最近の王の帰還
「どうやら間に合ったようだな。俺が来たからには安心していい」
「ミシェルさん……。アリスちゃんを無事に助けたんだね」
「あぁ、今は安全な場所にいるがな。さてと……」
優しい瞳でミシェルはカーリアを見つめる。カーラを追いかけたはずか、目の前にいるのは全くの別人。それどころか、ミシェルのよく知る者だった。
ユリアは転生しリアとないっているはず。
だがその瞳に映っているのはユリアそのもの。
混乱の森へ足を踏み入れるも、ミシェルはすぐに引き返した。
「カーラ……で合ってるよな。姿はユリアだが」
「妾はカーリアじゃ。カーラなどではない」
咄嗟に否定してしまうカーリア。理由は本人にも分からず、視線までも逸らすおまけつき。その一瞬をミシェルが見逃すわけもなく、すかさずカーリアへと詰め寄った。
「俺にはわかるぞ。たとえ、姿が違っていても、キミはカーラだ」
「だから妾は決して──」
「なぜ隠す? 俺の瞳を見ろ。もう一度言うぞ、キミは俺の知るカーラだよな?」
ミシェルの気迫に抗えなかった。身体を支配していた怒りは消え去り、内側から全身へと熱が伝わっていく。顔は真っ赤に染まり、その瞳は乙女そのものとなった。
見破られたのが純粋に嬉しい。
心は今にも爆発しそう。
千年振りのミシェルは、カーリアにとって特別な存在であった。
「み、ミシェルの言う通りじゃ。妾はカーラ。今はカーリアと名乗っているがの」
「また会えて俺は心底嬉しいぞ。ユリアとカーラの戦いは、俺にとって痛ましい出来事だったからな」
なぜ争う必要があったのか。止めたくても止められなかった自分を、ミシェルはずっと悔いていた。たとえ最強の力があろうとも、防げないものが存在する。
実に無力だった過去のミシェル。
理由は答えが明確になっていなかったから。
何も考えず力づくでなら止められただろう。
ただ、その先に何が待ち受けるのか。未知なる結果が静観という選択肢を選んだ。
「あれは、ユリアが悪いのじゃ。妾とミシェルの仲を引き裂こうと──」
「違うんだ、そうではないんだ。俺がすべて悪いのだ。あの時、こう言えばよかった」
「それはどのような言葉じゃ?」
カーリアは怯えながら、ミシェルが何を語るかを静かに待った。
「争いから愛は生まれない。この戦いは愛に狂ったが故のもの。だから今すぐに戦いをやめろ、と」
千年前の戦いが鮮明に蘇る。カーリアはもちろん、リアの頭の中にもだ。仮にふたりが戦わない世界線が存在したのなら。
ユリアとカーラがミシェルとともに旅を続けていた。
小さな衝突くらいあったかもしれない。
少なくとも、偽りの歴史として伝わり、カーラに憎しみが刻まれる事はなかったはず。
この悲劇を作ったのは間違いなくミシェル。責任はすべて自分にあり、ジュルニア帝国とグリトニア王国の戦争も、元を正せば千年前の行動が原因だった。
「すべては俺が王としての器が足りなかったからだ」
「そんな、そんなことはないのじゃ。ミシェルは妾の暴走を止めてくれた。魔族の国をも救ってくれたのじゃ。だから、悲しいことは言わないでほしい」
瞳に涙を浮かべ、カーリアはミシェルにしなだれかかる。千年越しの温もり、匂い、鼓動。それらはカーリアの中から復讐心を虚無へと返す。忘れていた穏やかな心を取り戻し、恋する乙女の顔になっていた。
「あのー、ミシェルさーん? 傷だらけの私は放ったらかして、どうしてカーラを抱きしめているのかなー?」
ふたりだけの世界を容赦なく破壊したのはリア。満面の笑みから畏怖の念か伝わってくる。怒っていないようで、怒っている。それも特大の怒りを感じた。
「い、いや、別に放っておいてるわけではない。カーラに機巧兵器を引いて貰おうと思ってな」
「そうですか、そうですかー。そのために、私を殺そうとしていたカーラを抱きしめた、と」
ミシェルの本能が危険だと告げてくる。この未曾有の危機を解決しなければ。過去と同じ過ちを繰り返さぬよう、ミシェルは言葉を慎重に選んだ。




