最強の座はだれのものか
「強がるなよ、ヴァンパイアめ。俺様が貴様をこの世界から消滅させてやる!」
「アリス様、危険だから離れた物陰にいるんだ。三流とはいえ、巻き添いの可能性もあるからな」
優しいミシェルの声に、アリスはその場から離れた。
三流──その言葉はサイエンの闘志に火をつける。一撃で消し炭にしようと魔炎を纏った。温度が急上昇し床を瞬く間に溶かす。空気は呼吸するだけで痛みを感じる。
まさに灼熱地獄。サイエンの怒りが実体化しミシェルへ牙を剥く。立っているだけでも殺されそうな熱さ。しかしミシェルは、平然と何事もなくサイエンを見つめた。
「そのすまし顔、いつまでもつかな。常世に眠りし熾火よ、俺様の命令に従い、敵を焼き尽くせ。インフェルノ・デトネーション!」
真っ赤に燃え盛る炎がミシェルを直撃。壁や床は爆発の衝撃で盛大に吹き飛ぶ。荒れ狂う熱風によって周囲の景色は一変してしまった。
視界は爆炎でまだ遮られている。
それでもミシェルを葬ったと自負するサイエン。
高笑いながら完璧な勝利の余韻に浸った。
「やはり口だけだったな。所詮は蛮族よ、俺様の敵ではなかったな。これでアリスは俺だけのもの。誰にも渡さないぞ」
悪意に満ちた笑顔。そこに以前のサイエンは存在しない。心が闇に侵食され、本物の怪物と成り果てる。人間でありながら人間でなくなった瞬間。サイエンは悲観するどころか、歓喜の雄叫びを上げた。
無限に注ぎ込まれる最強の力。
爽快感がサイエンを支配する。
止まらない、止まるつもりもない。巨体をゆっくり動かし、サイエンはアリスのもとへ向かった。
「どうだ、アリス。これぞ最強の力。偽りの強さではなく本物のな。誰からも愛されない哀れな貴様を、この俺様が永遠に愛してやろう。この力さえあれば、望むものはなんでも手に入るぞ?」
傲慢さは少しも変わっていない。アリスの心にキズを蘇らせ、自らの傀儡にしようと迫る。威圧的な声は恐怖を生み出し、体の深奥から震え上がらせるものであった。
だがアリスは、動じるどころか冷静そのもの。冷ややかな視線でサイエンを見つめるだけ。そこに一切の感情はなく、凍てつく言葉を解き放った。
「わたくしはミシェルだけのもの。他の誰のものでもありませんわ。それに、まだ戦いは終わっていませんから」
アリスが指差す方向に視線を向けるサイエン。爆炎が薄まり、中から黒い影が見えてくる。決して幻影なんかではない。勝利の余韻は最果ての地へ消え去り、無尽蔵に黒いモヤが湧いてきた。
これは夢なのか。
いや、単に現実を受け止めたくないだけ。
鮮明になった景色は、サイエンの顔を引き攣らせた。
「バカな……。ありえぬ、こんなのは現実ではない!」
サイエンは声を荒らげ、自然と後ずさりしてしまった。
「火遊びは終わりか? つまらない余興だったな。それとも、これが貴様の全力か?」
あざ笑うミシェルの周囲は消し飛んでいる。ただ、ミシェルが立つ場所だけは元の形を維持。無傷──何も起こらなかったかの如く、悠然とその場からサイエンを見下した。
「違う、俺様の力は断じてこんなものではない!」
怒り狂ったサイエンがミシェルに襲いかかる。全身に魔炎を纏い、己の拳でミシェルを殴りつけた。
一方的な空の攻撃はただ虚しかった。
サイエンの拳は一度たりともミシェルには届かない。
避けているのではなく、サイエンがわざと外しているようにも見えた。
「なぜだ、なぜ俺様の拳が当たらないんだ!」
すでにサイエンの中から余裕は消えている。焦りと恐怖が入り交じり、思考を混沌へと落とし込む。絶望の闇に飲み込まれ、心は奈落の底へ一直線。
何が起きているのか理解できない。
慄然としながらも拳を振るい続けるサイエン。
もはや自分の行動が制御不能に陥ってしまった。
「クソが! 俺様は最強なんだぞ。これはきっと何かの間違いだ。そうだ、絶対そうに決まってる!」
一旦距離を取り、手に持ったのは鮮血の大鎌。灼熱の炎で包み込み、今度こそミシェルに死を刻みつけようとした。
全身全霊の一撃。ミシェル首筋を狙うも、刃は直前で停止する。どれほど力を込めても動かない。まるで見えない壁が立ちはだかっているようであった。
「どうしてだ、どうして俺様の攻撃が届かないんだ。ありえぬ、こんなこと、俺様は絶対に認めぬぞ!」
「愚かだな。偽りの最強など俺には通じない。さて、そろそろ飽きたぞ。それに済ませたい用事もあるからな」
凍界へと誘うミシェルの声。サイエンの心に深く染み渡り、自尊心をいとも簡単にへし折る。膝から崩れ落ち、戦意を完全に刈り取られた。
戦う意思はすでに残されていない。
目の前まで迫る死の恐怖がサイエンを惑わす。
最強が打ち砕かれ、精神的ダメージは計り知れなかった。
「た、頼む。頼むから命だけは取らないでくれ。俺様が悪かった。この通り謝るから」
惨め以外の何者でもない。満ち溢れていた自信は完全に崩壊。気がつけば床に頭を擦り付けるほどに。サイエンは必死に命乞いを求めた。




