1-31 オカエリタテエリ
次の日になり、今日の予定を確認していく。まあ、仰々しくそう言ってみたが今日の予定は何もない。明日は華橋さんの元へ行くとして、さて今日は何をしよう。どう休みを消費するか。
そこで真っ先に思いつくのは勿論ノコギリ荘にいる名の知らぬ子のこと。というわけで……
「来ちゃいました、ノコギリ荘!」
「帰れっ!」
ノコギリ荘に来て早々、玄関前を掃除していたらしいラナンキュラス大先生に箒でシッシッと追い払われそうになっていた。
「まあまあ、ラナンキュラス大先生、そう言わずに! 怪我の手当てくらいなら手伝えますし!」
「暇なのか!? ああいや暇だったな! だったらガイストの一匹や二匹、討伐して来い!!」
「そうしたいところなんですけど、サクラさんにそれがバレたらどんな雷を落とされるか……」
「お、おう……」
その状況を想像しただけで寒気がしたような気がした。そしてそれはラナンキュラス大先生とて同じであるようで。今までの覇気がシオシオと萎んでいく。ランクSの中の力関係が垣間見えたような気がした。
「手伝いっつっても、部外者にはあまり立ち入られたくはないからな……仕方ない、普通に見舞い客として入れてやる。」
とても上から目線の発言ではあるが、それは意味あってのことと分かっているため反論はしない。
「では、お邪魔します。」
「はいはい。」
さっさと行け、と言わんばかりに雑な返事を背中で受け取り、そのまま病室に向かおうとした。
「あ、そうだ。お前、あの怪我人の身元は分かったか?」
「え……」
「いや、ね。親族に連絡なりなんなりしなくても良いのか、ってんだ。だってそうだろう? 家族が一晩でも帰ってこなかったら、心配するだろうし。」
「あぁー……その発想はありませんでしたね。」
帰ってこないから心配する。普通の人間ならすぐ考えつくことに今の今まで気が付かなかった。ああ、そうだ。普通はそうだな。盲点だった。
ウンウンと納得したように頷いていると、ここだけの話、とラナンキュラス大先生は小声で話し始めた。
「あの怪我人の傷はガイスト絡みで間違いない。ということはカナカ軍の人間である可能性が高い。ってんで昨日、ここの職員の権限を使って名簿を漁ったんだがなぁ……それっぽいのは載ってなくて。」
──だからあの怪我人の身元を調べてくれ。これじゃあ報告書に何も書けなくて困ってたんだ。
「じゃ、よろしくなー。」
ラナンキュラス大先生はそう言うだけ言って、碌に私の返事も聞かず建物の中へと入っていってしまった。
「え、私にそれを調べる術はないんだけど……どうしろと?」
一人玄関に取り残された私の言葉を拾ってくれる人なんていなくて。途方に暮れるのだった。
…………
どうしようどうしよう、と頭を悩ませながら、しかしとにかく一度は顔を出していこうと件の病室に向かった。
ガタンッ!
するとその病室から大きな音が一つ耳をつんざいた。一体何が、と急いで病室に入ると……
「誰っ!?」
昨日助けたあの子が目を覚まし、何ならベッドから転げ落ちていた。そして急に入ってきた私を警戒しているのか、キッと睨まれる。
だからあまりその子には近寄らず、しかし警戒心は解こうとニッコリ笑って自己紹介することにした。
「初めまして。私はエンレイと申します。昨日あなたが倒れた時に居合わせた一般人です。……具合、どうですか?」
「っ……、それ、は……ありがとう。あと、睨んでごめん。……でも、ここまで良くしてくれて何だけど、アタシ、何も返せない。」
「見返りは求めません。ただ私がそうしたかったから助けただけです。」
「っ、でもっ! そんな、見返りを求めない救済なんて、この世にあるわけがないっ! 何!? 何が目的なのっ!?」
えーと、ただの善意で助けたに過ぎないのだが……確かに私が逆の立場なら、助けた人の思惑にこれからずっと怯えることになるだろう。ヒステリックにも叫ぶこの子の心情を思えば、とやかく言える立場でもない。
「うーん……では見返りとして、あなたのことを教えてくださいな。」
「……は?」
「実際あなたを助けたここの職員さんが、怪我人であるあなたについての報告書が書けなくて困ってる、と仰ってたので。だからあなたのことを教えて欲しいのです。」
「………………は?」
その一文字に込められた言葉はきっと、『何言ってんだコイツ』だろうな。そんな表情と声色だもの。
でも、本当に見返りなんて求めてないし、そんなこと考えてすらいなかったし。だからない頭を振り絞って考えて考えた末の『見返り』っぽいやつがソレだった。
というか『見返り』という言葉を考えすぎてゲシュタルト崩壊してたとも言う。
「駄目、でしょうか……」
これで断られたら、他に何を求めればいいのー? 見返りって何? 見返り見返りミカエリオカエリタテエリコムラガエリ……???
自分でも何を言っているか分からなくなってきた。
……よし、困ったらラナンキュラス大先生に聞いてこよう。またいつものように嫌味がオプションで付け加えられるだろうけど。
プスプスとショートした脳みそが出した結論は人頼みだった。嫌味が付いたとしても、だ。
「……そんなので良いわけ?」
「勿論ですとも!」
これで納得してくれるんなら、こちらとしても嬉しい。こむら返り……じゃなかった、お帰り……でもなくて、……そう、見返りのことをこれ以上考えなくて良くなるから!
そんな私の様子を見て、渋々といった体でその子は口を開いた。
「……アタシはへデラ。貧民街の孤児で、カナカ軍に入れるほどの実力じゃないから個人でガイスト狩りをして小銭稼ぎしてる。あの日はちょっとガイストに囲まれて深手を負って……で、あなたの目の前?で倒れたのかな?」
「そうだったの……」
その話を聞いて、昔の自分を見ているような気持ちになった。感傷に浸る、と言えば良いのだろうか。
「で、今更だけど、ここはどこ?」
「ここは療養施設、ノコギリ荘ですよ。」
「ハァッ!!?」
ここがどこか正直に教えると、へデラさんはアババババ、と慌て始めた。なんだ?
「ノコギリ荘って言ったら、この国一番の療養施設……基本的にカナカ軍の人しか使えない場所……アババババ、そんな分布相応な、……! も、もしかしてカナカ軍の方なのか! デス?」
「あ、はい、一応。」
「アババババ、偉い人にタメ口きいちゃった!! もしかして殺されるっ!?」
……どうしよう、すぐにでも宥めないといけないのに『少し前の自分』の姿を見ている気分になっちゃった。そう、黒鳩さ……ベラさんや華橋さん、クロユリさんの身分を知った時の私と同じ感じ。
そして今になって初めて、ベラさん達の気持ちも理解してしまった。確かにカナカ軍の人間というよりも、ただの人間として見てもらいたくて身分を隠していたのだろう、と。
「大丈夫です。私もついこの間正式にカナカ軍に入れたペーペーですから。」
この慌てようの中、まさか『次期総指揮官です』だなんて馬鹿正直に言えないな、と嘘ではないけど馬鹿正直ではない言い回しで伝えてみる。
「で、でもっ!」
「おいっ! 五月蝿いぞ!!」
やいのやいの言い合っていると、どうやら外にまで大声が響いていたのだろう。ラナンキュラス大先生が病室に突撃してきた。
「あ! 怪我人が目覚めたら知らせろって言っただろ! お前は鳥か!!!」
ラナンキュラス大先生のゲシっと痛くないパンチを背中で受け、暴言も甘んじて受け入れた。鳥か、という嫌味はもしかして三歩歩けば忘れるウンヌンの意味ですかね?
確かにいくらへデラさんが混乱していたとはいえ、職員さん方に連絡しなかった私の落ち度だな。
「すみませんラナンキュラス大先生。でもでも、この子のことが少し分かりましたよ! へデラさんです!」
「ああそうかい、これで報告書を埋められる……って、騙されないぞ!」
意外とノリツッコミに応じてくれるもんなんだな、と現実逃避したくなった。勿論ラナンキュラス大先生に悟られないように、だ。バレたらお説教が長引くもん。
「……っと、ゴホン。こいつのことは置いておいて良い。お前、気分はどうだ?」
なんだかんだグチグチ言いながらへデラさんの診察を手際よく進めていくラナンキュラス大先生。
「あ、えと、その、今までで一番調子がいい。……デス?」
「ふーん、あっそ。じゃああとは怪我が治りきってないからこいつに治癒魔法掛けてもらえ。そしたらもう帰っていいぞ。」
「はえっ!?」
多分聞いたことのない『治癒魔法』という言葉を聞いて動揺したのだろう。へデラさんの声が裏返った。
「一発でキレーに治せてれば、こんな二度手間は無かったんだがなー?」
ちゃんと治してみせろやゴルァ、という副音声までも耳に入れ、反射的にハイスミマセンと謝った。
それにこれは『治癒魔法の精度を上げろ』という意味だろうし。反論も何もない。
「じゃあ、失礼して。治していきますね。」
ラナンキュラス大先生に言われた通り、へデラさんに向けて昨日よりも緻密にマナを練っていく。




