婚姻の儀を妨害せよ
暗黒の地下から脱出し、向かう先は婚姻の儀が執り行われる会場。時間がない中、機巧兵器を警戒する暇など存在しない。城内を疾走しあとは運任せ。
何度か機巧兵器と出くわすも、リアが精霊魔法で瞬殺。侵入したと気づかれずに済んだ。
「いったいアリス様はどこに……」
「ちょっと待って、ミシェルさん」
角を曲がろうとした途端、リアの力強い手によって引き戻されるミシェル。何も分からないまま口を塞がれ、強制的に声が封じ込められた。
唯一理解しているのはリアの鼓動。
背中に伝わる温もりが生々しい。
全身が熱くなり、思考は完全に停止してしまった。
「リアさん、いったい何を……」
ようやく絞り出した言葉。ひと言だけ放つのが、今のミシェルには限界だった。
「しーっ、静かにしてね。あの仮面の女……まさか」
リアの視線の先にいたひとりの女性。目を細め観察に集中していると、光り輝く宝石が体内で弾け飛ぶ。
間違いないと心の声が語りかけてくる。
記憶が深部から蘇り、リアの脳内を色鮮やかにした。
「カーリア様、ジュルニア帝国が押し返してきまして……」
「妾が授けた技術をか!? いったい何が起こっておるのじゃ。婚姻の儀がもうすぐだというのに」
「それが、ひとりのヴァンパイアに手も足もでないと報告がありまして」
「ヴァンパイア……か」
もしかしてミシェルではないか。
カーリアはそう思うもすぐに否定。
地下牢にいるミシェルが戦場にいるはずがない。
難しい顔を見せ、カーリアは苦渋の決断に踏み切った。
「仕方ない、妾がなんとかしようぞ。妾の計画を邪魔するなど絶対に許せぬ。ミシェルとの再会を阻むなど言語道断じゃ」
怒りを滲ませ、カーリアは戦場へと赴いていった。
「やっぱり封印から目覚めてたんだね。肉体は以前と違うみたいだけど」
「どうしたんですか? あの女の人に何かあるんです?」
「ミシェルさん、アリスちゃんは、あの女が来た方向にいるはずだよ。私は急用が出来たから、あとはよろしくね?」
理解が追いつかないミシェルを他所に、リアはカーリアのあとを追いかける。気づかれないよう、慎重な足取りでミシェルの前から姿を消した。
ひとり残されたミシェル。不安がないと言えばウソになる。だがアリスを救えるのは自分だけ。そう言い聞かせ、心に巣食った不安を葬り去った。
ここから先は機巧兵器に見つかれば即退場。
危険区域と化した城内は魔窟と変わらない。
それでも恐れずに、ミシェルはアリスの元へと急いだ。
「あのトビラ……。やけに大きいな。もしかして──」
眼前に現れた巨大なトビラ。豪華で頑丈な造りが、覚悟のない者を拒絶しているかのように見える。戦意すら刈り取るほどの力があった。
その先に何が待ち受けているのか。
勢いに任せて突撃すべきか悩む。
ミシェルは警戒しながら、トビラに聞き耳を立てた。
聞こえてくる微かな話し声。間違いない、この声を忘れるはずがない。確信を持ったミシェルは、禁断のトビラを力強く解放した。
「アリス様!? 婚姻の儀なんて僕が許しませんから!」
ミシェルの大声は参列者を一斉に振り向かせる。最奥にはアリスとサイエンの姿が見えた。神聖な装飾は一目瞭然で儀式が重要だと分かるほど。
国を挙げての儀式──盛大さが空気を通し伝わってくる。しかしここで場の雰囲気に飲まれるミシェルではない。騒めく会場を無視し、アリスへ近づこうとしていた。
「誰かと思いきや。負け犬のミシェルではないか。俺様とアリスの婚姻の儀に招待した覚えはないぞ?」
「ええ、招待されてませんよ。僕はこの儀式を──壊しに来たんですから」
睨み合うミシェルとサイエン。激しい火花が飛び交い、無言の戦いを繰り広げる。互いに一歩も引かず、凍てつく世界を作り出した。
譲れない想いは両者とも同じ。
差があるとすれば実力のみ。
それは簡単に補えるものではなかった。
「威勢だけはいっちょ前だな。生かされてるとも知らずに、愚か者とはお前のようなヤツだ」
「アリス様、どうか僕を信じてください。お願いです、血だけではない。僕にはアリス様が必要なんです!」
ミシェルの必死の呼び掛けにも、アリスは無反応だった。
「無駄だよ、無駄。今やアリスの心は俺様のモノ。貴様のような弱者の声など届かぬ。機巧兵器よ、この弱きヴァンパイアを捉えよ!」
サイエンのひと声で、機巧兵器がミシェルを押さえつける。力に抗おうとするも、今のミシェルでは全く歯が立たない。唯一の反撃は鋭い視線を飛ばす事であった。
「無様だな。カーリアからは殺すなと言われているが、痛めつけるぐらい構わないだろう」
鮮血の大鎌を取り出すサイエン。無慈悲な瞳で容赦なくミシェルの体を切り刻む。狂気の行動は笑い声とともに、短いようで長い時間続いた。




