カーラの過去
「ミシェルよ、妾は今が楽しくて幸せだ」
「それはよかったな。とにかく暴走しないよう、力を制御するのが最優先だ」
次なる目的地のエルフ王国まで、ミシェルとカーラは歩き続ける。道中ではミシェルに力の使い方を教わった。
カーラの飲み込みは想像以上の早さ。
これにはミシェルも驚きを隠せない。
才能とでも言うべきか。素直に心の中で褒めたたえた。
「ところで、ミシェルは何を探しておるのじゃ?」
「真実の愛の意味だ。まぁ、それ以前に愛の意味すら正確に理解していないがな」
「意味がわからないとな?」
不思議そうな顔でミシェルを見つめるカーラ。実に簡単な疑問であり、答えはすでに頭の中にある。伝えるべきか否か。悩み抜いた末に、自らの考えを語る事にした。
「そんなの簡単じゃ。愛とはどれだけ尽くせるかなのだ。ゆえに妾は国民から尽くされておる」
「なるほど。確かに一理あるな」
納得したようなしてないような。ひとつの解だとミシェルは記憶の片隅に刻む。
ユリアは追いかけるものだと言っていた。対してカーラは尽くすもの。ひとによって愛の意味合いが違うのだろうか。追加された疑問がミシェルの思考を暗黒へと引きずり込む。
答えはひとつではないのかもしれない。
となれば難易度はさらに上昇。
焦るつもりはないが、終わりなき旅に少しだけ不安を感じた。
エルフ王国への道のりは長い。険しい山道を歩き、魔物を蹴散らし、過酷な環境を乗り越える。それでもたどり着くのはまだ先。常人なら心がとっくに折れているが、ミシェルとカーラは平然とした態度であった。
「世界は広いな。妾が知らないことばかりじゃ」
「知っていることの方が少ないさ。見知らぬ土地もそうだが、種族でさえ未知なるものが多い」
「知識を増やすのはよいものだな。それに、妾はミシェルと一緒ならどこへでも行けそうじゃ」
カーラはミシェルの腕に絡みつく。ここぞとばかりに甘え、思う存分ミシェルという甘い果実を味わう。
パンドーラでは経験しなかった心のくすぐったさ。
頭の中はミシェル色に染まる。
全てを捧げてもいい──そう思うほど美酒に酔いしれていた。
「なぁ、ミシェル。このまま妾と──」
雰囲気に流され本音が飛び出そうとした瞬間。天空より舞い降りた天使によって阻止された。
「やっと見つけたよ、ミシェルさん。って、そっちのひとは誰かなのかな?」
「ユリア!? どうしてここにいるんだ」
「決まってるよ。ミシェルさんを追いかけて来たんだよっ。それで、その怪しい女はどういう関係?」
ユリアとカーラの視線が交差する。直感だった。互いが何を考えているのか手に取るように分かってしまう。無言の圧力──見えない火花が飛び交った。
「ソナタこそ誰じゃ。妾のミシェルに何用かな?」
「私はユリア。ミシェルさんを連れ戻しにきたの。アナタこそ誰よ。なーにが、妾のミシェル、だよっ」
「妾はカーラ。ミシェルに命を救われ、尽くすと誓った者よ。せっかくの時間を邪魔しおってからに」
あからさまに不機嫌な顔のカーラ。ユリアを瞬時に敵と認識する。凍てつく眼差しで睨みつけた。
対するユリアも負けてはいない。毅然とした態度を前面に出し、闘志は猛火の如く燃え上がる。愛する祖国よりもミシェルを選んだのだ。安易に引き下がっては面目丸潰れであった。
「邪魔なのはそっちでしょ! 私の国はミシェルさんに救われたんだからっ。愛の逃避行──じゃない、連れていくからねっ」
「寝言は寝てから言って欲しいのじゃ。妾からミシェルを奪うなど許されるわけなかろう」
一触即発のユリアとカーラ。睨み合いは周囲の気温を瞬時に引き下げる。激しい旋風が巻き起こり、決戦の幕開けを煽っているよう。
互いに譲れない想いがある。
陰と陽、水と油、絶対に混じり合わないふたり。
国から外の世界へ出たがため、決して交差しない道がぶつかってしまった。
「ミシェルさん、こんな性悪女に騙されちゃダメ。私が今救ってあげるから」
「誰が性悪女じゃと? 礼儀を知らんとは無礼なヤツだな。きっと平民以下の愚か者に違いない」
「私は王族なんだからねっ」
「ソナタが王族? 冗談にしては笑えないぞ」
口での戦いでは決着がつかず。空気は重く、そして張り詰めたものとなっていく。凍てついた世界は劫火により消え去り、互いの想いが灼熱地獄を生み出す。
言葉はこれ以上いらない。
戦いの幕は静かに上がった。
「侮辱するにもほどがあるよっ。力づくでミシェルさんを取り返すからねっ」
「威勢だけは強いの。妾が返り討ちにしてしんぜよう」
「ふたりとも、待つんだ」
ミシェルの声は届かなかった。巨大な力が激突。生み出された衝撃波は空間を捻じ曲げるほど。手加減なしの全力攻撃──周囲の地形を一変する。
愛に狂わされ本能のまま戦うユリアとカーラ。
戦場が徐々に広がり、街をいくつも巻き込む。
止めようにもミシェルは、ただ見守るしか出来なかった。
どれくらい経過しただろう。ユリアとカーラの戦いは1週間以上も続く。このまま決着がつかないと思った瞬間、ふたり同時に必殺の一撃が直撃。虫の息になるも、ユリアが最後の力を振り絞り、カーラを封じ込め戦いは終結した。




