1-29 願う
「わあ……!」
郵便局の中は相当賑わっているようだ。皆誰かに手紙を送ろうとしているのだろう。明るい雰囲気で溢れているのを見て、私まで楽しくなってきた気がする。
誰かに手紙を書くなんてことも今までなかったから、手紙を書くのも、出すのも初めての体験だ。ワクワクと共に少し緊張してきた。
ええと、受付の方に聞けばどうにかなる、とツユクサさんに聞いていたから……
「すみません、手紙を出したいのですが……」
「かしこまりました。では……」
受付窓口の職員さんに恐る恐るそう聞いてみると、そんな心配を吹き飛ばしてくれるような丁寧な対応をしてくれた。
…………
無事に手紙を出せて一安心。そして今日最大の目的を早々に終えてしまい、私は途方に暮れてしまった。
「ひ、暇だ……」
そう、もうやることがないのだ。
ツユクサさんからガイスト狩りを制限されたわけでもないから、それに勤しむのも良いが……それがサクラさんたちにバレた時に言い訳できないんだよな。『休めって言ってるだろ』と怒られる未来しか見えないんだもの。
怒られるのは嫌だ。でもガイスト狩り以外に何をしたら良いのかが分からない。
「あ、そうだ!」
と、ウンウン唸って何かないかと考えていると、唐突に頭の中に降って湧いたコトが一つ。そう、読書だ。むしろ今の今までその発想が出てこなかったのが不思議だ。孤児院にいた時も読んでいただろうに。
確かツユクサさんが『家の書庫はいつでも使って良いわよ』とついさっき家を出てくる前に許可をもらっていたんだっけ。
「そうと決まれば、さっさと帰るに限るっ!」
くるりと方向転換して、早々に家に帰ろうとした。
ドンッ!
しかし一歩踏み出そうとした瞬間、何かにぶつかりそれは叶わなかった。
「うわっ!?」
なんとか足を踏ん張ったが、ぶつかってきたものがそのまま寄り掛かってきたせいで一緒に地面に倒れ込んだ。
「んぎゃっ」
私にぶつかってきたもの、そして今尚私を押し潰さんとしているものに目を向けると、それはどうやら人間であるらしいことが分かった。
土埃で汚れていてよくよくは判別がつかないが、かろうじて紫色の髪を持つ少女だろうことは窺えた。あとは全身傷だらけ。お腹から血もダクダクと流れ出ているようにすら見えた。
それを脳みそが認識した瞬間に、私は全身全霊で下から抜け出て青魔法、つまり治癒魔法をグッタリ倒れたままのその子に掛けていた。
ただ、この子自身のマナがとても薄く、治すのも一苦労で。今までで一番神経を使った。
そして今の私にできるギリギリまで治療し── 一番酷かったお腹は止血程度までしかできなかった。無念──、それから肩をポンポンと叩いて一度声を掛けてみる。
「大丈夫ですか、意識はありますか、」
しかしウンともスンとも言わない様子を見てこれは私の手には負えないと即座に判断した。
ということでなんとかその子を担ぎ、ノコギリ荘へと急いだ。そう、療養施設のノコギリ荘だ。
…………
かつてない程全力で走り、ノコギリ荘の門を足で叩く。お行儀とか今は考えていられない。人命がかかっているんだもの。
「怪我人を運んできました! 手が塞がっているので開けてはいただけませんでしょうか!!」
喉が悲鳴を上げるほどの大声を出して誰かに気づいてもらおうとした。するとすぐさま扉は開く。
「お前か! まあそれはどうでもいい。早くこっちに来い!」
扉を開けてくれたのはラナンキュラス大先生で、とにかく言われた通り彼のあとを追って処置室に走った。
「ここに寝かせろ。で、何があった」
パタパタと処置の準備をしている間にラナンキュラス大先生にそう問われ、さっきまでのコトを話した。
急に倒れ込んできたこと、怪我が酷かったからできるだけ治癒魔法を使ったこと、それでも一番酷かったお腹の怪我は止血程度しかできなかったこと、呼びかけに反応がなかったから走ってきたこと。
「分かった。あとは任せろ。集中したいからお前は出てけ。ついでに職員を見つけたらここに呼べ。」
「分かりました。お願いします。」
あとは任せろ。その頼もしい言葉に心が揺さぶれた。あとはラナンキュラス大先生に任せればなんとかなる、と根拠のない自信に満ち溢れ、素人は邪魔になるだろうからさっさと、そして静かに処置室を後にした。
…………
あの後とにかく見つけた職員さん方にだいたいの事情を説明すると、すぐ動いてくれた。
そして私はといえば、邪魔にならないよう、でも処置室の様子が窺えそうな中庭のベンチに座り、それが終わるのを待つことにした。
別にここで『送り届けたから』と言って帰ってしまってもいいのだろうが、家にいてもあの子のことが気になって眠れなくなりそうだったから、ここで待つ選択をしたのだ。
そこでどれくらいの時間ボーっとしていたのかは定かではないが、結構な時間が経ったような気がする。それを意識した途端にお腹がグゥッと音を立てたことで、もしかしたらそろそろお昼なのかもしれないと当たりをつけた。
ちょっと前までは一日一食、酷い時はもっと間が空くような生活が普通だったのに、今では朝食べたらお昼にお腹が空く。不便な体になったもんだ。
誰に聞いてもそれが普通だからと言われそうだが、もし前みたいな生活に戻ったらもう私は生きていけないだろうな、だなんて生ぬるい考えが頭をよぎったのはあまりの空腹故だと思いたい。
「……ぃ、おい、おい!」
「ハッ!」
「お前、何ぼーっとしてんだ!」
「ラナンキュラス大先生……? あっ、あの子の処置、終わったんですか!」
「終わったと言いにきたんだけどなぁ……肝心のお前が腑抜けた顔して、そんなに大事な奴だったのか?」
「え、誰が?」
「お前が運び込んだ奴だよ! あんなに慌てふためいておいて『誰が?』とか馬鹿なの?」
「いえ、見知らぬ方ですが。」
「はぁー? 意味分かんない何こいつ馬鹿なのいや馬鹿だったな!」
ラナンキュラス大先生は自問自答してウガーっと頭を掻きむしった。
「で、あの子は無事ですか?」
「え、お前この状況で聞く? まだ俺は混乱してんだけど。……まあ教えてやるけどさ。あいつは無事だ。なんせ誰かさんが先に止血をしてくれていたもんで、ギリギリなんとかなったわ。放っておいたらヤバかっただろうけどな。」
ラナンキュラス大先生、情緒不安て……ゲフンゲフン、なんでもないです。だからそんなに睨まないで。私の考えていることが分かったかのようなタイミングでギロリと睨まれたから、思わず脳内で謝ってしまったじゃあないか。
ああ、いや、今はそんなことどうでもいい。
「無事だったんですね。」
「まあな。極度の貧血とマナ不足だったから、それを補った。ただそれだけだ。」
「良かった……」
「だがいつ目を覚ますかまでは分からんな。で、様子、見てくか?」
「勿論。」
「あっそ。一〇五号室に移動させたからそっちに行ってよね。じゃあ俺は遅い昼食を摂りに戻るわー。」
伝えることは全て言ったからな、と言わんばかりにヒラヒラと手を振って建物の中に戻ろうとするラナンキュラス大先生にまだ言えてなかったことを思い出して呼び止める。
「ラナンキュラス大先生!」
「なんだよ。」
「ありがとうございました!」
「……フン」
感謝の言葉に対する返答はなかったが、不機嫌そうな鼻息ではなかったから良いか。そう思うことにして、私も教えられた病室に向かうことにした。
…………
件の一〇五号室になんとか辿り着き──実はちょっと迷った──、一応ノックしてみるが返事はない。いつ目覚めるか分からないとラナンキュラス大先生も言っていたから、返事がないのは何らおかしくはない。
「し、失礼します……」
私にとってあの子は名前も知らない人。それでも無事かどうかをこの目で確認したかったんだ。
そう言い訳をするように頭の中で言葉を並べ立てながらドアを開けて病室に入ると、静かな呼吸音だけがその部屋を支配していた。
ベッドの近くに置かれている椅子に座り、彼女の顔を覗き込む。
「……顔色、少し良くなってる。」
それを自分の目で確認できて、ようやくホッと人心地付いた。
「早く良くなりますように。」
そんな願いを込めて、少しの間その場に留まっていた。




