アリス奪還計画
「ミシェル様の強さとは肉体だけでなく、精神力も最強だったはずです。しかし今のミシェル様は、肉体的強さは失われています。ですが、同時に精神的強さもなくしてしまったのですか?」
力強い言葉はミシェルに希望を与える。破月が満ちていき、心の穴はほんの少しだけ埋まった。月の光に包み込まれ、ミシェルは奈落の底から這い上がってきた。
「僕は……。そうですよね、アーデルハイドの言う通りですよね。失った力は肉体的なものだけ。それなのに、精神力まで弱くなったと錯覚してたんだ」
完全に立ち直った。アーデルハイドの愛の力とでも言うべきか。真相は闇の中だが、結果としてミシェルは白銀の世界へ帰還できた。
愛とは狂気の裏返しではなかったのか。
アーデルハイドはミシェルという者を愛してくれている。
では、ミシェル自身はどう想っているのだろう。
嫌いではないのは確か。好きに違いないが、それが愛に帰結するとは断言できなかった。
「それでミシェル様。ミシェル様はどうしたいのです? このまま常闇の国に帰るのもいいですし、戦争を止めるのもいいです。それにアリス殿を取り戻しても構いません。私はミシェル様の婚約者。ミシェル様の決定に従いますよ」
聖母のような眼差しに、ミシェルの心が大きく揺れ動く。忘れていた自らの立場を思い出し、王として正しい決断を下そうと考える。
アリスがいなければ、ただの最弱ヴァンパイア。
力こそ失われているものの、千年以上の英智は健在なはず。
正解への道は必ずや見つけられる。
ミシェルは自信を取り戻していた。
「何をすべきか、僕は決めました。まずはアリス様を救い出します。そして戦争も食い止めます。ですから、常闇の国は少し待ってもらえませんか?」
「そう決めたのなら、私はそれでいいですよ。必要ならミシェル様のお手伝いしますからね?」
「わ、私も手伝うもん。カーラの復讐は私が原因なんだしっ。今度こそ決着をつけるよ」
「ありがとうございます。リアさん、アーデルハイド」
感謝してもしきれないほど。ミシェルひとりでは無謀と言ってもいい。たったふたりが加わっただけで、心強さは数千倍にも膨れ上がる。
アリスの救出は決して容易ではない。戦争ともなれば、厳重な王都エルドラへの侵入。そして広い城内にいるアリスを探し出し助け出す。
待ち受ける試練の数々。
必ずや乗り越えなければならない。
それ以外にも問題が山積みだった。
「アリスちゃんの救出なら、ミシェルさんだけじゃ無理だよねっ。それに何かしら撹乱もしないと」
「力のない僕が言うのもあれですけど。グリトニア王国の侵攻を止めるのが、撹乱に繋がると思うんですよ」
「それなら私がグリトニア王国を食い止めます。兵器相手ではリア殿よりも、私の方が適任かと思いますから」
「そうですね。ではリアさん、僕と一緒にアリス様の救出に向かいましょう」
軽く頷くリア。
邪な気持ちは一切ない。
単純にミシェルの力になりたいだけ。
ミシェルの護衛も大切だが、カーラとの決着をつけようとしていた。
役割も決まり後は実行に移すだけ。作戦を考えたいものの、時間が全く足りない。選択肢は個々の判断に委ねるのみだった。
無謀なのは分かりきっている。
だが、ふたりとは付き合いが長い。
信頼という名の愛──だからこそ失敗の二文字はミシェルの中に存在しなかった。
中立都市セラムを離れ、王都エルドラへ向かうミシェルたち。蒼空の静けさが不気味に感じる。戦争はすでに始まっているのか。冷たく張り詰めた空気が肌に直接伝えてきた。
「きっと水面下では動き出しているんでしょうね。早くアリス様を救出しなくては」
「でも、ミシェル様。アリス殿との婚約があれば、グリトニア王国は軍事行動を止めるのでは?」
「アリスちゃんと婚約したからって、戦争が止まるはずないよ。だってカーラの目的は復讐なんだし」
「なるほど。アリス殿の婚約は物のついで、というわけですね」
宣戦布告が撤回からアリスを奪還すればいい。しかしそれはカーラの復讐が断固阻止。負の連鎖は止まらず、破滅への道を突き進む。
絶対に失敗は許されない。
いや、必ずや成功するに決まっている。
ミシェルは欠けた月を取り戻そうとしていた。
「それでは、グリトニア王国を止めにいってきますね」
「うん、任せましたよ、アーデルハイド。くれぐれも無茶だけはしないでね?」
「ご安心ください、ミシェル様。このアーデルハイド、敵に遅れは取りませんから」
天使の微笑みを浮かべ、優雅な歩みで自らの持ち場へ向かう。その後ろ姿は最強の王の婚約者として相応しかった。




