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ヤンデレ皇女と最弱ヴァンパイアと千年の恋  作者: 朽木昴


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38/50

アリス救出作戦

 虫の鳴き声だけが聞こえる。城門は固く閉ざされ、真正面からの侵入は難しそう。城壁をよじ登るのが一番の近道なのだろう。ミシェルは深淵への道を登り始めた。


 石の隙間を指で掴み、必死に頂上を目指す。

 爪から真っ赤な血が滲み出し、全身を激痛が駆け巡った。

 思わず飛び出しそうになるうめき声。気力で抑え込み、無我夢中に進み続ける。

 弱体化した肉体は悲鳴を上げ、何度も奈落の底へと落ちかけた。


「この体が脆くて憎い。だけど、アリス様を傷つけた自分の方がもっと憎い。僕は甘えてたんだよ、アリス様からの愛に……」

 真実の愛を探す旅──何かと理由をつけ、愛する恐怖から逃げていただけ。言葉では愛していると言われても、心に刻まれるのは畏怖の二文字。

 愛した者の気持ちが変化したのなら。

 その先にある絶望が心を常闇へと引きずり込む。

 最強のヴァンパイアだろうが、愛に溺れた時点で最弱となってしまう。

 だからこそミシェルは、愛の意味を探すフリで誤魔化していた。


「僕にはアリス様が必要なんだ。それは血だけの関係じゃない。うん、絶対にそうだ。この気持ちはきっと……」

 伝えなければ。今なら自分の心を晒け出せる。ミシェルの中に勇気が湧き上がり、漆黒の景色は月明によってかき消された。

「もう逃げるのはやめよう。この気持ちを打ち明ければ、アリス様は必ず元に戻るはず。だから、早くアリス様の元へ行かないと」

 気力だけで伏魔殿の城壁を登りきった。息が切れ体力は限界に近い。その上、城内ともなれば警備はより一層厳しくなる。

 心を休めている暇はない。

 高まった緊張を維持しなければ。

 城内へと舞い降りたミシェル。極限まで警戒心を上げ、アリスの探索へと向かった。

「アリス様はどこにいるのだろうか。夜遅いとはいえ、機巧兵器が巡回していると思うし。どう探せばいいんだろ」

 手がかりは皆無。かといって無闇に探索するのは危険すぎる。内部構造すら不明であり、運任せになるのは明らかであった。

「直感を信じるしかないのかな。それとも他にいい方法があったりするのだろうか」

 危険を承知でミシェルはその場で考えた。経験と英智の海へと旅立ち、名案を探しに彷徨い始める。取っ掛りでもいい。何かしら見つかるはず。諦めずに根気よく探していると、ミシェルの全身が騒がしくなった。

 体の内側から熱くなっていく。

 流れる血がミシェルに小声で語りかけてくる。

 全神経を集中させ、聞き耳を立てるミシェル。

 脳内に浮かんだ一筋の光が、進むべき道を教えてくれた。

「聞こえる……。僕の中の血が教えてくれた。今ならわかるよ。アリス様の居る場所が!」

 鮮明に描かれるアリスの居場所。知らない風景が頭の中に浮かび上がる。たどり着くにはかなりの距離を移動する必要がある。しかも機巧兵器が徘徊する城内をだ。

 見つかればそこで全てが終わる。

 今のミシェルに抗う術はない。

 緊張と不安が混じり合い、心に破月を作り出した。

 だが戸惑っている暇はなく、示された道を突き進むのみ。城内を知らずとも、体が自然と動き勝手に歩き始める。もちろん警戒は怠っていない。

 いつ現れるか分からない機巧兵器。

 物陰から、ときには曲がり角から様子を窺う。

 何度か遭遇しそうになるも、ミシェルは寸前で回避に成功した。

「ここだ……。間違いない、この部屋にアリス様はいる」

 豪華な装飾が施されたトビラ。肌に伝わる空気が重く感じる。ドアノブを握るのが正直怖い。だがここで時間をかけてはいけない。張り詰めた緊張の中、ミシェルはドアノブをゆっくりと開けた。

「あ、アリス様!?」

 優雅に座るアリスへ向かって叫ぶミシェル。声に反応しアリスが静かに振り向いた。以前と変わらない顔。そのはずが、どことなく違和感を覚える。

 具体的には説明できない。

 しかし、ミシェルの知るアリスとは別人のように見えた。

「あら、ミシェルじゃないの。まだ懲りずにわたくしの血を求めているの?」

「違います。僕はアリス様を助けに来たんですよ」

 力強いミシェルの声が部屋に響き渡る。迷いのない真っ直ぐな声。瞳は煌めきを放ち暗闇を明るく照らす。必ずや闇に堕ちたアリスへ届くはず。ミシェルはそう信じていた。

「助けに? このわたくしを? ミシェル、何か勘違いしているようね。わたくしは自分の意思でここにいるのですわ」

「それはカーラの魔法のせいです。アリス様は操られているんですよ」

「カーラ……。また新しい女ですの? ミシェルが幸せなら、わたくしは構いませんが、ほどほどしないと後悔しますわよ?」

 抑揚のないアリスの声は、ミシェルの心に戦慄を刻みつける。輝きを失ったアリスの瞳が追い討ちとなり、ミシェルから希望の光を奪い去った。


 なぜ自分を信じてくれないのか。

 考えなくても答えは出ている。

 アリスの愛を誠実に受け止めなかったから。

 後悔と悲しみがミシェルの中で絡み合い、土砂降りの雨に見舞われていた。


「どうして……。どうしてそうなるんですか! 僕は純粋にアリス様を救いたいんです。だって僕は──アリスの従者ですから!」

「血に飢えたヴァンパイアは、どうしてこう惨めなのかしら。滑稽ね、ミシェル。私の愛はもうアナタにないのよ?」

 冷酷な眼差しから放たれた言葉は、ミシェルの心をいとも簡単にへし折る。まさに絶望へと突き落とす禁句。心に空いた穴を冷たいすきま風が通過した。

 大切なものを失った瞬間。

 思考は雪景色に染まる。

 魔法の影響下だと分かっていても、ミシェルにとって受け入れ難い現実だった。

「もういいわ、これ以上の会話は無駄ですもの。誰か、誰かいないのです? この不届き者を捕らえてちょうだい」

 アリスのひと声で機巧兵器が部屋に押しかける。瞬く間にミシェルを拘束し動けなくした。いや、そうせずとも今のミシェルに動く気力はない。なすがまま床に頭を押さえつけられた。

「お似合いの姿ね、ミシェル。顔も見たくないわ。牢獄にでも放り込んでおいて」

 感情のない声でアリスに命令される機巧兵器。すぐにミシェルを起き上がらせ、無言のまま部屋の外へ連れ出す。行き先は極寒の地下牢獄。誰もいない牢獄で、ミシェルは檻の中に投げ捨てられてしまった。

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