王都エルドラへの侵入
アーデルハイドと別れたミシェルたちは、グリトニア王国領内へ無事に侵入。王都へはオートレインではなく徒歩を選択した。理由は捕まるリスクが高くなるから。
急ぐ必要はあるが、焦ってはいけない。
大軍を動かすのには数日かかるはず。
逸る気持ちを抑え、ミシェルは眠れぬ数日を過ごした。
王都が視界に入った瞬間、ミシェルとリアに緊張が走る。まず警戒すべきは機巧兵器。感情が一切なく、受けた命令を忠実にこなす。物理的な攻撃がメインだが、魔法の耐性は非常に高かった。
「ここから先は見つからないよう、慎重に行動しないといけませんね」
「そうだねっ。特にミシェルさんは気をつけないと。今はポンコツなんですし」
リアの容赦ない指摘に、ミシェルは苦笑いを浮かべる。
ここ一番での失敗は許されない。いつも以上に気を引き締め、アリス救出作戦に挑む。緊張からミシェルの鼓動は激しいリズムを奏でた。
主だから救うのか。
それとも別の理由が存在するのか。
今は余計な考え事はする必要がない。
たとえそこに真実の愛の答えがあろうとも。
王都エルドラの入口は非常に厳重だった。数体の機巧兵器が検問し、突破するのは至難の業。強行手段は悪手であり、少なくとも陽光が差している間は無理そうであった。
「簡単には侵入できそうにないですね」
「私はともかく、ミシェルさんはジュルニア帝国側だからね」
「こうなったら、夜を待ってから侵入した方がいいんでしょうか」
「上空の警戒網が手薄になればらいいんだけどっ」
物陰に隠れ様子を窺うミシェルとリア。王都の大空を飛行する機巧兵器が瞳に映る。壁をよじ登っての侵入は不可能。闇夜に紛れるのが一番だと考えた。
「機巧兵器は休みいらずですから、手薄になる可能性は低いと思います」
「それなら残る手段はひとつだね。ひとまず夜まで待とうか」
リアの言い方が気になるも、ミシェルは気のせいだと心の奥に疑問をしまい込んだ。
漆黒が支配する時間。ミシェルとリアは密かに行動し始める。物音を立てぬよう慎重な足取り。王都エルドラの入口まで接近すると、機巧兵器が赤い瞳で警戒にあたっていた。
「あれでは突破は無理ですよ」
「大丈夫、私に任せて。私が機巧兵器の気を引くから、その隙にエルドラへ侵入するんだよ?」
「で、でも、それだとリアさんが──」
「しーっ、声が大きいよ、ミシェルさん」
唇に触れる人差し指が温かい。緊迫感の中での生々しさが、ミシェルの顔を赤く染まらせる。
近すぎる距離のふたり。
リアは真剣そのもの。
舞い上がっていたのはミシェルひとりだけだった。
「す、すみません……」
「私は平気だから、ミシェルさんはアリスちゃんをよろしくね?」
静かに立ち上がるリア。一度だけ振り向き、ミシェルに満面の笑みを見せる。気迫に満ちた背中は頼もしく見えた。
機巧兵器へ堂々と近づいていくリアを、ミシェルは固唾を飲んで見守るしか出来ない。心臓は飛び出しそうなほど激しくなる。本当に大丈夫なのか──ミシェルの心配を他所に、リアは機巧兵器に軽々と話しかけた。
「あのー、すみません──」
何を話しているか聞き取れないが、機巧兵器を入口から遠ざけているのは確か。今がチャンスなのか。タイミングをはかっていると、リアから見えない合図が送られた。
勇気を振り絞るなら今しかない。ミシェルはゆっくりと動き出す。警戒レベルを最大限まで引き上げ、慎重な足取りでエルドラへと突き進んだ。
気配を限りなくゼロに近づける。
息を潜め、体は景色と同化。
だが全身に鳴り響く鼓動が外へ漏れ出しそう。
聞こえないようにしなくては──ミシェルは細心の注意を払いながら、エルドラ内部へと侵入した。
「よし、うまく侵入できたかな。機巧兵器は──うん、いないみたいだ。やっぱり、街の中は警備が薄いね」
月光に照らされるエルドラは、以前と違って見える。静寂が支配する漆黒の闇。嵐の前の静けさなのか、それともすでに嵐が吹き荒れているのか。今の状況からでは判断できなかった。
「それにしても、リアさんは大丈夫かな。ちょっと心配だよ」
今の自分より強いのは確かだが、リアひとりを残す事に不安を感じる。とはいえ、リアのところに戻っても無力なミシェル。信じるしかない──罪悪感に蝕まれながらも、アリスがいるであろう城へと向かった。




