愛の内乱勃発
「グリトニア王国の軍が急に撤退したので、様子を見に来てみれば……。どういう状況なのか、ミシェル様、私に説明してください」
「アーデルハイド、いいところに来てくれた。実は──」
ミシェルから説明を受け、アーデルハイドは作戦が成功したと理解した。これでアリス奪還作戦は無事に終了。ミシェルの役に立てたのが嬉しかった。
「そうだったんですね。ではミシェル様、約束通り常闇の国へ戻りましょうか」
アーデルハイドは常闇の国を一刻も早く平和な国へと戻したかった。そのために協力しただけ。アリスの魔法が解けたのなら、問題なく連れて帰れると思っていた。
「そんなのダメに決まってますわ。ミシェルは、わたくしだけのものよ」
「妾はミシェルについて行くだけじゃ。さぁ、早く出発しようぞ」
「カーラ! アナタはミシェルを諦める約束でしたよね?」
アリスの怒りがあちこちに飛び火する。せっかく、ミシェルと愛の巣へ帰れると思いきや、アーデルハイドに阻まれ、しかもカーリアには約束まで反故にされた。
怒りのボルテージはすでに臨界点を突破。
無言でミシェルを鋭く睨み、不機嫌そうな顔を見せる。
円満に終わるはずが場は混沌へと落ちていった。
「約束したのはカーラとじゃ。そもそも今の妾はカーリアだしの」
「そんなの屁理屈ですわ」
「まさか、ジュルニア帝国の皇女は約束を破るつもりかい? 皇族の威信に関わると思うがの」
カーリアの罠にハマり、アリスは何も言い返せなかった。約束したのは確かにカーラであり、カーリアとではない。
悔しいがアリスの完全敗北。
素直に負けを認めざるを得なかった。
「わかりましたわ。もう、それでいいですわ。でも常闇の国へは絶対に行かせませんからね」
これだけは何があっても譲れない。一度でも許せば、ミシェルはきっと戻って来ないであろう。
二度とミシェルとは離れたくない。
アーデルハイドには悪いと思うも、ミシェルを独占したい気持ちで一杯。
どんな手段を使ったとしても止めようとしていた。
「わたくしは常闇の国へ行きませんし。ミシェルも行きたくありませんわよね?」
「えっと僕は──って、あれ、元の最弱ヴァンパイアに戻っちゃってますね。いつもより長い時間だったので、戻らないと思ってました」
「これは好都合ですわ。今のミシェルはポンコツで最弱。常闇の国へ戻ったところで役立たずですわ」
ミシェルを常闇の国へ行かせないためとはいえ、言葉の節々に悪意を感じる。アリスにはその気がなくても、ミシェルの心は深く傷ついてしまう。
真実には違いないが、直接言われると心が奈落へと落ちる。
ミシェルひとりでは何も出来ない無能。
アリスがいてこそ、初めて本当のミシェルが存在するのだ。
「アリスちゃん、さすがにそれは酷すぎるよ。ほら、ミシェルさん、私が慰めてあげるね」
リアが優しくミシェルの頭を撫で慰める。ライバルがひしめく中、自らの欲望を満たし満足。時間が永遠に止まればいいと思うも、その夢は儚くも強制的に阻止された。
「まったく、油断も隙もあったもんじゃない。ミシェルを慰めるのは妾の役目。最強だろうと最弱ポンコツだろうと、妾は決して見捨てたりせんぞ」
ミシェルをリアから強引に奪い取り、溜まりに溜まった愛情を堪能するカーリア。憎しみに囚われていた姿はなく、ミシェルという快楽に溺れる。
この瞬間をどれほど待ち望んだことだか。
千年という時間は果てしなく長い。
あの時ユリアに負けていなければ、この千年はミシェルとずっと一緒だったはず。
今こそ味わえなかった時間を、思う存分堪能しようとしていた。
「カーラ! なんで私からミシェルさんを奪うの? だいたいさ、ミシェルさんはカーラよりも、私の方がいいに決まってるもん」
「何を血迷っているのじゃ? 無能なユリアに慰められても仕方あるまい。千年前はともかく、先ほどの勝負は妾の勝ちじゃからの」
カーリアの挑発がリアの心に火をつけた。ミシェルと再会するために転生したものの、その力は以前より遥かに劣る。知識こそ変わらないが、魔力の総量は圧倒的に少ない。
どうすれば今のカーラに勝てるのか。
力づくでは絶対に無理。
ならば言葉で勝つしか道は残されていなかった。




