戦争の終結
「落ち着いてくれ、リアさん。目的はアリス様の奪還と戦争を止めること。今しているのは、戦争を止める寸前なのだ」
「なるほどー。カーラは機巧兵器を引かせるのかな?」
「もちろんじゃ。ミシェルの頼みは断れぬからな。だが、偽りの歴史だけは変えて貰わぬとな」
カーリアは通信装置で機巧兵器の撤退を伝えた。これで残る問題は歴史の改ざんのみ。だがこれこそが一番厄介とも言えた。
「私もそうしたいんだけどさ。これにはアリスちゃんの協力が必要なんだよねっ」
「ならば俺がアリス様を連れてこよう」
ミシェルがアリスを連れて来たのは数分後だった。
「事情はミシェルから聞きましたわ。歴史の改ざんを元に戻すのはかまいません。ただし条件がありますの」
灰色の瞳は天災の前触れ。ミシェルの中に不吉の文字が湧き上がる。アリスから提示される条件が何か。ミシェルは固唾を飲んで見守っていた。
「ミシェルはわたくしのもの。ですから、カーラはミシェルを諦めてちょうだい。千年前のことなんだし時効よ。もし断るなら──地の果てまで追いかけて八つ裂きにしますから」
立場が上なアリスは、このチャンスでライバルを蹴落としにかかる。愛しきミシェルに近づく女は容赦しない。これでひとり脱落──アリスの口元が怪しく微笑んだ。
「そうきたか。妾からミシェルを奪うと」
「イヤなら断っていいですわ」
カーリアに選択肢はない。力で負けるとは思えないが、それこそミシェルに嫌われてしまう。だがこのまま引き下がるのも、プライドが許さない。
平和的な反撃方法は何かないのか。
思考を張り巡らせ、千年の記憶へと潜り込む。
見つけたのは煌めくパパラチアサファイアという宝石。サファイアの中でも一番美しく、今のカーリアの気持ちと同じ意味を持つ。
閃光が駆け抜け、この難解な問題の解を導き出した。
「イヤではない。このカーラ、ミシェルを諦めるぞ。ちゃんと、カーラが約束したからの」
「素直なひとは好きですわ。これで残るは──」
不穏なアリスの視線はリアへと向けられた。
「わ、私!? アリスちゃん、私はアリスちゃんを助けたんだよっ」
「そうでしたわね。カーラに無様に負けた、なんてことはありませんわよね。しかもミシェルに助けられるなんてね?」
「え、えっと、その……。カーラと戦う前はちゃんと活躍してたしっ。そうだよねっ、ミシェルさん」
リアはすかさずミシェルに助け舟を求める。しかしだ、アリスがそれを許すはずがない。予想の範囲内であり、リアの行動を阻止する一手を放った。
「ミシェル、わたくしはアナタに助けられましたの。まさか、わたくし以外の女の手を借りたのかしら?」
「それはだな。なんというか……」
アリスの圧力は最強の王ですら萎縮させる。本当の事を話したいが、言葉が喉元を通過してくれない。見えない力に押し戻され、体の深奥へと戻ってしまう。
リアには牢獄から助けてもらった。その話を伝えればリアの命が危険にさらされるのは明確。真実は時として不幸を招く可能性もある。最悪の事態が頭を過り、ミシェルは抗うのをやめた。
「まさか、そんなことないさ。アリス様を助けるため、他の女に──」
罪悪感よりもリアの命の方が大切。責められる覚悟でウソを突き通すと決めた。
「そんなー。ミシェルさーん、私の活躍をなかったことにするのー?」
「これもリアさんのためなんだ。わかってくれ」
訳ありだとリアはすぐに察した。きっと何か深い理由があるに違いない。リアはミシェルを信じる事にした。
「私はミシェルさんを信頼してるからねっ」
わざとなのか、ミシェルにアイコンタクトを飛ばすリア。当然ながらその仕草をアリスが見逃すはずもなく。鞘から剣を取り出し、笑顔のままリアに斬りかかった。
「ちょっと、アリスちゃん! 避けなかったら確実に死んでたんだけどっ」
「大丈夫ですわ、苦しまないよう一撃で仕留めますから」
「待って、お願いだから落ち着こうよ?」
「わたくしは冷静ですわ。ミシェルに付き纏う虫を殺すだけですよ」
アリスの暴走は誰にも止められない。カーリアはもちろん、ミシェルでさえ静観するだけ。リアが必死に逃げ回っていると、何かにぶつかり地面へ倒れ込んでしまった。




