新たなる刺客が現れる.....かも
「さて、内装はだいぶ片付きましたわ」
「アリス皇女のセンスは抜群です。僕ではこんな発想できませんから」
「いいのよ、ミシェル。アナタは傍にいてくれるだけでいいのですわ。たとえ内装の足を引っ張ったとしてもね?」
実際問題、アリスが3進めるとミシェルが2つ戻す。この繰り返しでようやく内装が完成。嫌悪感は全くなく、むしろ一緒に作業できるのが嬉しい。
まさに愛の共同作業。
妄想は果てしなく膨らむ。
幸福の沼にハマり抜け出せなくなってしまった。
「お店の名前は考えてあるのでしょうか?」
「そうですわねー、何かいい名前は──」
真っ先に浮かび上がったのは愛の巣。さすがに羞恥心が湧き上がり、忘却の彼方へと消し去る。文字として残せば一生の恥となるに違いない。冷静さを取り戻し、アリスは自らの欲望から逃げ切った。
「A&Mヴィーナ、にしようかと思ってますの」
「素晴らしい名前ではないですか。アリス皇女はネーミングセンスも逸脱してますね」
逃げ切ったはずの欲望が僅かに侵食。何気なく混ぜたイニシャルが、間接的な愛の巣を作り出す。完璧な愛の表現にアリスは大満足していた。
きっと気づく者はいないだろう。
自分だけが知る小さな幸せ。
心の奥がくすぐったかった。
「ところでアリス皇女。僕は気づいてしまったんですけど」
ミシェルのひと言がアリスの精神にダメージを与えた。
普段なら気づかないのが当たり前。この日に限って鋭いのは反則に近い。もし本当の意味を知られたら──きっと悶絶すること間違いなかった。
「え、えっと、ミシェルは何を気づいたのかしら?」
振り絞った勇気で、アリスは真実への扉を開いた。
「アリス皇女はジュルニア帝国の第一皇女。ですから、中立都市とはいえ、そのままのお姿ではまずいと思うのです」
「そ、そうですわね。ミシェルの言う通りですわ」
ポンコツに助けられた。だがミシェルの助言は正しい。アリスは滑らかな髪を束ね、伊達メガネで変装してみせた。
「これでどうかしら? 変……じゃないですよね?」
「はい、これでアリス皇女だと見破られないでしょう」
褒めたはずのミシェルの言葉。赤く染ったアリスの顔を闇堕ちへと引きずり込む。求めていた答えとは違う。心の中で叫ぶもミシェルには届かない。
眠れる負の感情が増大していく。
怨念とも言える呪詛が外へ飛び出した。
「そう……。変装したわたくしは可愛くないと。傍にいられると迷惑だと言うのですわね。いいのですよ、わたくしはミシェルさえ幸せならば満足なのですわ」
地雷を踏んだ。ミシェルは瞬時に状況を理解する。思考をフル回転させ、奈落の底から引っ張り出すひとことを模索。時間をかけてはダメ。精神的に追い込まれながらも、焦らず正しい答えにたどり着こうとした。
変装の完璧さを褒めるのは禁句なのか。
アリスは別の答えを求めているはず。
暗闇の中で見つけた一筋の光。
自分が求める答えと重なっていたように見えた。
「──ます。アリス皇女は僕の心に光を与えてくれます。闇の世界を照らす暖かい光。それが今のアリス皇女です」
偽りのない素直な気持ち。今言える精一杯の声。自らの疑問に答えが出ていないもほんの少しだけ近づけた。ミシェルはそう思っていた。
「そんな恥ずかしいですわ。わたくし、嬉しくて涙が出てしまいそうよ」
アリスを取り巻いていた漆黒は霧散した。
爽やかな青空に包まれ気分は最高潮。小躍りするほどの喜び。城では味わえなかった感情に支配された。
「そうですわ、ミシェル。お願いがあるんですけど、いいかしら?」
「僕に出来ることならなんでもしますよ」
「ありがとうですわ。ではこのチラシを配って欲しいの」
手渡された分厚い紙の束。書かれている文字からお店の宣伝用だと分かる。笑顔で受け取るとミシェルは小さく頷いた。
「では、このお店を宣伝してまいりますね」
「よろしくお願いしますわ」
ひとりでの行動は久しぶり。決して初めてでないはず。それなのに──胸には大きな穴が出来上がった。
隣がこんなにも寂しく感じる。
なぜなのか。
今のミシェルは上の空だった。
どれくらい時間が経過したのか。ミシェルの周囲には女性達で溢れかえる。身動きすら取れなく、チラシを配るのが精一杯。黄色い声援が飛び交う中、ミシェルの瞳にひとりの女性が映り込む。
道端で倒れ込んでいる女性。
とても放って置ける状況ではない。
ミシェルは群衆をかき分け、その女性へと近づいた。
「あの、大丈夫でしょうか?」
「残念ですけど、もうダメみたいです」
「諦めないでください。僕がなんとかしますから」
女性を優しく抱えあげるミシェル。ひとまずお店へと運ぼうと考えた。自分の知らない未知の病気という可能性もある。チラシ配りを後回しにし、アリスの待つお店へと急いだ。




