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ヤンデレ皇女と最弱ヴァンパイアと千年の恋  作者: 朽木昴


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最弱への道 その二

「いたいけな少女を狙うとは不届き者だな。恥すら知らぬ愚か者ども、この俺が無へと帰してやろう」

 ミシェルの乱入に盗賊たちは息を呑む。視線が交差しただけで、鋭い殺気に全身が硬直した。だがすぐ我に返り、武器を握り直し臨戦態勢へと舵を切り替えた。

 周囲をざわつかせる盗賊たちの咆哮。夜の静寂を打ち消し、盗賊たちはミシェルめがけて襲いかかった。

 魔法と矢が容赦なく空を舞う。

 稲妻が天より落ち、氷の散弾と火球で追い討ちをかける。

 砂埃が舞い上がり、ミシェルの姿は見えなくなった。

「なんだ、大したことねぇじゃねぇか。野郎ども、さっさと皇女を攫っちまうぞ」

 盗賊たちは雄叫びとともにアリスへと近づく。しかし、一歩踏み出した瞬間、砂埃を蹴散らし黒い影が獣のように姿を現した。

 何が起きたのか理解する間もなく、女性のエルフと男のドワーフは瞬殺された。ミシェルの右手から滴る血──それが全ての結果だった。

 盗賊たちに戦慄が走る。殺意のこもった瞳に、体の自由は奪われてしまう。心の奥から湧き上がる真の恐怖。静寂が支配し、凍りついた世界は盗賊たちを無慈悲に飲み込んだ。

 そこから時間の流れは一気に加速した。

 目にも映らぬ速度で命を奪われる盗賊たち。

 傀儡師を失った操り人形のように倒れていく。

 ただ呆然と立ちすくみ、自らの運命を静かに受け入れた。

「大丈夫かい、お嬢ちゃん?」

「危ないところを助けていただき、心から感謝いたしますわ」

「見たところ、どこかの令嬢と見受けるが」

「はい。わたくしはジュルニア帝国の第一皇女、ヴァルキュリア・アリス。護衛の者たちは──全員殺されてしまいましたの」

 悲しげな表情を浮かべるアリス。幼いが皇女としての矜恃を保ち、涙を必死に堪えていた。

「どこへ向かう予定だったのだ?」

「帝都イスタンバルへ戻るところでした。そうですわ、わたくしの護衛になってくれませんか? もちろんお礼はいたします。えっと……お名前は──」

「護衛の件は問題ない。俺はバミール・ミシェル。こう見えてヴァンパイアなんだ」

 珍しい種族にもアリスは全く動じない。ヴァンパイア──皇族に伝わる伝承にも登場する存在。恐怖よりも、むしろ親近感が胸に広がる。

 ヴァンパイアを護衛にする際の契約の義。

 絶対に守らなければならぬという古い契りを胸に、アリスは純粋な心で儀式を行使した。


「では、習わしに従い契約の義を執り行いますわ」

 意味深な発言に、ミシェルは違和感を覚える。だが気のせいだと自分に言い聞かせ、短く息を吐く。静寂だけが漂い、ふたりを見守っていた。

「古より伝わりし、不浄なる契り。汝と交わり、悠久の時を歩まん。我が血を捧げ己の力とすべし。不変なる心を、今ひとつにせよ」

 アリスの口から紡がれる言葉が、黒い光を呼び寄せる。ふたりを包み、見えない紐で結びつけた。

 ミシェルの体が眩い光に包まれる。

 幻想的で見とれるほどの可憐さ。

 アリスにも何が起こるのか予想できない。

 光は、一瞬のようで永遠にも感じられる時間の後、何事もなかったようにひっそり消えた。

「これは何が起きたんです? ……僕の話し方が変ですし。それより、魔力が全然感じられませんよ」

「安心していいですわ、ミシェル。わたくしの血を吸えば、一時的に力は戻りますの。これからよろしくね?」

 幼いはずのアリスが大人びたよう。瞳は独占欲に支配され、純粋さは影も形も消え失せる。不自然な可愛い笑顔は、ミシェルの心を虜にしてしまった。


「そうだったのね。道理で探すのに苦労したわけだね」

「リアさんは、なぜ僕を探してたんでしょう?」

「秘密よ、今は言えないけど。それにしても、私が使う予定だった秘術を、先に使われたのは予想外だったかな」

 悔しさが全身に充満するも、表には一切出さなかった。

 この程度の障害は乗り越えてみせる。不変なる愛を胸に秘め、リアは諦めるという言葉を静かに捨てた。

「そうですか、わかりました。でも、そのあと、何か言いませんでした?」

「きっとそれは空耳だよ。さて、そろそろ戻らないと朝になっちゃうね」

 少なくともふたりきりで話せた。それだけでリアの機嫌は天井知らず。一度も振り返る事なく、自分のベッドへ戻っていった。


 朝日が眩しい。心地よい目覚めは食欲を唆る匂いのおかげ。ミシェルはベッドから起き上がり、旭光を体内に取り込む。

「おはようございます、アリス様。それにしましても、美味しそうな料理ですね」

「ミシェル、おはようですわ。わたくしが愛を込めていますからね」

「料理も得意だとは知りませんでしたよ」

「わたくしに出来ないものなんてありませんわ」

 光輝のような笑顔を見せるアリス。変哲のない日常に今は確かな幸せを感じる。城とは違い自由な生活。嫌いではなかったが息苦しかった。

 ミシェルと出会ってから、世界の色は鮮やかに変わる。閉ざされていた心に、新鮮な風が流れ込んだ。

「僕も何か手伝いましょうか?」

「大丈夫よ、ミシェル。これはわたくしの愛の証。ですから、楽しみにしててくださいね?」

「へぇー、アリスちゃんは料理できるんだ」

 幸せな時間を壊す破壊神、リアの登場。音もなく妖光をまとい、アリスとミシェルの間に割って入った。

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