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ヤンデレ皇女と最弱ヴァンパイアと千年の恋  作者: 朽木昴


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ミシェルの覚醒

「はぁ、はぁ。この程度で俺様が満足するものか。蛮族は這いつくばっていた方がお似合いだ」

 飛び散る血は徐々に多くなる。

 ミシェルの全身を激痛が走り、呻き声が僅かに漏れた。

 一方的なサイエンの攻撃を無抵抗に受け続けるミシェル。真っ赤な血は床だけでなく、純白のドレスを着るアリスにまで飛び散った。

「あ、アリス様……。僕はアナタを──」

 泣け無しの気力で振り絞った声。見上げるとミシェルの瞳にアリスの姿が映り込む。それはまるで人形のように一切動かなかった。

 柔肌にもついたミシェルの血。

 魔法陣に似た模様を描き出す。

 その瞬間、止まっていた時計の針がゆっくりと進み始める。漆黒に染まったアリスの瞳は輝きを取り戻し、白黒の景色が月光に照らされ鮮やかになっていく。

 部屋中を走り回るアリスの悲鳴。

 月明かりに導かれミシェルの傍まで駆け寄ると、機巧兵器を払い除けた。

「ミシェル、ミシェル、ミシェル! わたくしは知っていたのです。でも、ただ見ていることしか出来なくて……」

「大丈夫、僕は大丈夫ですから。アリス様に涙は似合いませんよ」

 震える手でミシェルはアリスの顔に優しく触れる。白い肌が赤く染まるも、アリスは全く気にしていない様子。それどころか逆に、ミシェルの手を暖かく包み込む。

 互いの体を行き来する温もり。

 懐かしさが全身に広がる。

 誰にも邪魔されない空間が形成され、ミシェルとアリスは再会を喜んだ。

「もぅ、ミシェルったら。わたくしより、ミシェルの方が重症ですわ。さぁ、わたくしの血を。そしてこの地獄からわたくしを救い出してくださいね?」

 ミシェルに寄り添うアリス。美しい首筋を差し出し、自らの血をミシェルへと捧げる。ふたり以外の時間は止まったまま。絶対領域の中は時間の経過速度は遅い。ミシェルはゆっくりとアリスの神聖な血を体内へと流し込んだ。

 体の内側から溢れ出す最強の力。

 アリスに奪われ、そして今まさに授かったもの。

 一心同体となりこの世界に再び降臨した。

「アリス様、このような茶番はお終いだ。くだらぬ戦争を止めに行くぞ」

「ま、待て! この俺様からアリスを奪うなど許さない!」

「人間の王子が俺を止められるとでも? それとも、戦争を止めてくれるのか? 少なくともアリス様は返して貰うぞ」

 漆黒の鎧は強者の証。気がつけば参列者は誰もいなくなる。いや、ミシェルの力に恐怖し、我先にと会場から消えたのだ。

「ふざけるな! 俺様は──」

「小僧と遊んでる暇はない。じゃあな、哀れな人間よ」

 サイエンを歯牙にもかけず、ミシェルはアリスとともに会場から去っていった。

「無視……だと。この俺様をコケにしやがって。機巧兵器ども、俺様と一緒に来い! あのミシェルを抹殺してやる。もはやカーリアの指示なんて関係ない」

 怒り狂ったサイエンは、機巧兵器とともにミシェルたちを追いかける。屈辱がプライドを粉砕し、精神的ダメージは計り知れない。だが、目の前で奪われた宝物を黙って見過ごせるわけもなく。


 せっかく手に入れた秘宝。

 誰にも渡すものか。

 心に湧き上がった烈火を自らの力へと変えた。


「待てと言ってるのが聞こえねーのか。おい機巧兵器、あのクソヴァンパイアを血祭りにあげろ!」

 ミシェルたちに追いつくや、機巧兵器に命令するサイエン。鬼の形相を見せるも余裕が全くない。剥き出しにした感情が機巧兵器へと乗り移った。

 サイエンの命令を受け、機巧兵器はミシェルに襲いかかる。その数、数十体ほど。圧縮した自然エネルギーで、ミシェルの肉体を消滅させようとした。

 その力は凄まじく、本来なら小さな街を壊滅できる。しかし、現実は残酷な結果をサイエンに見せた。

 一切振り向かず、ミシェルは片手で指を鳴らす。ただそれだけ、他には何もしていない。にも関わらずだ、機巧兵器は音もなくこの世界からその存在を消してしまった。

「バカな……。クソッ、クソッ、クソッ! 舐めやがって、絶対に許さねー。この俺様が引導を渡してやる」

 禍々しい瘴気に包まれるサイエン。筋肉が誇張し、ひと回り大きくなる。行き場のない怒りが拳に宿り、八つ当たりした柱をいとも簡単に粉砕した。

「その力……。どこかで見たことがあるな」

 異様な力にミシェルがようやく振り向く。その根源が何か見極めようと目を凝らす。確かに覚えがある力。古い記憶の中に深く刻まれている。

 遥か遠い昔に出会ったはず。

 引き出しをひとつずつ開けていくと、煌めきを放ち突如として目の前に現れた。

「そうか。その力はカーラのものと似ている。ユリア──いや、今はリアか、彼女の考えは正しかったようだ」

「ごちゃごちゃうるせーな。俺様の力にビビってるか? まぁ、それは仕方ねーよ。この力はカーリアとの契約で得たものだ。最強という俺様に相応しい力だからな!」

 人間離れした姿でサイエンは声を荒らげる。声のひとつひとつが周囲の空気を震わせた。まさに怪物──少なくとも外見はその言葉がよく似合う。

 常人なら押し潰されるほどの重圧。

 鋭い眼差しは極寒の地へ誘う力があった。

「ミシェル、気をつけて。今のサイエンは何かがおかしいわ」

「心配無用だ、アリス様。最強を履き違えた愚か者に、この俺が劣るわけなかろう」

 怪物に成り果てたサイエンにも、ミシェルは全く動じていない。それどころか王者としての風格を周囲に撒き散らす。威圧だけで周辺の壁や床が軋み悲鳴を上げる。

 初めてかもしれない怒りという感情。

 凍てつく世界が灼熱へと変わる。

 表情にこそ出ていないが、腸が煮えくり返っていた。

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