ミシェルとカーラの関係
「真実の愛が何か、わかりそうだったが、それどころではなくなったからな」
ユリアとの会話で心に光華が刻まれた。その中心までたどり着ければ答えがあるはず。だが周囲の空気と混ざり、不純物を作り出してしまう。
忘れられないのは煌々としたユリアの瞳。
そこに答えがあるはずが、真実の愛は淵底へと沈み込む。
振り出しに戻るも、ミシェルは落胆していなかった。
「まぁ、嘆いても意味がないか。今は前へ突き進むだけだ」
ポジティブ思考で上弦の平原を歩き続ける。魔物と出くわせば瞬殺。幾度となく戦闘になるも、苦戦は全くと言っていいほどしない。まるで優雅な散歩しているようであった。
「おやおや、妾と出会うとは運のないヤツめ。さっそくだが、妾の力試しに付き合って貰おうぞ」
「誰だか知らんが、俺は捜し物の途中だ。悪いが他を当たってくれ」
赤髪の少女を歯牙にもかけず、ミシェルは足を踏み出した。
「ま、待て。この魔戦姫カーラを無視するな。ははーん、さては妾に恐れをなしたな?」
「それは断じてありえない。俺は最強なのだからな。だが、今は目的のため、パンドーラへ急がなければならん」
「何? パンドーラだと? 貴様は何者だ。事と次第によっては、タダではおかぬぞ?」
美しい青い瞳が鋭くなる。ミシェルを睨みつけ、カーラは戦闘態勢を取った。
危険な存在──本能がそう告げてくる。
カーラの中で特大の警告音が鳴り響く。
緊張が急上昇し、場の空気は一気に張り詰めた。
「俺はバミール・ミシェル。ヴァンパイアの王だ。戦闘の意志はない。ただ答えが欲しいだけだ」
「ウソだ! ヴァンパイア王が魔族の国へ来るなど、宣戦布告でしかなかろうに。被害が出る前に妾が片付けてくれる」
心が慄然に陥る中、カーラは祖国を守るため立ち上がる。王族の立場であり民を守らなければならない。強敵であろうとも、魔族の中で秀でた力を持つのだから大丈夫。そう自分に言い聞かせ、ミシェルへ戦いを挑んだ。
「民を愛する者の力、その目でとくと見よ。天窮より舞い降りし魔炎よ、地獄の業火となり敵を打たん。ギャラクシー・インフェルノ!」
ミシェルの四方に突如として炎柱が出現。空高く燃えが上がると、中央にいるミシェルへ集まっていく。炎心は焼尽するほどの焦熱。全てを灰へと変える劫火がミシェルを包み込んだ。
見掛け倒しだと安心するカーラ。
口元に笑みが浮かび、勝利の余韻に浸る。
ヴァンパイア王は大した事ない。心の中は歓喜が渦巻いていた。
「最強とか、ヴァンパイアの王は虚勢を張るのが得意らしい。真の強者とは妾に他なら──」
一筋の斬撃が劫火をかき消す。カーラの瞳には黒刀が映り込む。王者の如く佇むミシェルに、カーラは震駭し言葉を失ってしまう。
ありえない。自らの魔法が一撃で消滅し、ましてや無傷とは全くもって受け入れられない事実。生まれて初めて絶望という言葉を知った。
「この程度か。火遊びはほどほどにな。気が済んだようだし、俺は先に行かせて貰うぞ」
「違う、これは現実じゃない。妾こそが最強なはず。負けは許されない。愛する民を守らないといけないのだ!」
狂気がカーラを支配した瞬間。発狂と同時に陣風が巻き起こり、漆黒の瘴気を撒き散らす。強大な力がカーラへと流れ込み、周囲の大地を吹き飛ばした。
覚醒──愛という属性が狂気によって昇華。
見た目こそ変わらないが、内に秘めた力は自然を操れるほど。
全身から放電し、重圧は以前より遥かに増していた。
「なるほど。この力、さすが魔族と言ったところか。だが、俺の前では無力に等しい」
「強がっても結果は変わらないのにな。これこそが妾の真の力。その身に焼き付けてやろうぞ」
自信満々なカーラは一度だけ微笑む。すぐに凍てつく眼差しへと変化し、ミシェルを鋭く睨んだ。
突き刺さるような視線。
普通の者ならば即座に戦意を刈り取られるレベル。
だがミシェルは顔色ひとつ変えず、その瞳にカーラの姿を映し込んだ。
天に向け手をかざすカーラ。碧羅の天は暗雲に覆われ、大地へ向けて雷霆が無数に降り注ぐ。地面に刻まれる巨大なクレーター。ミシェルにも幾度となく直撃する。
上弦の平原は瞬く間に地獄と化す。
大自然の脅威が容赦なく襲いかかった。
「まだよ、これは序ノ口。妾の力はこんなものではないぞ?」
空間に出現した魔法陣から飛び出す氷の散弾。
先が尖りミシェルの体を無情にも貫く。
今度こそ倒しきった──カーラは勝利を確信した。
「想像以上の力だな。俺以外なら倒せたかもしれない。おしかったな。さて、もう気が済んだろ? 今度こそ諦めてくれいなか?」
「ありえない、ありえない、ありえない! 妾の全力攻撃なのだぞ。認めない、こんな結果は絶対に──」
瞬時に傷が回復するミシェルに、カーラの心は奈落の底へ落ちていく。精神状態が不安定になり、膨大なエネルギーは制御不能となる。発狂し精神崩壊寸前まで陥ってしまった。
激しい旋風は竜巻を作り出す。
天空から隕石が降り注ぎ、地形を跡形もなく消し去る。
それはまるで、虚無の世界が創り出される瞬間であった。




