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ヤンデレ皇女と最弱ヴァンパイアと千年の恋  作者: 朽木昴


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22/50

アリスとサイエンの因縁

「サイエン……王子がどうしてここに……」

「やぁ、アリス、会いたかったよ?」

 現実だと認めたくない。顔を見るどころか、声を聞くのもおぞましい。全身が拒絶反応を起こし、忌まわしき過去がアリスの中で蘇った。


 あれはアリスが5歳の頃。ジュルニア帝国はグリトニア王国と交流会を開催する。

 目的はもちろん両国の平和を願って。もとい、圧倒的な軍事力を誇るグリトニア王国への接待。隣国だからこそ脅威は排除する必要がある。

 全ては帝国を存続させるため。

 誇りなど危機を前にすれば紙同然。

 強者にしがみつくのが生き残る道だった。

「アリスよ、この交流会はジュルニア帝国の平和のため。決してグリトニア王国の客人に失礼のないようにな」

「はい、お父様。第一皇女として振る舞いますわ」

 純粋無垢な眼差しで、ハーネス皇帝に応えるアリス。幼いながらも帝国の代表としての自覚がある。薄々だがこの交流会の意味は理解していた。

 王国の要人から話しかけられるも、精一杯の笑顔で返事をする。

 ひとり、またひとりと、嫌悪感を一切抱かず立ち振る舞う。

 何時間経過しただろう。さすがのアリスも疲れが見え始めた。

「皇女って大変ですわ。少し休憩を──」

「やっと見つけたぜ。おめーがアリス皇女ってヤツかー?」

「アナタはどちら様でしょうか?」

「なんだ、この俺様を知らないのか。ジュルニア帝国の第一皇女も大したことないな。俺様はサイエン、グリトニア王国の王子様だ」

 アリスと同じ歳っぽいが、口の利き方は雲泥の差。ふんぞり返り、完全にアリスを見下している。

 蓄積した疲労がアリスに嫌悪感を与える。

 第一印象は最悪と言ってもいい。

 しかし、今は耐えなければ──アリスは湧き上がった黒い塊を海底に沈めた。

「それは失礼しまたしわ。改めまして、わたくしはアリスと申します。サイエン王子、よろしくお願いしますね」

「蛮族でも挨拶は出来るのか、感心、感心。低レベルな文明の割には、礼儀を分かってるじゃねーか」

 言葉のひとつひとつ、体にまとわりつく下賎な声。どれを取っても心の奥深くに不協和音を刻みつける。沈めたはずの感情が勝手に浮上し始め、アリスの仮面を剥がそうとしてきた。

 必死に仮面を抑えるアリス。

 ここで剥がれては全てが水の泡。

 精神状態は最悪に陥るも、崖っぷちで踏みとどまった。

「まぁ、第一皇女っても、弱国じゃなぁ。俺様と違って親から愛されてないだろうし」

「それはどういう意味でしょう?」

「決まってんだろ。利用されるだけの存在ってことだ。弱いヤツは愛されることさえ許されねーんだよ」

 悪意に塗れたサイエンの言葉は、アリスを突き飛ばし崖下へと落とす。このまま奈落へ──まだ、まだだ。絶壁を掴み、アリスは転落を免れる。


 自らの肩に重くのしかかるジュルニア帝国の未来。

 あと少し、この極限地獄を切り抜けらればいい。

 アリスは精神を削り耐えていた。


「誰からも愛されない、哀れな皇女。それがアリス、お前だよ」

 最後の堤防が決壊した瞬間。虚無の世界にアリスは引き込まれる。信じていたものが砕け散り、精神は夜陰の中へ消え去ってしまう。

 愛されていると思っていた。

 ウソだと否定するも、サイエンの声が頭の中を支配。

 混沌へ導かれ、アリスの中で何かが弾け飛んだ。

「そう、わたくしは誰にも愛されていませんのね。所詮は道具にすぎないと」

「弱国の運命なんてそんなものだろ。ただ、俺様と話せたことを光栄に思うんだな。じゃーな、哀れな皇女様」

 サイエンの後ろ姿など眼中にない。心が漆黒に覆われ、アリスは闇に堕ちた。胸に空いた巨大な穴。失った愛は想像以上に大きく、交流会が終焉したのも気がつかなかった。


 誰でもいい、愛してくれるだけ。

 満たされない心は飢える一方。

 周囲が無音となり、アリスから仮面が剥がれ落ちた。


「──コホン。失礼しましたわ。アリスって誰ですの? わたくしは、ご依頼のバラを届けに来ただけですわ」

 なけなしの精神力で平常心を取り戻すアリス。別人だと言い張り、一刻も早くこの場から去りたかった。

「キミはアリスだろ? 変装したって俺様の目は誤魔化ねーぜ?」

「何を言ってるのか、理解不能ですわ。ねぇ、ミシェル、わたくしは別人ですよね?」

「はい、そうです、アリス様。別人ですから決して──」

 空気が一瞬で凍りつく。

 ここにきてのミシェルがポンコツを発動。アリスの顔から冷や汗が流れ落ちる。羞恥心は限界突破し、ただ固まるばかりであった。

「アリスちゃん、この人がサイエン王子なの? まぁ、誰でもいいけどさ、バラと手紙を渡して仕事を終わらせよ?」

 リアの冷静な声がアリスを動かす。

 無言のままサイエンにバラと手紙を渡すと、アリスは脱兎のごとくスピードで離れた。顔を見るのも無理。声どころか同じ空気すら吸いたくない。これで依頼は完了──すぐにセラムへ戻ろうとした。

「アリスからバラをプレゼント、しかも──千と一本だと。しかもこの手紙。愛の告白じゃないか。そうか、そうか、俺様がそんなにいいのか」

「ば、バカにしないで欲しいわ。これは依頼にすぎませんから。手紙なんて書くわけありませんわ」

「俺様を前にツンデレか。それより、顔から血が出ているな。バラのトゲでケガしたのか?」

 サイエンの手がアリスの顔に伸びた瞬間、自らの強烈なビンタで振り払う。憎しみに染まった視線を放ち、溜め込んだ怒りの鉄拳を顔面にヒットさせた。

 地面に吹き飛ぶサイエン。

 攻撃力が高すぎたのか、すぐには起き上がって来なかった。

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