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ヤンデレ皇女と最弱ヴァンパイアと千年の恋  作者: 朽木昴


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7/50

偶然?必然?モテるヴァンパイアの苦悩

「あら、お早いおかえりで──」

 明るい声が段々と暗くなる。目の前に広がる信じられない光景。見知らぬ女性を抱えるミシェルに、アリスの顔は乾いた笑顔へ変化。今までにはない反応は周囲を極寒の地へ誘う。


 この短時間で何があったのか。

 いくら頭を回転させても答えが出ない。

 感情は不安定へと落ち、秘めたるもうひとりの自分が姿を現した。


「へぇー、そういうことだったんですね。わたくしを放ったらかし、別の女性といちゃついてたわけね」

「何か誤解をされていると思うんですけど。僕は女性が倒れてたので助けようと……」

「ミシェルさん、もう隠し通せないよ。この際、本当のことを言おう? 私はユーネイド・リアと申します。リアと呼んでね」

 弁明するミシェルを遮り、火に油を注ぐリア。まさに一瞬で修羅場を作り出す。ミシェルの首に手を回し、アリスに挑戦的な視線を送った。

「あの、リアさん。どうして僕の名前を知ってるんです?」

「細かいことを気にしてはいけないよ」

「リアさん──でしたわよね? どうしてミシェルと一緒にいるのかしら」

「話すと長いんですけど。路銀が底を尽き、行き倒れてたところをミシェルさんに助けて貰ったんだよ」

 悪気のないリアの言葉。アリスの感情を逆撫で、性格の表と裏が逆転してしまう。瞳は淀みきり光さえも飲み込むほど。深淵よりも暗く冷たい反撃へと転じた。

「そうですか、そうですか。つまり、ミシェルの優しさに漬け込んだ、というわけですわね。でも安心していいわよ。わたくしが悪魔の使徒から解放してあげるから」

 アリスは静かに鞘から剣を抜いてみせた。

 異様な雰囲気が周囲に充満。一刻も早く止めなければ大惨事となってしまう。

 最善の一手を模索するミシェル。まずはアリスの機嫌が急降下した理由を探り出す。チラシ配りの途中で帰還したのが原因か。

 いや、違う。あの時感じた虚しさと同じかもしれない。答えにたどり着こうとした瞬間、アリスの鋭い刃が襲いかかってくる。ミシェルは咄嗟の判断でリアを庇った。

 風を切り裂くアリスの剣さばきが背中に傷を負わせる。

 決して軽くはなく致命的。赤い血が空中へ飛び散り、幻想的な絵を描いた。

「危ないですよ、アリス皇女。僕でなかったら死んでましたから」

「ミシェル、どうしてリアなんて庇ったのかしら? わたくしはミシェルを誑かす悪女を始末しようとしただけですのに」

「だ、誰が悪女なんですかっ!」

 アリスは悪びれた様子を全く見せない。リアの叫び声すら無視。それどころか悪意ある冷たい視線を向ける。

 普通ならこの重圧に押し潰されるもの。だがリアは一切動じず、逆に対抗心を燃やすほど。見えない火花が飛び交い、まさに一触即発だった。

「だいたい、ジュルニア帝国の皇女がどうして中立都市にいるのよっ」

「この完璧な変装を見破るなんて。只者ではないようですね」

「だって、ミシェルさんがアリス皇女って言ってたから……」

 呼び名で露呈するとは本末転倒。怒りの炎は羞恥心と変化し、アリスの顔から勢いよく飛び出した。


 負けを認めるしかないのか。

 否、敗北はありえない。

 せめて一矢報いようと反撃の狼煙を上げた。


「これはアナタを試しただけですわ。ミシェル、これからはわたくしをアリスと呼びなさいね」

「御意。ではアリス様と呼ばさせていただきます」

「それでいいわ。でもね、いつまで悪女をお姫様抱っこしてるつもりかしら? さっさとゴミ捨て場にでも置いてきなさい」

 愛の巣に邪魔なリアをゴミ扱い。これが今のアリスには精一杯の仕返し。激しく乱された思考では、聡明な頭脳が機能しなかった。

 これ以上はアリスの恥を晒すだけ。

 ミシェルはリアを優しく大地へ下ろした。

「アリス様、さすがにそれは出来ません。それに、この商売はひと助けじゃないですか」

「そ、そうですわね。たとえ悪女だろうと、助けるのが仕事ですわね。さすがわたくしのミシェル。優しいですこと」

 ひとまず混乱は収拾。

 血で血を争う戦いは免れた。

「それで、悪女は何を助けて欲しいのかしら?」

「んー、そうだなー。よし、私を雇ってくれない? 路銀もなくて困ってるんだっ」

「却下に決まってますわ」

 即答だった。ミシェルに纏わりつく害虫は排除するのみ。アリスに雇うという選択肢はない。視線すら合わせずリアを追い払う。

 心の奥に湧く警戒心。

 嫉妬という魔物が拒絶反応を起こした。

「そうなんだっ。でもいいのかなー? 私って口が軽いの。だから、ジュルニア帝国の皇女様が商売してるって言いふらすかもよ?」

「人質を取るなんて卑怯ですわ」

「人質なんて取ってないよ。ただ、依頼人を無下に扱うアリス皇女様って噂を広めるだけだもん」

 リアのカウンターが見事に決まる。形勢は完全に逆転。アリスは窮地へと追い込まれた。


 このままではせっかくの商売が台無し。

 だがリアを黙らせる一手が思い浮かばない。

 屈辱と商売繁盛を天秤にかけるアリス。

 考えるまでもなく、答えは出ていた。


「仕方ありませんわ。不本意ですが悪女を雇いましょう」

「やりましたよ、ミシェルさん。私との駆け落ちが認められたよっ!」

「よろしくお願いします。リアさん」

「調子に乗らないようにね? 悪女リアさん」

 ミシェルに抱きつくリアを強引に引き剥がす。笑顔の裏に隠された激しい怒り。アリスは表に出ないよう必死に抑えつけた。

 イレギュラーこそあったが、A&Mヴィーナは無事にオープン。アリスはミシェルともに店番し、チラシ配りをリアに押しつける。

 これぞ店主ならではの特権。

 負けたままでは終われない。

 刻まれた痛みは取れないが、せめてもの反撃だった。

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