勝利はどちらの手に!?
「混沌より生まれし虚無の剣よ、妾が敵を討ち滅ぼさん。ソード・オブ・インフィニティー」
周囲を埋め尽くす無数の魔法陣。リアを取り囲むように出現する。カーリアが合図すると、一斉に瘴気を纏った剣が飛び出してきた。
回避は不可能だと瞬時に理解。となれば選択肢はティターニアの羽根で迎撃しるしかない。すぐさま反撃に打って出た。
羽根の数を遥かに上回る剣の数。
撃ち落としたのは僅か。
致命傷こそにはならなかったが、リアの体に多くの傷が刻まれた。
「今のは軽い挨拶じゃ。本当の恐怖はこれからだからの。積年の恨み、この程度ではないぞ」
「思ったよりやるね。ひょっとして、千年前よりも強いんじゃない?」
「当たり前じゃ。ミシェルへの愛、そして貴様への復讐心が妾を強者の頂きに達したのじゃ」
強気なリアだが、力の差はこの攻防で把握する。圧倒的に自分が不利──しかし、負けるわけには絶対にいかない。
相打ち覚悟と言いたいものの、それでは千年前の繰り返し。生き残ってカーリアを倒す。その方法はまだ不明のまま。それでも、この時代でミシェルともう一度会うため、リアは思考をフル回転させた。
「泣き言なんて言ってられないよ。私だって千年も待ったんだから。この程度の苦境なんて、必ず乗り越えてみせるんだからっ!」
止まっていては単なる的となるだけ。ならばスピード勝負へとリアは切り替える。ティターニアの速度を限界まで上げ、カーリアの周囲を飛び回った。
視認が不可能な速度。
細長い線としてしかカーリアの瞳には映らない。
的を絞らさなければ勝機はある。
攻撃の隙を窺いながら、リアは辛抱強くその瞬間が訪れるのを待った。
「見えた! このチャンス、絶対に見逃さないんだからっ」
カーリアの反応が一瞬だけ遅れ、そこを見逃さず全身全霊で斬りつけた。確かな手応えが手に残る。致命傷とまではいかずとも、確実にダメージを与えたと確信した。
「ちょっと浅かったかな。でも、確実に刃は届いたはず」
「おのれ、ユリアめ。妾の仮面を……許さぬ、絶対に許さぬぞ!」
ほんの少し欠けた仮面から除く瞳。見た瞬間にリアの全身を電流が走る。気のせいなんかでは決してない。心が、魂がそれを肯定してきた。
あの瞳は見覚えがある。
最近ではなく、遥かに遠い昔のこと。
違う、そうではない。見覚えとか、そういう問題ではない。
なぜなら、それはリアがよく知る瞳だったのだから。
「カーラ……。まさか、その体は……。そうだっだね。だから封印から逃れられたんだね」
「気づいたのか。ご推察の通りだ、ユリア。ミシェルと会うにはこうするしかなかった。この忌々しい体を使うしかな!」
仮面をカーリア自ら剥がし、その全容が陽光に照らされた。
リアの目の前にはあのひとそっくりの姿が。ジュルニア帝国に祀られている聖女ユリアの像。それと瓜二つの存在であり、他人の空似ではなく本物だと確信した。
封印の力から逃れるにはユリアの体を使うしかない。
憎い相手の姿になるのは屈辱だが、ミシェルの愛のためにと割り切る。
鏡を見る度に忌々しさが蘇り、その姿が映らないよう仮面をつけたのだ。
「自分を攻撃だなんて。でもそうしないと、ミシェルさんとは……」
「安心するといい。妾の本当の姿を見た以上、生かしておくわけないぞ」
憎しみの怒気がリアの体に伝わる。千年分の怨みが解放され、周囲を暗黒の世界へと誘う。どす黒い瘴気はリアを包み込み、肉体から自由を奪い去った。
金縛りにでもあったかのよう。
体が全く反応してくれない。
恐怖ではなく執念に囚われてしまった。
「体が動いてくれないよ。どうして……。このままだと、ミシェルさんと会えなくなっちゃう」
「これが暴走を完全に制御した妾の力じゃ。さぁ、おしゃべりは終わりじゃ。自らの過ちを悔いて死ぬがよい!」
絶望感がリアに牙を剥く。時間の流れが極限まで遅延。振り下ろされた大剣がゆっくりと迫ってきた。
容赦ない怨みの一撃が頭上からやってくる。
脳内に刻まれた死という言葉。
ミシェルの姿が走馬灯となり浮かぶ。
今まさに千年の想いに、決着の時が訪れようとしていた。
「さよなら、ユリア。ミシェルの愛は妾が頂くからの」
これは天罰なのだろうか。千年の間に開いた力の差。予想以上に大きく、絶望の鎖がリア自身の体を縛りつける。処刑台へと連行され、残りは刑の執行のみであった。
自らよ運命を受け入れるしかない──リアは覚悟を決めた。
周囲に響いたのは断末魔ではなく金属音。目の前で起きた現実が、リアとカーリアを驚かせる。禍々しい大剣は一本の黒刀によって防がれた。
だがそれよりも驚いたのは、幻でもないひとりの青年の姿であった。




