」
「いいの、最初から全てを理解していたら、今こうして私たちはガイスト討伐に悪戦苦闘もしていないわ。気にしないで、これからも続けていって頂戴。」
「御意。」
ツユクサさんのフォローにリリアさんが頭を下げた。
「だが、原因も何も分からないなら、対策の立てようもないよな。」
今度は寒崎さんがそう発言する。確かにそうだ。
「まあ、原因は追々探るとしても、こちらとしてはまず集団での戦闘訓練を組み込むのが良いと思う!」
脳筋()のミライさんがそう発言すると、皆さん確かにそうだ、と頷く。きっとその方向性でこれから訓練を始めるのだろうことはすぐ理解できた。
しかしただ一人だけ、ツユクサさんだけは真剣な顔でポツリと言葉を零した。
「原因なら分かっているわ。」
と。




