1-33 幸せ
重要な事柄を敢えて隠していた私を、へデラさんは疑うだろう。もっと言えば嫌悪するだろう。
「はわ、はわはわ、はわわぁ……」
ほら、私を訝しんで言葉を失っていr……
「やっぱり、エンレイサマはすごい人だったんだ! あ、デス!」
アルェ? へデラさんは頬を赤らめてキラキラした目をこちらに向けてきた。あれ、嫌悪は……?
「あっはははは! 良いね、君。エンレイを知ってもその返答ができるなら、何も心配はいらない。ごめんね、試すようなことを言って。」
クロユリさん、もしかしてわざとその情報を出したっていうの……? でも何故?
まさかの展開が続き、私の頭は混乱を極める。
「大丈夫! あ、デス! ヴァイス属性なんて聞いたこともなかったから、次期総指揮官だって聞いて逆に納得したし! デス!」
「そっかそっか。ヴァイス属性のことは聞いてたんだ。」
「っス! 傷が消えていったんだ! デス!」
「そっか。もう痛くない?」
「痛くない! エンレイサマに綺麗に治してもらったから! あ、デス!」
意気投合したらしいクロユリさんとへデラさん。二人が楽しそうに話しているのを見て、ホッコリ胸が暖かくなった。何なら混乱も少し落ち着いてきた気がする。
このホッコリを壊さないためにも少しの間は空気でいよう。そう決めた矢先、二人の視線がこちらを向いた。
「エンレイサマ!」
「エンレイ。」
二人から穏やかに呼びかけられ、どうしようもなく心が沸き立った。なんだろう、こう、チョコなるものを食べている時ともちょっと違う……ブワッとする感じというか……
「エンレイ、どうかしたか?」
「……、え、と……」
私の心的変化を鋭く指摘してきたのはクロユリさんだった。背をかがめて心配そうに私の顔を覗き込んできた彼は、言葉に詰まった私の言葉を待ってくれた。
「え、と。その……お二人に名前を呼ばれて、こう、ブワッてなって……でも嫌な感じではなく、て……?」
すみません、自分でもよく分からなくて。そう謝るが、やっぱり言葉にしても己の気持ちに名前をつけることは叶わなかった。
「ふぅん、そっか。」
クロユリさんは同意するように頷く。なんだろう、答えを知っているかのような反応がどこか引っかかった。しかしその正体は教えてくれないらしく、クロユリさんは黙り込んだ。
私はといえば、そのサマにさっきまでの良い意味でのモヤモヤとは別の、教えてもらえないことによる不快な方のモヤモヤで心がいっぱいになった。
「エンレイサマ、それは『幸せ』じゃないの? あ、デス!」
しかしクロユリさんすら予測できなかった方向から、その『答え』がもたらされた。そう、ヘデラさんだ。
「幸せ……」
「そう! ブワってところは分からないけど、エンレイサマのその顔を見る限り、幸せってことじゃないかなって! あ、デス!」
「ど、どんな顔……?」
「幸せいっぱいで楽しいなーって感じ! デス! クロユリサマも多分同じような結論になったと思う! だから黙って……ん? じゃあ何で黙ってたんだ?」
「エンレイのことだから、すぐ自分で気付けるかなって思って。」
「でもあの様子だとしばらくは掛かったかと。あ、デス!」
「うん、そうみたいだね。でも君のおかげでどうにかなったみたいだ。まあ、万事解決ってことで。良かった良かった。」
ハハハーと笑い飛ばすクロユリさんを、不審そうにジトリと見つめるへデラさん。対照的な二人の様子に、なんだか笑いが込み上げてきた。
「フッ、フフッ……」
「エンレイ、サマ……?」
「フッ、いや、ごめんなさい。『幸せ』だなぁって思って。」
自分で言葉にしたことで、ソレをより一層実感したような気がする。
この幸せがずっと続いてくれたのなら。そう願わずにはいられない程、ソレは心地よいものだった。
…………
それからしばらく三人で笑っていたが、ソレを見ていた周りからの奇異の目に耐えられなくなり、クロユリさんとは別れてそそくさと家に戻ることにした。
「ただいま帰りました。」
そして家に帰ってきた私達は、何はともあれ真っ先にツユクサさんの元に、つまり執務室へと向かう。いち早くお客様的位置づけのヘデラさんを、私専属メイドにしたいから。
「あら、エンレイ早かったわね?」
「ええ、ツユクサさんに用事が出来ましたので。」
「そう。で、用事って?」
「私専属のメイドの件です。」
「あらあら、良い人でも見つけたのかしら?」
「はい。彼女も是非私のメイドに、と。」
「そう、もう既にここには来ているのかしら?」
「はい。」
それなら是非私にも紹介してちょうだい、と促された。それに首肯してから部屋の外にいるヘデラさんに合図すると、彼女は恐る恐る部屋に入ってきた。
「へ、ヘデラだ、デス! よろしくおねがいしマス!」
あまりにも緊張してカッチカチに固まってしまっていた彼女がどうしても可愛くて、愛おしくて、私もツユクサさんも思わず声を上げて笑ってしまった。
「ム! そそそそんなに笑わなくても! デス!」
それに気を悪くされてもこちらが困るのでなんとかソレを収め、改めて紹介する。
「こちらがヘデラさん。昨日助けたとお話した方です。」
ツユクサさんにヘデラさんをそう紹介すれば、彼女はフゥン、と一つ考えるように右手を顎に当てる仕草を見せる。
これはどっちだ。前向きな検討か、それとも。
反対されたらどうしよう、でも私はヘデラさんが良いと思ったんだ。だから……
誰に話すでもない言葉を脳内でひたすら羅列することで、この部屋に続く沈黙に耐えていく。
「ヘデラ、だったわね。」
「は、はいっ!」
その沈黙を破ったのは勿論ツユクサさんで、その第一に名前を呼ばれたヘデラさんはビクッと肩を震わせていた。
「何故エンレイのメイドになりたいと思ったのかしら? エンレイはただちょっとあなたを助けただけよね?」
ツユクサさんの言葉はもっともだ。確かに流れに飲まれてここまで来てしまったのかも……。そう暗く悲しい想像ばかりが頭を駆け巡り、背中を冷や汗が伝った。
「ちょっとじゃない! エンレイサマがいなかったら、私、死んでたもん! だから生き延びた私は、生かしてくれた人の為に生きたい! 救ってもらった恩返しもしたくなるの! 命の恩人の力になりたいって思うのは悪いこと? ……あ、デ、デス」
ウガーっと早口で捲くし立てるヘデラさん。その熱い想いを聞いたら、私の胸も熱くなってきた。目頭も顔も、何もかもが熱くて痛い。でも悪い感じではない。幸せ、とも似ているようで、ちょっと違う。
この気持ちも、私は言葉で表せなかった。
「そう。」
そしてツユクサさんはその一言だけを音にして、フーッと一つ深く息を吐いた。
ピリッとひりついた空気がチクチクと肌を刺す。これはどっちだ、とツユクサさんの顔色を窺うが、しかしいつもの糸目ニッコリ笑顔でそれも不可能だった。笑顔なのにこんなに怖いと思うなんて、不思議だ。
そんなツユクサさんが話し始めるまで、その場の時間がピタッと止まったような気にすらなった。
「合格。ようこそ、白花家へ。」
笑みを深くしたツユクサさんはドンドンパフパフー、と口で盛り上げながらそう言い放った。
さっきまでの緊張感との温度差に呆気に取られた私とヘデラさんは、それから暫くの間声を出すことも、何なら息をすることすら不可能だった、ということだけでも書き記しておくべきだろうか。




