1-21 大群襲来
己の半身を見つけたような不思議な感覚を噛み締めながら、しばらくの間そのままでいた。シュヴァルツのお方の低めの体温が心地よく、そして二人分の穏やかな呼吸音もあいまって眠気すら催してきた気がする。
ウトウトとそのまどろみに身を委ね、あと一瞬もあれば眠りについていただろう。
「ほら、呪いを解いたのなら早く戻ってきなさい。」
しかしいつこの部屋に入ってきていたのか、ツユクサさんが夢うつつな私たちを現実に戻した。正気に戻った私はこの状況に恥ずかしさを感じてパッとシュヴァルツのお方から離れようとしたが、それをシュヴァルツのお方は許してくれなかった。
クン、と服を引っ張られ、先ほどまでの体勢に逆戻りしてしまったのだ。それも先ほどよりも強い力で抱き込まれたため──そのせいで蛙が潰れたような声が出てしまった──もう一度その手を離すことは叶わなくなった。
「あらあら、クロユリらしくありませんね?」
「例えツユクサ様でも、この者と引き離そうとなさるのなら呪い殺しますよ。」
シュヴァルツのお方……クロユリさん(仮)はまさかツユクサさんを脅しにかかった。よりによってあのツユクサさんに向かってそんなことを言えるなんて、クロユリさんは結構命知らずなのではなかろうか。
「ウフフ、さすがシュヴァルツ属性持ち。熱烈ね。」
しかし言われた張本人であるツユクサさんは、まるで羽虫を払うように笑い飛ばした。え、そんなことある? 呪い殺すと言われて笑っていられるその精神を少し心配してしまったのは秘密だ。
「大丈夫、そんなことはしないわ。あなた達が嫌がることは極力しないつもりよ。」
「そう、ですか。」
「……で、あなた方、いつまでそうしている気かしら?」
ツユクサさんの後について塔に入って来たサクラさんにそう窘められる。私もそろそろ恥ずかしいので一旦離れて欲しいところだったが、今のクロユリさんにそう言ったところで聞き入れてくれるだろうか。
「ええ、と……クロユリさん? 一旦離れていただけると……」
「嫌だ。」
「あらあら、お気に入りのぬいぐるみを離さない子供のようね。クロユリも可愛いところがあるじゃない。……まあ、いいわ。それなら気が済むまでそうしていなさい。」
ツユクサさんはそう言って苦笑いしながら扉の方へと足を向けた。
問題も解決したところで、このまま穏やかな時間が過ぎる。誰もがそう信じてやまなかった。
しかしそうは問屋が卸してくれなかったらしい。ついさっきも聞いたバタバタと五月蝿い足音が辺り一面に響き渡った。
「ああ、ここにいらした! ランクSの皆様方! 緊急事態でございます!」
カナカ軍の証である紋章を着けた屈強な人が息を切らし焦りに焦った様子でそれだけを告げる。
勿論それだけでは何がどう緊急なのか分からない。詳細を聞き出さなければならない。そう考えているのはここにいる全員で。
「詳しく話しなさい。」
冷静にそう促したのはツユクサさんだった。一気にピンと張り詰めた空気に肌を焦がしながら、私も静かに次の言葉を待つ。
「相対した隊員によると、ガイストが徒党を組んでこの街に攻め込もうと進軍しようとしているらしいのです! その数、推定一万!」
ガイストは基本単体で動く。たまに三、四体程度で群れることはあるが、それ以上は聞いたことがない。それなのに、一万だと……?
そもそも人間を滅ぼす以外の思考回路を持たないのではと研究人から言われるほどだから、数で押し切るだなんて高度な策略をガイストに思いつけるとは思えない。
だからこその異常さに、ここにいる誰もが息を呑んだ。
「街に入られる前になんとかしないと街の人が危ない、というわけね。」
「今、近くにいた隊員を向かわせておりますが、圧倒的に数で押されている状況です!」
「今すぐ行きましょう!」
サクラさんのその言葉を合図に、全員が外に向けて走り出した。クロユリさんも一緒だ。さすがに手は離してはくれたのは良かったんだかなんだか。
…………
街の門を通り過ぎ──その瞬間門は閉まった。間違ってもガイストを街に入れないためだろう──、ドォンと爆発したような音と人の叫び声で埋め尽くされた場所へと急ぐ。
「っ……!」
崖の上から見たそこは、地獄だった。落ちたマセキの数よりも、倒れ伏す人の数の方が多い。そして今も尚魔法が飛び交い血も降ってくる。辺り一面が鉄臭かった。
ギリギリ隊列を組んではいられているらしかったが、それもいつまで持つか分からない。
それならば一刻も早く駆けつけないと! 微力ながら加勢しなければ!
そんな思いだけで数メートルの崖を飛び降りた。死ねない私はどうなろうと構わないが、そうでない人がこれ以上死ぬサマは見たくないから。
「っ……!」
落ちた先で今にも攻撃されそうになっている隊員さんを庇うように、持っている短剣をロートの魔法に突き刺し相殺した。少し手に火傷を負ったが、これくらいなら唾つけとけば問題ない。
「すまない、助かった!」
「いえ、私にできることだっただけですので!」
周りの隊員の戦い方を加味せず私のやり方で突っ込んでいったら、きっと私を知らない『普通の人』は私ごと魔法攻撃することに躊躇ってしまう。
だから私はまだ生きている人の元に行き、出来る限りの怪我を治す役に回ることにした。
ドォン……ドンドン!
私がとにかく目についた人に青属性の治癒魔法を施していくと、途端にこちら側が放つ魔法の音が桁違いに大きくなった。
横目で特大の魔法の元を辿ると、他より一段鮮やかな髪色が見えた。ロート、ゲルプ、シュヴァルツ……ああ、もっと向こうにはブラオ、リラ、グリュンもいる。
オランジェだけが、大先生の姿だけが見えない。魔法の特性からして後方にいるのだろう。
ランクSの皆さんが勢揃いして協力して戦っている。その勇ましさに私は場違いにも心が震えた。しかしそれは私だけが感じたものではなかったようで。方々から希望が乗った雄叫びが聞こえてきた。
「マナ切れを起こした者は速やかに後方に戻れ! ラナンキュラス様がいらっしゃる! 他のランクSの方々も到着された! 何も恐れることはない!!」
「っ……」
士気を上げる声に応えるように、いっそう激しく魔法が飛び交う。
私も続け、と邪魔にならない場所で治癒を繰り返す。
だがその中でももう助からないと一目見て分かるような人も両手で全く足りないくらいいて。この突然の戦いの凄惨さを見せつけられた気がして眉間に皺が寄った。
次の人を、そう立ち上がったその時。
「逃げろっ!」
その言葉を聞いて反射的に顔を上げると、私がいる辺りに今までないくらい特大のロート属性魔法が飛んできているのが見えた。直径が私の身長よりも大きいようで、さすがの私でもこの短剣では相殺できなそうだと絶望する。
それに私が肉盾になっても、この大きさなら周りにいる他の隊員さん全員を救うことは不可能。ならどうする?
どんどん近づいてくる火の玉。どうする? どうすれば周りにいる隊員さんを救える?
他人の死が目前に迫り、私はもう己が何を考えているのかが分からなくなった。
ハッハッと過呼吸気味に荒くなる。目の前がチカチカ爆ぜる。そんな中、何故か私は右手を火の玉に翳していた。
『 き え ろ 』
無意識的に、今まで持ったことのないほどの殺気をその火の玉にぶつけていた。
……その後? 普通の人なら死ぬだろうほどの衝撃が私の体を襲ってきて、そのまま意識が飛んだよ。




