国の存亡をかけた戦い
「わかったよ。私はミシェル……さんを信じるから。だからお願い! この国を、サンクチュエールを救ってよっ!」
せき止めていた涙が溢れ出す。今まで国という大きな重圧に耐えてきた。それがミシェルの言葉で軽くなる。
現実はまだ何も変わっていない。
変わったのはユリアの気持ち。
異種族のミシェルに惹かれ始めていた。
「任せてくれ。瘴気を発している魔石がどこにあるのか。俺が探してみせよう」
「そんなこと可能なのっ!?」
「造作もない。魔石は魔力の塊。探査魔法を使えば簡単に見つけられる。その中で邪悪な気配が出ていれば、それが問題の魔石だ」
高度な魔法だとユリアは理解している。自分には不可能であり、その魔法を行使できる者自体知らない。
魔力には自身があった。
ただ世界は広い。
底知れぬミシェルに尊敬の念すら覚えた。
「探査魔法は私には使えないよっ。そんな高度な魔法まで使えるだなんて、ミシェルさんは偉大だねっ」
「適正の問題だと思うがな。俺にだって苦手なものぐらいあるさ」
「ミシェルさんが苦手なもの……。はっ、私、わかったかもっ」
頭の中で鮮明に浮かび上がる。得意気な顔でユリアは眩光の宝箱を開けた。
「十字架とニンニクでしょ? うんうん、ヴァンパイアと言えばそれが苦手だもんねー」
「喜んでるところ悪いが、それは迷信にすぎない。弱点というものが存在しないんだ」
まさかの返事にユリアは一瞬だけ固まってしまう。思考は即座に復活。気持ちを切り替え、発言をなかった事にした。
「何が苦手なの? 教えて欲しいんだけどっ」
「全然構わないぞ。俺は愛というものが苦手だ。というよりも、愛とは何か、それを求め旅をしている」
「愛……。簡単なようで難しいよね。私の中では、追いかけるもの、だと思ってるよ」
「なるほど。さて、話が逸れたが、魔石を探すとしよう」
緩んだ顔を引き締め、ミシェルは魔力を一点に集中させる。透明で巨大な波が四方へ膨らんでいく。通過する建物などにダメージは一切なく、変わらずその場に存在し続けた。
サンクチュエール全体を覆う勢い。
その速度は音速ほどの速さ。
瞬く間にサンクチュエールの隅々まで広がった。
「見つけた。これは何かの祭壇なのか? 特殊な結界が張られているようだが」
「それってもしかして、聖女の聖域かもしれないね。あそこなら、魔石が沢山あるから」
「特殊な結界は俺では突破できなさそうだ」
「そこは任せて。王族にしか解けない結界だしねっ」
ミシェルの役に立てる。嬉しくて心の中は幸せ色に染まった。頭の片隅にあったのは、結界の解除までするミシェルの姿。規格外の性能だからこそ、その意外性に胸の奥が閃火で暖められた。
ふたりは店を後にし、聖女の聖域へと向かう。風を切りながら走り、目的地にたどり着いたのは数分後だった。
澄んだ空気が神聖さを漂わせる。
石で造られた円形状の土台。
祠らしき建物が祀られていた。
「ここが聖女の聖域か。独特な雰囲気を感じるな」
「今、結界を解除するね。精霊の加護を受けしユリアが命じる、神秘なる防壁よ、その道を開け」
ユリアの声に反応し、何かが弾ける音がした。誰かに呼ばれた気がする──不思議で幻想的な光景に、ミシェルはただ感心するばかりであった。
「さぁ、これで祠までいけるよ。魔石は祠の中にあるからね」
「思ったより大きな祠だな」
「中はそんなに広くないから、迷子にはならないよっ」
石の床を歩き、祠の内部へ侵入するミシェルたち。暗いと思っていた中は優しい光に包まれていた。
魔石から発せられる青白い光。
絢爛さが際立ち、見る者の心を癒した。
「これは美しいな。まるで魔石が囁いているようだ」
「サンクチュエールの魔石は精霊族の魂と言われてるの。生前の穢れを落とし、神聖な存在へと転生するという言い伝えなんだ」
「そうなのか。ではその魂に瘴気が纏わりついている、というわけか。ならば、その瘴気を消してやらねばな」
周囲を見回し、ミシェルは怪しい魔石を探す。違和感があるのはどれか。全神経を集中し、元凶となっている魔石を見つけた。
「これだな。やはり突然変異のようだ。愛が歪み瘴気を放っている」
「ミシェルさん、その魔石を破壊するの?」
「いや、破壊はしない。まぁ、見てな」
魔石を右手で持つミシェル。溢れ出す瘴気を体内へ吸収する。伝わってくるのは負の感情。強い憎しみが込められ、精神への汚染が広がっていく。
常人なら夜陰に引き込まれるだろう。
だがミシェルは常闇の王。
逆に自らが持つ深淵の中へ取り込んだ。
「これでよしと。魔石が放つ瘴気はすべて俺の中に閉じ込めた」
「そんなことして大丈夫なのっ?」
「問題ない。元凶となった魔石は元に戻った。感染した精霊たちは元に戻っているだろう」
ユリアは誇らの外へ駆け出した。遠く離れていても分かる。国中から聞こえる歓喜の声。祠自体も祝っているようで、純白の愛の輝きを放っていた。
「な? これですべて解決だろ?」
「ありがとう、ミシェルさん」
ゆっくり祠から出てきたミシェルに、ユリアは恥じらいなくしなだれかかった。国の滅亡は免れ、感謝の言葉しか出てこない。瞳からこぼれ落ちる涙は黄金色に染まった。




