常闇の国とミシェル
「賛同は思ったより少ないですね」
「武力で反発しないだけマシだと思うしか」
「そうですね。ミシェル様が戻るまで、この国を守らないといけませんし」
統治の始まりは苦難の連続。対話を望むも拒否される日々が続く。何年、何十年、何百年、ときには武力衝突もあった。
転機が訪れたのは900年が経過した頃。ある派閥の勢力が突如として力を増す。不審に思ったアーデルハイドは、側近に命じて詳しく調べさせた。
「アーデルハイド様、やはり他国の介入があったようです」
「そう、ですか。具体的な情報は掴んでいますか?」
「魔族が裏で手を貸しているとか。なんでも、数百年前に魔族の姫を攫われたからという話です」
「魔族ですか……。厄介な種族が絡んでいますね。しかも数百年経ってからとは、何か理由でもあるのでしょうか」
ヴァンパイアに劣らない力を持つ魔族。長年の間、お互いに不干渉だった。暗黙の了解とでも言うべきか、歩く道が交わらないようにしていたはず。
誰がルールを破ったのだろう。
しかも姫を攫うなどただ事ではない。
そして何よりも、数百年後に動き出したのが妙に引っかかった。
「理由までは……。ただ、魔族が関わっている以上、安易に動くわけにはいかないと思います」
「確かにそうですね。それにしても、姫を攫うだなんて、いったい誰なのかしら」
干渉はタブーであり、ましてや要人を攫うなど狂気でしかない。混乱の渦中に、さらなる問題を上乗せするのは以ての外。反逆行為と言っても過言ではなく、アーデルハイドの怒りは頂点に達した。
一刻も早く犯人を探し出し、姫を魔族へ返さなければ。
手がかりは全くないが、立ち止まっている暇はない。
アーデルハイドはすぐに行動へと移した。
「まずは攫った本人を探し出しましょう。些細な情報でもいいので、集めてきてください」
「それがアーデルハイド様。その、なんと言いますか……」
「なんですの、歯切れの悪い。ハッキリと言ってちょうだい」
八つ当たりするように声を荒らげるアーデルハイド。怒りの矛先を側近へと向ける。優しい瞳は鋭くなり、威圧感が全身から溢れ出す。
女王としての風格。
圧倒的な重圧を漂わせる。
側近でさえ思わず後退りするほどであった。
「れ、冷静になって聞いてくださいね、アーデルハイド様。魔族の姫を攫ったのは──ミシェル王なんですよ」
「それは本当なのです? 何かの間違いではないのですか?」
時間が止まった瞬間。アーデルハイドの頭の中で何度も繰り返される。聞き間違い、もしくはウソであって欲しい。心の最奥が激しくざわめき、目の前は深淵に包まれた。
きっと何か理由があるはず。
婚約者である自分より優先される意味。
思いつかない。少なくともアーデルハイドには理解できなかった。
「確かな情報筋からですので……」
「ミシェル様は何を考えているのでしょう。真実の愛を探すと言い残し、気がつけば千年近くです。ヴァンパイアの時間感覚のなさを痛感しますね」
信じたくてもミシェルの真意が読み取れない。だが、愛する気持ちは千年経とうとも不変。憂愁に蝕まれながらも、今でも一途に待ち続けていた。
「不老不死というのも考えものですね。それで、この件はいかが致しましょう?」
「ミシェル様を探して連れ戻します。もちろん、攫ったのであれば、理由をお聞きし、すぐ返すよう説得してみせます」
側近に常闇の国を任せ、アーデルハイドはミシェルを探しに旅に出た。
「なるほど、そうだったんですね。って、僕は誘拐なんてしていませんよ! 魔族の姫……もしかしてカーラのことかもしれません」
「誘拐ではないのであれば、魔族の姫──そのカーラをどうしたのですか!?」
ミシェルに詰め寄るアーデルハイド。溜まっていた鬱憤が一気に溢れ出る。懐かしき匂いに思考を乱され、怒りの炎は瞬く間に消えてしまう。
千年という長さを改めて実感。
追求したい気持ちと甘えたい想いが入り交じり、感情を不安定にさせる。
アーデルハイドの瞳から一雫の涙がこぼれ落ちた。
「泣かないでください、アーデルハイド。ちゃんと説明しますから」
ミシェルは情緒不安定なアーデルハイドを慰める。頭を優しく撫で、冷えた心を暖めた。
「ちゃんと私を納得させてくださいね?」
「カーラとは上弦の平原で出会ったんです。そして──」
千年前にカーラと何があったのか。ミシェルは自ら記憶の封印を解いた。
サンクチュエールで真実の愛を見つけられず、ミシェルが次に目指したのは魔族の統べる国。上弦の平原を抜けた先にあり、パンドーラと呼ばれている。
魔族とは不干渉という暗黙のルールが存在した。
しかし真実の愛を知るには、禁忌など微々たる問題。
ミシェルは上弦の平原へ足を踏み入れた。
「今度こそ真実の愛を見つけられるといいな。だが、ユリアに黙ってサンクチュエールを去ったのはまずかったかな」
罪悪感が容赦なくミシェルを襲う。
サンクチュエールに降りかかった厄災。ミシェルの圧倒的な力によって振り払われる。お礼に感謝の宴が開催されるも、ほどなくしてミシェルは黙って姿を消していた。




