1-32 ヘデラの恩返し
「わぁ、痛みが消えた……!」
治癒魔法をちょっと使っただけなのに、へデラさんはまるで神の奇跡を目の当たりにしたような反応をしてくれる。
「もしかしてエンレイサマって神様か天使か何かなのか!? デス!」
まあ、これが魔法だと認識できなければ、そう見えてしまうのも仕方ないだろう。ヴァイス属性魔法なんて特に一般に知られていないモノだからね。
そうと分かってはいても、ベタ褒めされてちょっと鼻が高くなる気持ちになった。
「いえ、ただのカナカ軍人です。」
「何言ってんだお前。」
アッ、私のただのカナカ軍人というワードにラナンキュラス大先生が反応しちゃった! 余計なことを言われるのではないかと冷や汗がジョバっと噴き出る。だってほら、今以上にへデラさんから怖がられたくはないから……さ。
だから余計なこと言うなよ、という気持ちを込めてラナンキュラス大先生をキッと見つめて──睨んで、とも言う──みるが、伝わっているんだかどうなんだか。微妙な表情の変化はその仮面で全く見えないから分からなかった。
「こいつは次期s」
「おおっとぉ! 手が滑ったぁ!」
そう言い訳をしながらラナンキュラス大先生に体当たりして言葉を遮る。さすがに仮面の上から口を塞いでも意味がないからね、別の何かしらの衝撃をと考えて咄嗟に取った行動がソレだった。
「うわぁっ!?」
それにしてもやっぱり『余計なことを言わないで』という意味の目線、伝わってなかったんですねぇ! いや、もしかしたらラナンキュラス大先生のことだから、分かっててバラそうとしたのかな? そっちの方が可能性は高いかもね! なんたってラナンキュラス大先生だもんね!
「こんのっ!」
「怪我も治したので、これで失礼しますっ! へデラさん、行きましょ!」
「あ、ちょ、まっ!」
きっともう同じ手は使えない。だからこそ、余計なことをこれ以上言われる前に退散するのみ!
そんな思惑でもってへデラさんを抱き上げスタコラサッサとノコギリ荘を後にした。
…………
「うわー……焦ったぁ……」
ノコギリ荘が見えなくなるところまで走り続け、もう止まってもいいかと立ち止まる。
フッと振り返って見ても、ラナンキュラス大先生が追ってきている気配はない。それを確認して良かった、撒けた、と安堵していると、私の腕の中がモゾモゾと蠢いた。
「あ、あの……そろそろ下ろしてはくれない、のかな……デス?」
「あ、ごめんなさい! ずっと抱えたままで!」
言われた通りストン、とへデラさんを優しく地面に下ろして向かい合う。
「いえ、それは問題ないけど……神様に抱えられていると考えると、どうも落ち着かないからさ……」
「その神様っていうのは……」
そんなたいそうなモノでもあるまいに。そんな思いで呼称──それとついでに敬われることも──を否定しようとすると、彼女は言葉を被せてきた。
「あれを神の奇跡と呼ばないで何と呼ぶか! そんなすごい力をエンレイサマは使って……」
「あ、その、あれは私の属性魔法がそれだっただけだから。何もすごいことはしていません。」
「でもエンレイサマのような髪も、怪我を治す魔法も、私は知らない! デス!」
「私はヴァイス属性持ち。大人の事情的なモノで今まで秘匿されていたんです。だからカナカ軍の人くらいしか知らなくて当然。」
それも大々的に公表したのはついこの間だから、まだまだカナカ軍の中ですらも浸透はしていないだろう。
「ヴァイス属性……」
「そ。だから私は何もすごくないんです。へデラさんはただ見たことのない魔法を目の当たりにして驚いただけ。だから敬語を使わなくても良いんですよ。」
「いや、あまり学がないから敬語とか上手く使えないけど、ウヤマウ?ことはしたいからさ。……あ、デス!」
「あ、ハイ……分かりました。」
敬語に不慣れな感じだというのに、それでも私を敬いたいと言われたら、その気持ちを無碍にするなんてできなくて。気が付いたら頷いていた。
「それで、エンレイサマ。」
「はい?」
「見返りとは名ばかりのモノじゃあ、私の気が収まらない。エンレイサマは私の命の恩人だから。……デス。」
──そして、烏滸がましいとは思うけど、エンレイサマに一生ついていきたい。それで一生をかけて恩返ししたい。デス。
それを聞いて、ふと昨日聞いたツユクサさんの『あなたにも専属メイドを付ける』という言葉を思い出した。
まさか、そんな。その話が出たのが昨日で、へデラさんに『一生ついて行きたい』と申し出されたのが今日。
まさかツユクサさんはこのことを予知していたのではと思わせるタイミングの良さに、私は内心とても驚いて固まってしまった。
「……エンレイサマ? どうした? デス?」
「っ、あ……ごめんなさい。何でも無いわ。で、そう。ついて行きたいって申し出なのだけれど、今私付きのメイドさんを近々選ぶという話が出ているので、もしそれでも良ければ……」
「それが良いっ! 私、エンレイサマのメイドになる! ……デス!」
「ただ、まだあの方の娘という肩書きしか持っていない私の一存で決められることではないので、一度家に来ていただく必要がありまして……」
「どこまでもついてく! デス!」
もう既に私のメイドになるつもりでいるらしい。へデラさんのその覚悟を目の当たりにして、私の心もキュッと引き締まった。
「それじゃあ、一旦家に……」
「今ここにある魔除けはこれで全部ですかね?」
へデラさんを連れて家に帰ろうとした時に耳を通りすぎた声に、私は無意識のうちにピタっと足を止めてしまった。
「あれ、エンレイじゃあないか?」
そして向こうも立ち止まった私に気がついたらしく、話しかけてきてくれた。その主、クロユリさんは茶色のローブを頭から被りその髪色を隠しているような風貌で、まるで旅人みたいだ。
「クロユリさん、こんにちは。まさかここでお会いするとは思いませんでした。」
「こんにちは。まあね、俺もいつもあの塔に引きこもっているわけではないからさ。休みの日は趣味の『魔除けグッズ』を収集するために街に度々来るんだ。」
ウキウキ楽しそうにそう話すクロユリさんに、へぇ、と感心しながら、彼が両手で抱える紙袋にススっと目を向ける。多分あのパンパンに膨らんだ紙袋の中にソレは入っているのだろうことはすぐ分かった。
クロユリさんは意図を理解したようにその中から一つモノを取り出した。
「これは身につけるタイプの魔除けグッズさ。呪いを跳ね除けると言われているらしい。」
アレは、コレは、とその後も色々なグッズの説明をしてくれる。好きなものを語りたい、というやつだろう。
私はその熱に圧倒されていた。好きなものをここまで語れるなんてすごい、と。
「……、あ、ごめん。俺ばっかり喋っちゃって。」
「いえ、聞いていて楽しかったです。」
「あ、お連れさんもごめんね。仲間外れみたいにしちゃって。」
「い、いや……大丈夫。デス。」
へデラさんもその熱に圧倒されていたみたいで、なんとかそれだけでも言葉にしなければ、と絞り出したような声色だった。
「自己紹介もしていなかったね。悪い悪い。俺はクロユリ。エンレイとはカナカ軍の同僚みたいなモンだ。」
「へデラだ。デス。エンレイサマのメイドになるために、今からエンレイサマの家に行こうとしてた。デス。」
へデラさんの自己紹介を聞いて、クロユリさんは少し驚いたような表情を見せた。そしてウンウンと納得したように首を縦に振った。
「おお、そっかそっか。エンレイ付きのメイドか。いよいよ次期総指揮官っぽくなってきたな。」
「……、」
あ、ちょ。もう少し落ち着いてからその情報を小出しにしようと思ってたのに。ああほら、へデラさんが絶句しているじゃあないか。……いや、隠していた私も私か。
「あれ、もしかして言ってなかった?」
ピシリと固まるへデラさんを横目に、クロユリさんと小声で会話する。
「もう少し落ち着いてから情報を小出しにしようと思っていたんです。何せ面と向かって言葉を交わしたのは今日が初めてですし。」
「え、今日!? それでメイドを志望するって……エンレイ、一体何をしたのさ?」
「い、いえ……ただへデラさんの怪我を治したくらいしかしていなくて……でも悪い子ではなさそうなので良いかな、と。」
「怪我を治しただけって……まあ、普通の人から見たら怪我を一瞬で治すってのは神がかった代物ってのは分かるが……」
──それにしてもお互い不用心じゃないか?
そう指摘されて、確かにと納得してしまう自分もいるのだった。




