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ヤンデレ皇女と最弱ヴァンパイアと千年の恋  作者: 朽木昴


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23/50

新たなる依頼者は混沌へと導く

「さっ、依頼も果たしましたし、セラムへ戻りますわよ」

「アリスちゃん、いいの? 一国の王子を殴って。戦争にでもなったら……」

「平気ですわ。わたくしにはミシェルがいますもの」

「はい、僕が必ずアリス様をお守りします」

 不機嫌の極みなアリスは、ミシェルの手を握りその場から離れる。リアも置いてかれまいと、急いでふたりの後を追った。


「あらあら、随分と派手にやられたな」

「カーリアか。これでいいんだよな?」

「もちろん。アリスにバラの傷をつけましたし。これでサイエン王子の望むがまま」

 ミシェルたちが去った後、サイエンの前にカーリアが姿を現す。不敵な笑みを浮かべ、何やら楽しそうにも見えた。

「よし、それじゃさっそく──」

「まだよ。あの魔法は発動するまで時間がかかるの。その間にやっておくことがあるでしょ?」

 冷たい声でカーリアはサイエンを制止。

 城へのゲートを開いた。

「そうだったな。では、先に帰ってるぜ」

 黒い球体の中へサイエンは姿を消した。

「バカな男。利用されてるとも知らずにな」

 不穏な言葉を残し、カーリアもゲートから城へと戻った。


 中立都市セラムまで急ぎ足。特にアリスの精神的ダメージは甚大。店に着くまでずっとミシェルに抱きついていた。

「アリスちゃん、そろそろ代わってくれないかなっ」

「ダメに決まってますわ。この忌まわしき穢れは、ミシェルしか浄化できませんの」

 疲弊した心を癒せるのはミシェルだけ。トラウマが蘇り襲ってきたのだ。身の毛もよだつような嫌悪感。そう簡単には振り払えず、愛の力がどうしても必要だった。

「ずるいー、私だって甘えたいのに」

「仕方ありませんね。でしたら、店番をお願いしますわ」

「どうして、どうして、店番なのーっ! ひどいよー」

「聞きなさい、悪女リア。ただの店番じゃないの。看板娘という名誉ある店番ですわ。最高の可愛さがなければ、名乗るのを許されないのですわ」

 真剣な眼差しで嘘八百を並べるアリス。教祖のような身光を放ち、偽りを真実へと昇華させる。疑心を忘却の彼方へ葬り去り、洗脳の沼に引きずり込んだ。

 煌びやかなアリスがリアには眩しすぎる。清光は神聖さを作り出し心を支配するほど。崇拝するに値し、リアを傀儡としてしまった。

「そ、そうね。世界一の美人である私にしか務まらないもんね。店番は私に任せて、アリスちゃんは心の傷を癒してきてね?」

 勝利を勝ち取ったアリスは満面の笑み。心に刻まれたトラウマを癒そうと、ミシェルとともにセラムの探索へ出掛けた。


 ひとり店番するリアはどこか楽しそう。アリスの話術に嵌められたとも知らず。好天から注ぐ天日に気持ちは穏やかだった。

「店番って言っても、暇だよねー。しかし、あの依頼がサイエン王子への告白って。しかもアリスちゃんが。まっ、顔は及第点だけど、性格が破綻してそうだしー」

 長閑な時間が流れる中、リアは依頼での出来事を振り返る。冷静に考えれば依頼自体が怪しかった。

 淵底に漆黒の疑懼が沈んでいる感覚。

 穏やかな心は破壊され、荒ぶる波がリアを飲み込もうとしていた。

「そういえばアリスちゃんの傷。禍々しい気配を感じたんだよね。一瞬だったから、気のせいかもしれないけど」

 心に引っかかる違和感。バラ自体は怪しい気配がなかった。いや、なかったはずだという思い込み。仮に何かしらの魔法がかけられていたのなら。


 アリスの身が危険だということ。

 恋のライバルではあるが、それとこれとは別問題。

 何か手がかりはないか。古い記憶を呼び覚まそうと、碧海へ深く潜り込んだ。


 微かな残光を頼りに探し続けるリア。些細な変化も見逃さないよう、海底を這いながら泳ぐ。心が必ずあると断言してくる。絶対に諦めてはいけない。水をかき分けていると、遠くで玲瓏の宝箱を見つけた。

「もしかして……。でもあの魔法は邪神カーラしか使えないはずだよ。今は封印されているし。だけど他に心当たりは……」

 千年前に確かに封じた。

 禁術に位置づけられる魔法は、カーラ以外誰にも使えない。

 それとも類似の魔法でも存在するのだろうか。

 謎が謎を呼び、リアの思考は混沌の沼に沈んでいった。

「──ません。あの、この店では困り事を解決してくれると聞いたのですが」

「は、はい。えっと、そうだよ。なんでも解決しちゃうんだからっ」

 話しかけてきた女性は美しい。高貴な雰囲気を漂わせ、全身からは品位が溢れ出す。只者ではない──リアは一瞬で何かを感じ取った。

「それは助かります。実は探して欲しいひとがいるのです」

「なるほどー。安心していいからねっ。それで、特徴とかあったりす?」

「赤と青の瞳で珍しいのですが……」

「ふむふむ。赤と青の瞳だねっ。それは貴重な──」

 リアは言葉を途中で飲み込んだ。

 どこか見覚えのある瞳。むしろ胸の奥を刺激する。一度たりとも忘れるはずもなく、脳裏に焼き付いて離れない。だが偶然に決まっている。まさかとは思いつつ、その名を尋ねてみた。

「えっと、その方の名前って、わかるかな?」

「バミール・ミシェル様。この私、アーデルハイドの婚約者なのです」

 時が止まり静寂が訪れた。

 同姓同名か、それとも聞き間違いなのか。

 もし、女性の言うミシェルと、リアの認識しているミシェルが同一のなら……。心は淵底へと沈み、二度と浮上しないのであった。

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