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ヤンデレ皇女と最弱ヴァンパイアと千年の恋  作者: 朽木昴


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8/50

最弱への道 その一

 波乱の初日は無事に終了。ミシェル達はシャワーと夕食で疲れきった身体を癒す。後は睡眠さえ取れば完璧。2階と3階にある寝床へと向かっていく。

 ミシェルと同じ部屋で寝るのはアリス。問答無用の店主特権を使う。リアからの反論があると思いきや、怖いほど素直に3階へ姿を消した。

 違和感を覚えるも今は安心するべき。

 天井から聞こえる軋む音に勝利の笑顔を浮かべた。

「やっと見つけたよ、ミシェルさん。あの時は邪魔がはいったけど、今度こそ私の愛を捧げるから」

 ここにたどり着くまで長かった。世界をたったひとりで歩き回る。時間の感覚はとうの昔に忘れてしまった。

 何年経とうとも色褪せぬ想い。

 気持ちは不変なものとして存在し続ける。

 悠久より溜まりしものは、今にも溢れ出しそうであった。

「そろそろいい頃合いだよね。皇女様も今頃は夢の中だと思うし」

 ベッドからゆっくり起き上がるリア。音を立てぬよう慎重に歩き出す。一歩、また一歩と忍びよるように階段を降りていく。

 寝静まった寝床に月明かりが差し込む。幻想的なその光は再会を喜んでいるかのよう。リアは愛しき者が眠るベッドへと歩み寄った。

「ミシェルさん、ミシェルさん。起きてくれないかな?」

 耳元でそっと囁くリア。ミシェルの匂いが懐かしく胸をくすぐる。柔らかそうな唇は吸い込まれそうなほど美しい。

 理性の糸が今にも切れそう。

 欲望に抗いながら、ミシェルが目を覚ますのを待っていた。

「誰、ですか?」

「私だよ、ミシェルさん」

「リアさん……? こんな遅くにどうしたんでしょうか?」

「静かに。アリスちゃんが起きちゃうから」

 リアの人差し指がミシェルの唇に触れる。触れた指先から伝わる体温に、胸の鼓動はより一層高鳴った。この瞬間をどれだけ待ち焦がれたか。緊張が最高潮に達し、逸る気持ちを懸命に抑え込んだ。

「ちょっとでいいんだ。ほんの少しだけお話できないかな?」

 震える声は年月の長さの現れ。

 それこそ初めてミシェルと出会った時と同じ。

 頭の中で鮮明に蘇り、リアの心を大きく揺らがした。

「うん、いいですよ。では外に行きましょうか」

 リアは小さく頷きミシェルの服を恥ずかしげに掴む。俯いたまま部屋から出ていく。外では満天の星空がふたりを出迎える。

 話したい内容は山ほどあった。

 月光に照らされ、頭の中は真っ白になって言葉が浮かんでこない。

 それでもリアは僅かな勇気を振り絞った。

「あの、ミシェルさん。こうして会えるのを私はずっと待ち続けたの」

「僕とリアさんって、昨日が初対面ですよね? なのにどうして……」

 肌寒い月夜の晩に吹く暖かい風。リアの長い銀髪が月光に照らされ揺れる。その姿はまるで姮娥のように神秘的で、円月の光が静かにリアを包み込む。

 心の奥深くまで浸透する美しさ。

 ミシェルの記憶が微かに反応。

 知らないはずが、以前から知っているような錯覚に陥った。

「乙女には秘密がつきものよ?」

 リアは薄暗い夜に溶け込むように撓垂れ掛かる。ミシェルの鼓動が聞こえ、心地良さにその身を預けた。この感覚は何年振りだろうか。あの日と同じ名月が空に浮かんでいた。

「私ね、疑問だったんだ。最強だったミシェルさんが、どうしてアリスちゃんと一緒にいるのか。眩しすぎて闇夜を照らす光だったのに」

「まるで僕の過去を知っているようで不思議ですね。確かにリアさんの言う通り、以前は最強と名乗っても恥ずべきではなかったんです」

「以前ということは、今のミシェルさんは?」

「最弱のヴァンパイアって呼ばれる方がしっくりきます」

 聞くまでもなく確信していた。以前に感じていた重圧は微塵もなかったから。だがミシェルの口から直接伝えられると、リアの心に冷たい風が吹きつける。

 胸の奥にふたりで過ごした記憶が蘇る。

 全身を駆け巡る切なさは夏の夜の風のよう。

 それでも、ミシェルに対する想いは変わらなかった。

「なぜなの? ミシェルさんが最弱と呼ばれるようになったのかな? 話したくなければ、これ以上は追求しないけど」

「5年前の出来事が原因です。でも勘違いしないでください。僕は後悔なんてしてませんから」

 息を飲むリア。わずか数年前に何があったのか。最強から最弱へと落ちるなんて普通では考えられない。

 鼓動が激しくなる中、ミシェルの瞳がゆっくり閉じる。静寂が一瞬だけ場を支配。重い口が開き、その理由を重みのある声で静かに語り出した。


 愛とはなんだろうか。常闇の国を去って数百年。ミシェルは世界中を旅し、様々な愛の形を見てきた。

 溺愛、一方通行、略奪──愛は心を惑わし狂気へと変える。ならば、愛などいらないのかもしれない。ミシェルの中でひとつの結論が静かに、そして確かな形を成し始めた。

「愛と狂気は表裏一体なのかもしれない。もしアーデルハイドを愛してしまったら、この俺も狂気に喰われてしまうのだろうか」

 最強でありながら恐怖を抱くミシェル。変わらないとは断言できない。自分が自分でなくなるのは不安。負のスパイラルへと迷い込み、底の見えぬ深淵へと堕ちていった。

「あのふたりもそうだった。愛ゆえの暴走──狂気に取り憑かれ、戦いにまで発展したからな」

 光すら届かぬ世界。出口どころか進む道すら見えない。永遠に彷徨うしかないのか。諦めかけていた時、助けを求める少女の声がミシェルの耳に届く。

 導かれるように声の方へ走り出すミシェル。無我夢中で引き寄せられるように。森林を駆け抜ける速度は風すら追いつけぬほど。枝葉が裂け、足音が遅れて聞こえる。

 整備された道路へ出ると、盗賊に襲われる高貴な装いの少女が瞳に映った。獣人や人種、エルフにドワーフ──周囲を取り囲む盗賊たちは数え切れぬほどだった。

 今まさに襲いかかる瞬間。

 ミシェルは迷わず、間に割って入った。

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