アリスの異変
「それじゃ俺は──」
「お城でお祝いしないっ。ミシェルさんも参加だからっ」
真実の愛が何か、少しだけ分かったような気がする。
愛は狂気にも変わるが、狂気を幸福へと戻す力がある。ひとりで考えれば答えにたどり着けそう。だが強引なユリアに引っ張られ、城へ向かう羽目となった。
止まらない祝いの席。ひとりになろうにも、国を救った英雄として引っ張りだこ。特に女性の精霊からは人気が高く、常に身動きが取れないほど。
このままでは真実の愛にたどり着けない。
罪悪感が残るも、ミシェルは無言で城を後にした。
「ミシェルさんを見かけないけど?」
「ヴァンパイアの王でしたら、城から飛び立つのを見ましたよ」
「なんで止めないのっ!」
「そう言われましても……」
何も言わずに消えた。底知れぬ怒りが湧き上がり、ユリアは側近に八つ当たりしてしまう。胸が急に苦しくなり、切なさの波に飲み込まれた。
もう二度と会えないのか。
いやだ、考えただけで絶望しかない。
逃げたのなら追うまで。
絶対に捕まえてみせると固い決意を立てた。
「私、ミシェルさんを追いかけるねっ。だから、あとはよろしくっ」
側近の返事を聞かないまま、ユリアはミシェル探しの旅に出たのだった。
「私だって千年もかかったんだよ。ミシェルさんは絶対に渡さないから。たとえ婚約者が相手でもねっ」
「常闇の国を滅ぼすわけにはいきません。リア殿、力づくでも連れて帰ります。邪魔をするなら容赦はしませんので」
睨み合うリアとアーデルハイド。両者ともに一歩も引く気配がない。無言の戦いが開幕──見えない力が激突し空間を歪ませる。衝突すれば周囲の景色が吹き飛んでしまう。
誰かが止めなければならない。
この場で可能なのはミシェルだけ。
だがふたりの迫力は想像以上に凄まじかった。
「騒がしいわね。わたくしのお店で暴れようとしてるのは誰かしら?」
「アリス様、お目覚めになったのですね」
寝起きのアリスはかなりご立腹な様子。リアとアーデルハイドへの視線は突き刺さりそうなほど鋭い。愛の巣という地雷を踏んだのだから、その怒りは計り知れなかった。
「ミシェル、おはようございますわ。そうです、思い出しました。確かミシェルを連れて帰るとかで……。そんなこと、このわたくしが許しません」
モヤが晴れ頭の中はスッキリ。それこそ生まれ変わったかのよう。すぐに剣を抜きふたりへ向ける。
ここはミシェルとの愛の巣。
壊すなど背信行為と言ってもいい。
ミシェルを連れ去るなど言語道断。
アリスの心は劫火の如く燃え上がった。
「そうなの、アリスちゃん。アーデルハイドさんが連れ去るの一点張りで。力づくとかまで言い出したんだから」
「わたくしからミシェルを奪うのがどういうことか。その身にたっぷりと教えてあげますわ」
宵闇の衣を纏い、アリスの瞳から煌めきが消える。剣先をアーデルハイドへ向けた瞬間、間合いを一気に詰め渾身の一撃を放った。
防御するアーデルハイドだが威力は予想以上。
完全に力負けし、店の外まで軽々と吹き飛ばされた。
「あ、アリスちゃん……。やりすぎは……」
「悪女リア、アナタはどちらの味方かしら?」
恐惶たるアリスの瞳はリアから言葉を消し去る。背筋が凍りつき、リアはただ見ているだけしか出来なかった。
ゆっくりと歩き出すアリスを誰も止められない。ミシェルが動こうとするも、狂気に染まったアリスのひと睨みで固まってしまう。
いつものようで、いつもとは違って見える。
気のせいかもしれないし、そうでないかもしれない。
ただミシェルの心は警告音が鳴り響いていた。
「私はアリスちゃんの味方だから。だってアーデルハイドさんを止めようとしたんだし」
「そう、それじゃ、邪魔しないでね?」
氷よりも冷たい声。凍界への片道切符を渡され、リアは寒慄の森へと迷い込む。何も言い返せず、小さく頷くのが精一杯だった。
アリスは変わらない表情で店の外へ。瓦礫に埋もれるアーデルハイドへと近づいていった。
「あの程度じゃ無傷のようですわね」
「舐められては困ります。私はアーデルハイド、常闇の王ミシェル様の婚約者です。国のため、なんとしてでもミシェル様を連れて帰ります」
「婚約者だなんて厚かましいわよ。ミシェルは絶対に渡さない。泥棒猫なんか、このわたくしが追い払ってみせますわ」
互いに譲れないものがある。アーデルハイドは白月の槍を出現させ、アリスとの戦闘に備えた。
張り詰めた空気が緊張感を撒き散らす。硬直したまま過ぎていく時間。見えない壁に挟まれ睨み合いが続く。先に動いたのはアーデルハイド。やられた借りを返そうと攻撃に打って出た。
目にも止まらぬ速さ。アリスとの間合いを一瞬で詰め、容赦ない渾身の突きをお見舞いする。完璧なタイミング。だが槍はアリスには届かなかった。
剣で見事に受け流すアリス。
そのまま滑らせアーデルハイドに斬りかかった。




