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ヤンデレ皇女と最弱ヴァンパイアと千年の恋  作者: 朽木昴


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33/50

動き出す世界

 微かに残る意識の中、ミシェルは改めて思い出す。

 愛はひとを狂わせるものだと。

 真実の愛など本当は存在しないかもしれない。

 この千年は無駄だったのか。挫折という言葉が重く伸し掛ってきた。


「探しましたぞ、アリス皇女」

 混迷渦巻く空気を変えたのはひとりの使者。セラム中を探し回ったのか、全身から大量の汗が吹き出ていた。

「わたくしを探していた? アナタはもしかして……」

「はい、ジュルニア帝国の者です。ハーネス皇帝陛下の命令で参りました」

 たったひとりの使者に全員の動きが止まる。

「どうしてここがわかったのかしら。まぁいいわ、それで要件は何かしら? サイエンとの婚約ならお断りですわ」

「グリトニア王国が宣戦布告をし、我がジュルニア帝国へ侵攻してきたのです。このままでは、ジュルニア帝国は滅んでしまいます」

 寝耳に水の事態がアリスの思考を混乱させた。あのビンタの報復なのか、それとも婚約を断ったからなのか。祖国の危機にアリスの心は奈落へと落ちてしまった。


 騒がしくなる心の声。

 ジュルニア帝国に戻るべきか。

 第一皇女として見て見ぬふりは出来なかった。

「理由はなんなのです? どうして今なのかしら?」

「わかりません。ただ、グリトニア王国は停戦の条件を提示しておりまして。その、それが……」

「焦れったいわね。ハッキリと言いなさいよ」

「は、はい。サイエン王子との婚約が条件とのことで……」

 生理的に受け付けない男との婚約。断れば圧倒的な軍事力で蹂躙される。まさに究極の選択をしなければならない。


 婚約がイヤで家出した。

 ミシェルとふたりっきりになりたかったのもある。

 愛している──出会った時から運命だと感じていた。

 心を色鮮やかに染めた存在。

 それが今や無情にも、引き裂かれるかの岐路に立たされた。


「アリス様、迷う必要なんてありません。僕がアリス様の血を飲めば──」

 最強のヴァンパイアが誕生する。グリトニア王国だろうと、敵ではないはず。だが、心に巣食った魔物がアリスを奈落へと導く。傷口から侵入し、時間をかけて増幅した漆黒の瘴気。思考までも支配し、負の感情を最大限に膨らませた。

「やはりミシェルは、わたくしの血だけが目的なのね。それ以外は道端に転がる石と同じ。興味がないのですね」

 いつもとは違うアリスにミシェルは戸惑ってしまう。全身から漂う禍々しい雰囲気は、ミシェルだけでなくリアやアーデルハイドにも見える。

 決して幻なんかではない。

 実体化しているのは明らか。

 漆黒の中に住む魔物が、ミシェルたちを嘲笑っているかのようだった。

「やっぱりそうだ。あれはカーラの魔法だよ。強制的に闇へ──ううん、闇よりも黒い瘴気で属性反転させるのっ」

「でもカーラは千年前に……。リアさん、僕の傷を治してください。一刻も早くアリス様を助けますので」

 リアがミシェルの傷を癒しの魔法で治す。完全復活したミシェルはアリスへと駆け寄った。

「アリス様、しっかりしてください。僕に血を与えてくれれば、アリス様を元に戻せますから」

「そんなに血が欲しいのね。わたくし、もう疲れましたわ。すべて終わりにしましょう」

 瘴気に飲み込まれ、アリスの心は絶望が支配。次第に全身へと広がり、極限の闇堕ちへと変貌を遂げた。

「あの、アリス様……?」

「わたくしは、祖国のためこの身を捧げると決めましたわ。これからサイエンのところにいきますの。ですからミシェル、アナタはクビよ」

「ちょっと待ってください」

 ミシェルが止めようとするも、その手はアリスへ届かなかった。

 近くにいるのに遠く感じる──まるで見えない壁がふたりを引き裂いたかのよう。空気を触った手は虚しく、ミシェルの心に孤独感を刻みつける。


 当たり前だった日常が失われた瞬間。

 空いた穴は思った以上の大きさ。

 すきま風が妙に冷たく感じた。


「さよなら、ミシェル」

「アリス皇女、本当にいいのですか?」

「いいのよ。さっ、早くしましょ」

 使者とともにA&Mヴィーナを去っていく。アリスは一度も振り返らず、ミシェルたちの前から姿を消してしまった。

 止められなかった悔しさ。ミシェルの頭の中はアリスの後ろ姿が残り続けていた。


「これでよかったのか、カーリア」

「はい、サイエン王子。これですべてが計画通りよ」

「そうか、これでアリス皇女は俺のものか」

 グリトニア王国の城内でサイエンの笑い声が響く。ようやく自らの望みが叶うと知り、上機嫌のまま自分の部屋へと戻っていった。

「ふっ、バカな男ね。利用されてるとも知らずに。さて、あとはクリステル女王を傀儡にするだけね」

 カーリアは薄ら笑いを浮かべ、女王の間を目指した。

「クリステル女王。当初の予定通り、ジュルニア帝国へ宣戦布告が済んだわよ」

「ご苦労さま、カーリア。でも、停戦条件なんて出して大丈夫なの?」

「問題ありませんよ。ジュルニア帝国は滅ぶべき国。アリス皇女さえ手に入れば、存在価値すらないのだから」

 クリステル女王へ報告しにきたカーリア。悲願だったジュルニア帝国の滅亡に喜びを隠せない。


 捻じ曲げられた歴史がようやく元に戻る。

 いや、戻すだけではダメ。

 自分に都合よく改ざんしなければならない。

 邪神カーラ──その名がどれほど屈辱的だったか。


 全ての始まりは千年前。あの日、愛する者を懸けた戦いが、カーリアにとって地獄への片道切符だった。

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