サイエンの断罪
「アリス様を泣かせた罪は重い。俺は絶対に貴様を許さない」
「お願いだ。もう二度とアリスには近づかないと誓うから。後生だから頼むよ……」
どう断罪すべきかミシェルは悩んだ。サイエンを殺すのは実に簡単なこと。だがそれは一瞬の痛みでしかなく、苦痛とは遠くかけ離れたもの。
その上、戦意なき者を手にかけるのも気が引ける。
かといって、サイエンの愚行は到底許される事ではない。
何が一番効果的か。最も屈辱をミシェルは真剣に考えていた。
「そうだな。貴様ごときの血で、俺の手を汚すのも考えものだ。だが何もお咎めなしというわけにはいかない」
「で、では俺様は何をすればいいんだ?」
顔面蒼白で震えながらサイエンは問いかけた。
「安心しろ。最高の罰を与えてやるからな。期待していていいぞ?」
ミシェルの顔は最高に恐ろしい笑みを浮かべる。王者としての威圧感が漂い、サイエンをさらに窮地へと追い詰めた。
どのような罰がくだされるのだろう。
想像しただけで身の毛がよだつ。
心の中では危惧の二文字が深く刻まれた。
「喜べ、偽りの強者よ。俺は貴様を生かすことにした」
「ほ、本当か!? さすが真の強者は器が違うな」
素直にミシェルの言葉を信じ、サイエンは喜びの境地に達する。死の崖っぷちから生還できたのは奇跡。心は爽快な青空が広がり、同時にミシェルの甘さに感謝した。
「ただし、俺流の生かせ方だがな」
含みのある言い方がサイエンに違和感を抱かせる。不穏な空気が体内で乱気流を起こし、漆黒の塊が全身を駆け抜けた。
氷結の世界へと迷い込むサイエン。異常すぎる冷気は悪寒を引き起こす。ミシェルの考えが未知であり、本音はその先に待ち受ける現実から逃げたかった。
「貴様には永遠の命を与えよう。ただし、痛覚は通常の数十倍だ。そして再生能力も付け加えてやる。それと──」
ミシェルが手を伸ばすと、サイエンから暗黒の瘴気が放出される。行き場の失った瘴気を体内に吸収し、ミシェルは自らの力へと変換した。
サイエンの体が萎み、以前よりも遥かに細くなる。それこそ少しの力を加えただけで折れそうなほど。やつれた肉体は見るに無惨なで、もはや別人と言っても過言ではなかった。
「俺様に何をしたんだ。この体はいったい……」
僅かに動くだけでサイエンに激痛が走る。いや、激痛という生優しいものではない。悶え苦しむたびに、地獄の連鎖が繰り返された。
断末魔に近い叫び声を上げるサイエン。
肉体が傷つくもすぐに再生される。
精神が壊れるほどの苦痛のスパイラル。
誰にも止められず、のたうち回り永遠と苦しみが続いた。
「貴様に死は優しすぎる。アリス様が受けた痛みを永遠に味わうといい」
「終わりましたのね、ミシェル。さすが、わたくしのミシェルですわ。この男──サイエンも、わたくしの苦しみを知ることでしょう。自業自得で同情する価値もありませんし」
過去のトラウマがアリスの中から消え去った。誰にも愛されず、利用されるだけの存在──その言葉がどれだけの傷を負わせたのか。
生まれ変わったような爽快な気分。ミシェルには感謝しもしきれない。忌々しい呪縛が解けアリスの顔は満面の笑みだった。
「ここにもう用はないな。アリス様、一刻も早くこの戦争を終わらせに行きましょう。恐らく、復活したカーラが裏で糸を引いているはず。俺が説得してみよう」
「あら、カーラには甘いのですわね? 昔の女に未練でもあるのかしら。わたくしよりも、カーラの方が大事、というわけですわね?」
トゲのあるアリスの言葉がミシェルを困らせた。
軽蔑ではなく嫉妬の眼差し。別の意味で瞳から光が消え、ミシェルの心に罪悪感を植え付ける。絶対強者の威厳もアリスの視線の前では無力。何かしらの言い訳をしようと、ミシェルは必死に思考を張り巡らせた。
「そ、そんなことはない。カーラとは古い知り合いだからだ。深い意味は決してないぞ? 本当だからな?」
「ふーん、強く否定するのが逆に怪しいですわね」
追求をやめないアリス。
もはやミシェルの威厳は地に落ちた。
視線を逸らし逃げるも、詰め寄るアリスに冷や汗が止まらない。
会話の主導権を取り返さなければ──焦る気持ちを抑え込み、ミシェルは起死回生の一撃を放った。
「アリス様、俺を信じてくれないか? 月に誓ってもいい。俺はアリス様にウソをつかないからな」
ミシェルはアリスの顎を軽く持ち上げる。煌めく瞳は幻想的で見る者の心を奪う。魔眼とでも言うべきか。見入る美しさに抗う術はなかった。
完全にミシェルの術中にハマるアリス。
胸の鼓動が激しくなり全身は火照り出す。
思考に白い霧がかかり、何も考えられなくなってしまった。
「あ、あの、ミシェル……? わたくし、その、なんと言いますか。こんなこと突然されたら……」
「それなら俺のこと、信じてくれるかい?」
「わ、わかりましたわ。ですから、少し離れてほしいのです」
普段なら気にしないはず。不意打ちというスパイスが、アリスから沈着冷静を奪い去る。心音は大きくなり、そして心地よい音色を奏でた。
ポンコツのミシェルなら、こういう事は一切しない。
本来のミシェルだからこそ、この行動に出ただけ。
そう言い聞かせ、アリスは冷静さを取り戻そうとしていた。
「話も纏まったことだし、リアを追いかけよう。きっとカーラといるはずだ」
小さく頷くアリス。ほのかに顔を赤く染め、ミシェルとともに悪夢の城から脱出した。




